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第一章 第四節 誓い
第81話 わかってる。遊びじゃない。だから頼んでいるの
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パイロット専用居住区にある共用ラウンジでバットーは、ヤマトタケルがゲームに共じているのを、直立不動のまま眺めていた。ゲームは亜獣対戦をシミュレーションするネット対戦型格闘ゲームで、それを小一時間の間、飽きもせずに取り組んでいる。呆れ返ることに、通算成績で、ヤマトタケルは亜獣相手に負け越していた。
バットーには信じられない思いだった。百戦錬磨を自負する自分ですら、この警護の任務には相応の緊張を強いられている。だが目の前の少年は数時間後に本物の亜獣と戦うというのに、緊張感や覚悟のようなものが感じられない。感情が鈍麻しているのか、想像がつかないほど肝がすわっているのか、バットーには考えがおよばなかった。
バットーは、ヤマトが次の亜獣になすすべもなくやられたところ見はからって、声をかけた。
「タケル。そろそろ準備をしたほうがよくないか?」
ヤマトは気にせず、すぐ次の対戦に挑戦しようと、中空に浮かんでみえるメニュー画面に手を伸ばしながら 答えた。
「バットーさん。大丈夫。今回は現場がすぐ近く、目と鼻の先なんだから余裕だよ……」
その時だった。
バットーの網膜デバイスに表示されていた、他の隊員たちのバイタルデータが、大きく膨むように跳ね上がったかと思うと、突然、横並びで真一文字になった。バットーが無言のままヤマトのほうへ手をあげて、彼のことばを制した。ヤマトはただならぬ様子を即座に察して、すぐさま口をつぐんだ。
バットーは室内を警備している三人の兵士に目で合図すると、テレパスラインで頭に呼びかけた
『ここの入口を警護していた連中に何かあったようだ』
『はい、今、入り口のモニタ映像でます』
全員の網膜デバイスに隊員に呼びだされた、このエリアの入口の映像が飛び込んできた。
バットーの目がカッと見開かれる。
エリアの入口を警護していたはずの隊員はすでにそこにはいなかった。
そこにあるのはかつて隊員だったものの骸だった。精鋭だったはずの隊員たちは 無残に切り裂かれて、フロアに血まみれで転がっていた。
自分がうろたえては、ほかの隊員が動揺する。バットーは、恐怖や驚愕や悲痛など、すべての感情を心の底にねじ伏せた。まずは草薙大佐に報告しようと、テレパスラインで呼びだそうとした。が、バットーより先に草薙大佐からの連絡のほうが速かった。
『バットー、どうなっている?』
草薙大佐の声はあからさまな怒気を帯びていた。バットーは脳に直接その感情をぶつけられて、一瞬、くらっとしたが、すぐに冷静な声で返答した。
『パイロットエリア入口、警護の連中がやられたようです』
『そんなのはわかっている。敵の姿は把握できているか?』
『いえ、まだ。今から調査に向かいます』
『ヤマトタケルは、無事か?』
バットーは目の前のソファに座っているヤマトタケルのほうにちらりと目をやった。ヤマトは真剣なまなざしでこちらを見ていた。
『いまのところは……』
『すぐに、全員、ニューロン・ストリーマのスイッチをオンにして、思考を共有しろ。今からそちらへ向かう』
オンにすると、突然、草薙からの情報が頭に飛び込んできた。
『侵入者の名前は、タムラレイコ。なにかにからだを乗っ取られているそうだ』
『乗っ取られている……ですか?』
『あぁ、擬態する上、からだの一部を硬化できるらしい』
『そ、そんな……、そんなの地球上に……』
『あぁ、あちらの世界の生物だろうな』
バットーはいつのまにか、ごくりと唾を飲み込んでいる自分に気づいた。
『あとのふたりのパイロットはどこにいる?』
『アスカは自室、レイはトレーニングルームに』
『まずいな……』
ぼそりと草薙が呟く声が頭に響いた。ニューロンストーリマによる思考の共有は、不適切な内容や深層心理は、瞬時にしてAIがフィルタリングをかけて共有できないようにする。だから共有していても本音を知ることはできない、とされていたが、たまに、どちらとも判別ができず、漏れる心の声が聞こえることがある。
今のような声がそれだ。
たったひとことだったが、バットーはその呟きに心臓がぎゅっと縮むような緊張感を覚えた。
『バットー、パイロット全員をすぐに集めて、緊急脱出路のほうへ送りだしてくれ。わたしはそちらの通路のほうから、そちらへ向かう』
『了解』
バットーは、あいかわらず簡単に言ってくれる、と思いそうになったが、思考を共有している今、うかつな思念は危険だと考え、あわててヤマトに声をかけた。
「タケル、草薙大佐から、パイロット全員で脱出路へむかえ、という指示だ」
ヤマトは両腕を横にひらいて、肩をすくめた
「了解。でも、ぼくしかいないけど」
バットーはふーっと息を吐くと、「今、連れて来る」と言うなり、すばやく通路側のドアまで駆けよった。兵士たちが死んだ入り口から、もし敵が侵入してきていたとしたら、このドアを挟んだ反対側にすでに張りついていたとしても不思議ではない。
こころのなかで念じて、バットーはドアのむこう側にある、通路の映像を呼びだした。通路には複数のカメラが仕掛けられていたが、なにも異常は見受けられなかった。映像や通信データ、サーモデータ、あらゆるデータが、そこになにもないことを証明していた。
バットーは一番近くにいた細面の兵士に『援護を頼む』と思念を送ると、残りの兵士に『おまえたちはここで待機して、ひき続きパイロットたちを警護してくれ』と指示し、ドアの開閉スイッチを押した。
音もなくドアが開いて通路が見えた。バットーは壁に背中を預けながら、顔だけを通路側に覗かせて、すばやく目を走らせた。映像カメラでは確認済だったが、どこかに死角がないとは断言できない。
慎重を期することに手を抜いていいシチュエーションではない。
バットーは銃を構えたまま、ゆっくりと通路側に足を踏みいれた。この通路はあの入口から直通する一本道だ。もし何者かが侵入したとすれば、この通路エリアのどこかにいなければおかしい。二十メートルほど先にある、パイロットエリア入り口のドア付近に、スコープの望遠レンズの焦点をあわせる。ドア付近の床、壁のどこにも、血が一滴も付着していなかった。
だが、あのドア一枚隔てた向こう側には、警備兵たちの死体が転がっているのだ。
バットーは内側の方の壁に目をやった。
内壁側には三つの扉があった。
自分から近いほうから「トレーニングルーム」「瞑想室」「RV(リアル・バーチャリティー)室」と表示があった。侵入者がこの三つの部屋のどれかに隠れている可能性を考えるべきだろうか。
バットーは同行させた細面の兵士を通路に待機するように命じると、まず一番手前の「トレーニングルーム」のドアを開けた。
ドアが開くなり、バットーはドアの隙間からねじ込むような勢いで、銃を内部にむけた。
そこに専用器機を使ってトレーニング中のレイ・オールマンがいた。そして、そのすぐうしろで、異常事態を察したレイ担当の隊員が、入り口にむけて銃を構えていた。バットーはその隊員に目で合図すると、彼は『こちらは異常ありません』と頭の中に思念を返してきた。
室内には有酸素運動用のトレッドミルが三台、リニア電動の反発で負荷をかける仕組みの、レトロな筋肉トレーニング用マシンが二十基ほど並んでいた。それ以外にも見馴れないハイテクマシンらしきものが数基あったが、バットーにはおそらく三半器官や高G耐性を強化するものらしいと推測するのが精いっぱいだった。
想像以上に広いトレーニングルームだったが、『サーモビジョン』でも『生体チェッカー』でも、ふたり以外のなにものかがこの部屋に隠れていることは感じられなかった。
「レイ、すぐにここを出て、タケルとアスカと合流して、脱出路から脱出してくれ」
バットーはレイ担当の兵士に、目でレイの警護を頼むという指示をすると、隣の部屋へ移動しようとした。
すると、レイが背後からバットーに声をかけてきた。
「バットーさん、わたしにも銃を」
バットーは振りむくことなく言った。
「ダメだ、レイ」
「どうして?。自分の命を自分で守るだけよ」
「レイ、これは遊びじゃない」
「えぇ。わかってる。遊びじゃない。だから頼んでいるの」
バットーには信じられない思いだった。百戦錬磨を自負する自分ですら、この警護の任務には相応の緊張を強いられている。だが目の前の少年は数時間後に本物の亜獣と戦うというのに、緊張感や覚悟のようなものが感じられない。感情が鈍麻しているのか、想像がつかないほど肝がすわっているのか、バットーには考えがおよばなかった。
バットーは、ヤマトが次の亜獣になすすべもなくやられたところ見はからって、声をかけた。
「タケル。そろそろ準備をしたほうがよくないか?」
ヤマトは気にせず、すぐ次の対戦に挑戦しようと、中空に浮かんでみえるメニュー画面に手を伸ばしながら 答えた。
「バットーさん。大丈夫。今回は現場がすぐ近く、目と鼻の先なんだから余裕だよ……」
その時だった。
バットーの網膜デバイスに表示されていた、他の隊員たちのバイタルデータが、大きく膨むように跳ね上がったかと思うと、突然、横並びで真一文字になった。バットーが無言のままヤマトのほうへ手をあげて、彼のことばを制した。ヤマトはただならぬ様子を即座に察して、すぐさま口をつぐんだ。
バットーは室内を警備している三人の兵士に目で合図すると、テレパスラインで頭に呼びかけた
『ここの入口を警護していた連中に何かあったようだ』
『はい、今、入り口のモニタ映像でます』
全員の網膜デバイスに隊員に呼びだされた、このエリアの入口の映像が飛び込んできた。
バットーの目がカッと見開かれる。
エリアの入口を警護していたはずの隊員はすでにそこにはいなかった。
そこにあるのはかつて隊員だったものの骸だった。精鋭だったはずの隊員たちは 無残に切り裂かれて、フロアに血まみれで転がっていた。
自分がうろたえては、ほかの隊員が動揺する。バットーは、恐怖や驚愕や悲痛など、すべての感情を心の底にねじ伏せた。まずは草薙大佐に報告しようと、テレパスラインで呼びだそうとした。が、バットーより先に草薙大佐からの連絡のほうが速かった。
『バットー、どうなっている?』
草薙大佐の声はあからさまな怒気を帯びていた。バットーは脳に直接その感情をぶつけられて、一瞬、くらっとしたが、すぐに冷静な声で返答した。
『パイロットエリア入口、警護の連中がやられたようです』
『そんなのはわかっている。敵の姿は把握できているか?』
『いえ、まだ。今から調査に向かいます』
『ヤマトタケルは、無事か?』
バットーは目の前のソファに座っているヤマトタケルのほうにちらりと目をやった。ヤマトは真剣なまなざしでこちらを見ていた。
『いまのところは……』
『すぐに、全員、ニューロン・ストリーマのスイッチをオンにして、思考を共有しろ。今からそちらへ向かう』
オンにすると、突然、草薙からの情報が頭に飛び込んできた。
『侵入者の名前は、タムラレイコ。なにかにからだを乗っ取られているそうだ』
『乗っ取られている……ですか?』
『あぁ、擬態する上、からだの一部を硬化できるらしい』
『そ、そんな……、そんなの地球上に……』
『あぁ、あちらの世界の生物だろうな』
バットーはいつのまにか、ごくりと唾を飲み込んでいる自分に気づいた。
『あとのふたりのパイロットはどこにいる?』
『アスカは自室、レイはトレーニングルームに』
『まずいな……』
ぼそりと草薙が呟く声が頭に響いた。ニューロンストーリマによる思考の共有は、不適切な内容や深層心理は、瞬時にしてAIがフィルタリングをかけて共有できないようにする。だから共有していても本音を知ることはできない、とされていたが、たまに、どちらとも判別ができず、漏れる心の声が聞こえることがある。
今のような声がそれだ。
たったひとことだったが、バットーはその呟きに心臓がぎゅっと縮むような緊張感を覚えた。
『バットー、パイロット全員をすぐに集めて、緊急脱出路のほうへ送りだしてくれ。わたしはそちらの通路のほうから、そちらへ向かう』
『了解』
バットーは、あいかわらず簡単に言ってくれる、と思いそうになったが、思考を共有している今、うかつな思念は危険だと考え、あわててヤマトに声をかけた。
「タケル、草薙大佐から、パイロット全員で脱出路へむかえ、という指示だ」
ヤマトは両腕を横にひらいて、肩をすくめた
「了解。でも、ぼくしかいないけど」
バットーはふーっと息を吐くと、「今、連れて来る」と言うなり、すばやく通路側のドアまで駆けよった。兵士たちが死んだ入り口から、もし敵が侵入してきていたとしたら、このドアを挟んだ反対側にすでに張りついていたとしても不思議ではない。
こころのなかで念じて、バットーはドアのむこう側にある、通路の映像を呼びだした。通路には複数のカメラが仕掛けられていたが、なにも異常は見受けられなかった。映像や通信データ、サーモデータ、あらゆるデータが、そこになにもないことを証明していた。
バットーは一番近くにいた細面の兵士に『援護を頼む』と思念を送ると、残りの兵士に『おまえたちはここで待機して、ひき続きパイロットたちを警護してくれ』と指示し、ドアの開閉スイッチを押した。
音もなくドアが開いて通路が見えた。バットーは壁に背中を預けながら、顔だけを通路側に覗かせて、すばやく目を走らせた。映像カメラでは確認済だったが、どこかに死角がないとは断言できない。
慎重を期することに手を抜いていいシチュエーションではない。
バットーは銃を構えたまま、ゆっくりと通路側に足を踏みいれた。この通路はあの入口から直通する一本道だ。もし何者かが侵入したとすれば、この通路エリアのどこかにいなければおかしい。二十メートルほど先にある、パイロットエリア入り口のドア付近に、スコープの望遠レンズの焦点をあわせる。ドア付近の床、壁のどこにも、血が一滴も付着していなかった。
だが、あのドア一枚隔てた向こう側には、警備兵たちの死体が転がっているのだ。
バットーは内側の方の壁に目をやった。
内壁側には三つの扉があった。
自分から近いほうから「トレーニングルーム」「瞑想室」「RV(リアル・バーチャリティー)室」と表示があった。侵入者がこの三つの部屋のどれかに隠れている可能性を考えるべきだろうか。
バットーは同行させた細面の兵士を通路に待機するように命じると、まず一番手前の「トレーニングルーム」のドアを開けた。
ドアが開くなり、バットーはドアの隙間からねじ込むような勢いで、銃を内部にむけた。
そこに専用器機を使ってトレーニング中のレイ・オールマンがいた。そして、そのすぐうしろで、異常事態を察したレイ担当の隊員が、入り口にむけて銃を構えていた。バットーはその隊員に目で合図すると、彼は『こちらは異常ありません』と頭の中に思念を返してきた。
室内には有酸素運動用のトレッドミルが三台、リニア電動の反発で負荷をかける仕組みの、レトロな筋肉トレーニング用マシンが二十基ほど並んでいた。それ以外にも見馴れないハイテクマシンらしきものが数基あったが、バットーにはおそらく三半器官や高G耐性を強化するものらしいと推測するのが精いっぱいだった。
想像以上に広いトレーニングルームだったが、『サーモビジョン』でも『生体チェッカー』でも、ふたり以外のなにものかがこの部屋に隠れていることは感じられなかった。
「レイ、すぐにここを出て、タケルとアスカと合流して、脱出路から脱出してくれ」
バットーはレイ担当の兵士に、目でレイの警護を頼むという指示をすると、隣の部屋へ移動しようとした。
すると、レイが背後からバットーに声をかけてきた。
「バットーさん、わたしにも銃を」
バットーは振りむくことなく言った。
「ダメだ、レイ」
「どうして?。自分の命を自分で守るだけよ」
「レイ、これは遊びじゃない」
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