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第一章 第四節 誓い

第68話 そりゃ、逮捕……か、それ以上でしょうね

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 草薙は部下を招集している間に、憲兵隊本部に足を運ぶことにした。
 警察に捜査権がない軍隊の敷地内での犯罪捜査は、軍隊内部の法執行機関である国連憲兵隊が担っている。
 ブライトから捜査権限を一任されたとはいえ、捜査部署である憲兵隊・刑事課には筋をとおすべきだと考え、憲兵隊本部に足を運ぶことにした。軍人ならば上からの命令は絶対なので疑義を挟むことなく柔順に命令に従うだろうが、ミリタリーポリスという半端な立ち位置の彼らが、同じ習性であるとは言いきれない。 
 憲兵隊に割り当てられたエリアは、シミュレーションエリア近くにあった。
 つまりは日本支部全体からみると、一番はずれに追いやられているといるということなる。とは言え、エリアの占有面積は思いのほか広く、トレーニングルームや食堂、RVルーム等の各施設も本館と遜色ない。一瞥する限りにおいては充実しているように見えた。
 草薙は案内の細身の兵士に、刑事課の看板が掲げられた部屋の中に紹きいれられると、そこには二人の男がいた。大仰な机の前に座っている男と、その横で、まるでボディガードのように仁王立ちしている屈強そうな男。

「草薙大佐、ようこそ」
 椅子に座った男が言った。男は軍人にしては少々華奢な体つきで、抜け目のなさそうな目つきをしていた。まったく気が許せないタイプの男、自分とおなじタイプの人間だ。 
 その横に立つ男は、彼とは真逆でがっしりとした体をしていた。冗談のように筋肉を盛りつけた肉体は、制服がはちきれんばかりに張って、今にもボタンが弾けとびそうですらある。三世紀前まで『ボディビルダー』と呼ばれ、もてはやされた時代遅れのからだつきだ。今では筋肉の過度な強化は寿命を縮めるとされ、生体チップが自動で抑制する設定になっているので、この男はそれを無視してオーバー・トレーニングをおこなっているか、筋肉増強剤をオーバー・ドーズしているのだろう。

「私が刑事部長のトグサ大佐です」
 細身の男が、やけに野太い声で言った。
「そしてここにいるのが、私の双子の弟、トグサ中佐」
 草薙が疑問を感じて口を開きかけると、すぐにトグサ大佐がそれを手で制した。
「言いたいことはわかってる。私たちが双子なのに、なぜそんなにも違っているんだと聞きたいのでしょう」
「いや、お二人ともトグサというお名前なら、私はあなたたちのことを、何と呼べばいいのか聞きたかったのですが?」
 だが、その質問はトグサを大いに失望させたらしい。一瞬、息につまったような間があったのち「あぁ……」と吐きだすような相づちの声が漏れた。草薙は似ても似つかぬ双子という話が、彼の挨拶代わりのまくらだったのか、といまさらながら気づいた。
「そうですね。草薙大佐、どう呼んでもらってもかまいませんよ」
「そう。すみませんね」
 草薙は二人の顔を交互に見てから言った。
「トグサ兄、トグサ弟と呼ぶわけにもいかないですから、階級で呼ばせてもらいます」
 それを聞いて二人が目配せしたのが見えたが、かまわず草薙が続けた。
「ところで、今回の捜査にわたしの部下も参加させていただける件、聞き及んでいるかと思うのですが……」
「ブライト司令官、直々に要請があったよ。できるだけ連携しましょう」
「ただし……」
 トグサ兄がひとさし指を一本たてて、草薙に言った。
「警備や検問に関しては、そちらにお任せするが、捜査に関しては、こちらに一任させてもらいたい。すでに捜査本部をたてているのでね」
「つまりは後方支援に徹しろ、と」
「ん、まぁ、そういう解釈もできるかもしれませんね」
 草薙はこれくらいのことは予想していたので、とくに感情的になることもなかった。
「了解しました。だが、トグサ兄、捜査会議への参加は認めてもらえますか?」

「いいでしょう。ただし、草薙大佐おひとりだけ、末席でよければ……」


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「草薙大佐、わたしたちに武器を持たせてもらえるの?」

 レイはひとこと、そう言った。 
 ヤマトタケルという男性が殺された事件の概要を、草薙大佐にひとしきり説明されたあとで、レイが気になったのは、ヤマトの命を守るためにどうすればいいか、だけだった。
 彼らの出立ちは、午後十一時前という時刻もあって、ヤマトはトレーニング着姿、レイとアスカはパジャマ姿のままだった。
「あのねぇ、レイ。あたしたちに戦えるわけないでしょ」
 アスカの声は眠気を押しころすようにして言った。
「そう。でもどうやって殺されないようにするの?」
 そのことばに草薙がパチンと指を鳴らすと、入り口のドアが開いて、武器を装備した兵士たちがぞろぞろと入ってきた。

「バトー」
 草薙がそう呼ぶと、兵士の先頭にいる大柄の兵士が前に進み出た。
「こちらが、あなたたちの警備責任者、バトー少佐。今から、彼が責任をもって、あなたたちを四六時中警護します」
 兵士がにこやか笑顔でレイとアスカのほうに会釈した。
「本当はバットーっていうんだがね。まぁ、名前なんてどうでもいいんで、好きに呼んでくれてかまわんよ」
 レイはバットーの頬に銃創とも切創とも見える、大きな傷跡があるのに気づいた。相当の修羅場をくぐってきたのだろうか。彼は銀色の髪の毛をうしろにひっつめて、一本結びにしていた。ヤマトと同じ髪形だったが、全体の印象は似ても似つかない。

「タケル、あなたは知ってるわね」
 草薙の声の投げかけに、ヤマトが面倒くさそうに言った。
「あぁ。うんざりするほどね」
「おい、おい、タケル。そういう言い方はねーだろ」
 レイは兵士たちをひと通り見回して、言った。
「ねぇ、これだけの人、全員ここに寝泊まりするの?」
 そう聞いて、アスカがその状況に気づいて、草薙に食ってかかった。
「草薙大佐、まさか、この人たち全員、ずっとここに常駐するんじゃないでしょうね?」
「あら、アスカはそれがお望み?」
「なわけないでしょ。こちらは年頃の乙女なのよ」
「これくらいいないと、タケルは守れないってことなんでしょ」
 レイがそう言うと、草薙が訝しがるような顔で尋ねてきた。
「なぜ、そう思うの?」
「だって、みんな銃を複数装備しているから。制圧射撃用のアサルトライフルに、多目的用マルチプル銃を装備してるし、弾薬ベルトも複数帯同している……」
「警備だけなら、小型グレネードランチャミサイルが二発も内蔵されたマルチプル銃なんて不要でしょ」
 この回答に、草薙よりもはやくバットーが驚きの声をあげた。
「参ったな。レイ・オールマン、見事な洞察力だ」
 レイは顔をまじまじと見つめるバットーを見あげて訊いた。
「で、それでタケルを守れるの?」
「あぁ、安心しな。守ってみせるさ、な、タケル」
 そう最後に同意を求められたが、ヤマトは手を挙げてそれに応じただけだった。
 レイはそのことばが嘘偽りのないものだと感じた。すくなくとも、バットーのなかに、こちらを欺こうという意図はない。
 レイは草薙のほうに顔むけて言った。
「草薙大佐、わたしたちにも銃を持たせてちょうだい」
「ちょっとぉ、レイ、冗談でしょ。これだけものものしい兵隊が警備しているのよ」
 アスカがあからさまに、これ以上、話しをややこしくしないで、とばかりに口を挟んできた。
「冗談じゃない……。守ってみせると、実際に守れる、とは全然違う」
 バットーが弱ったという表情で、頭を掻きながら、なにか言おうとしたが、草薙がそれを手で制した。
「レイ、わたしはこの五年間、ずっとタケルを命がけで守ってきた。同じように彼らも命がけでタケルを守る。絶対に!」
 レイは押し黙った。
 自分以上にタケルの命を心配して、世界で一番、命をかけてきた人が目の前にいる。

「大佐、わかった。お願いする」
 ラウンジ内の空気が一気にやわらいだ。
 それまで静観していたヤマトが、草薙に声をかけた。
「で、草薙大佐はどこへ?」
「わたしは、憲兵隊……、つまり軍の警察と一緒に犯人捜査に加わるわ」
「犯人が見つかったら?」
 草薙はとてもくだらない質問とでも言うように、また肩をすくめて言った。

「そりゃ、逮捕……か、それ以上でしょうね」
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