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第一章 第四節 誓い

第67話 葬りさる?。それは殺すということですか?

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国連軍の基地内にある雑木林で遺体が発見されたーー。
 その情報は「国連憲兵隊」の警備部から草薙素子に秘密裏にもたらされた。
 草薙は日頃から警察庁や各県警などに強固なパイプを築いていたが、こんなところでそれがやっと役に立った。国連軍の法執行機関である「国連憲兵隊」とのコネクションは、部隊内でも一悶着あった。
 軍にとっては、国際連合軍内の警察「国連憲兵隊」は天敵だからだ。
 それが奏功するとは、推進した草薙ですら思ってもみないことだった。
 
 草薙はすぐにブライト司令へ、アポイントをとった。
 ブライト司令官の執務室に入ると、ブライトだけでなくヤシナミライも待っていた。草薙はそのことに意見を述べようと口を開きかけると、ブライトがそれを制するように口を開いた。
「草薙大佐、基地施設内でなにものかに職員が殺された、という話だったが、それがなにか我々に関係があるのか?」
 ブライトの時間が惜しい、と言わんばかりの態度をみて、草薙はミライのことは不問として話を続けることにした。
「犯行は本日夕方十六時ごろ、人工林道を通って帰宅中の男性が、何者かに鋭利なもので首を掻き切られて殺されました」
「それは聞いた。だが、それは憲兵隊の管轄だろう」
「えぇ。現在、憲兵隊の刑事課が犯人と凶器の特定に奔走しています」
「だったら、我々になんの関係がある」
 ブライトが苛立ち気味に言った。草薙はブライトたちのほうに数歩、歩み寄ると、声をひそめて訊いた。
「失礼。ニューロンストリーマとテレパスラインは切断されていますか?」
 その小声につられてブライトも声を弱めて「もちろんだ」と言った。ミライも肯定するように、軽く首をたてにふる。
「殺された男の本名は、ヤマトタケル……です」
 草薙はそれだけ言って、ふたりの反応を待った。ブライトは微動だにしなかったが、ミライのほうは、反射的に口元を手で押さえていた。
「ヤマトタケル……」
 やがてブライトは名前をぼそりと反芻すると、睨ねめ付けるような視線だけを草薙に返して、先を促した。
「もちろん、同姓同名の別人です」
「ただの偶然じゃないの?」
 ミライがこわばった表情で言った。
「えぇ、偶然です。ヤマトタケルと同姓同名の男が殺されただけです……。偶然、プロ並の手際をもつ何ものかに……」
「それはどういうことだ」
 ブライトが苛立って言った。ブライトに癇癪かんしゃくをおこさせる意図があったわけではないので、草薙は素直に解釈を述べた。
「犯人は現時点でまったく不明。男か女かもわかっていません。しかし、一瞬にして、この男の喉をかき切っています。この手際はとても素人の手によるものとは思えません」
「プロ、つまり暗殺者が侵入したと……」
「その可能性が高いかと」
「では、草薙大佐、あなたはヤマトタケルが狙われていると?」
 ミライがおそるおそる訊いた。
 草薙はミライとことばをかわすのは、それほど多くなかったが、副官を任されるのにはかなり荷が重たいのではないかと前から感じていた。いまも自分の意見を述べるのではなく、最後の判断はこちら側に委ねている。どうにもまどろっこしい。
 ブライトは優柔不断ではあったが、人の意見を簡単に取り入れない頑迷さがあった。だがよく言えば、どんなに迷っても最後は自分の意見は押し通すということだ。こちらのほうがまだ潔い。
「逆にお訊きしますが、そう考えない理由がほかにありますでしょうか?」
「じゃあ、誰がそんな……」
「現在、捜査中です」
「で、我々はどうすればいい?」
 ブライトが身を乗りだし、慎重にことばを選んで訊いてきたが、そこには、いささか強迫めいた感情がこめられているようだった。苛立たされる態度だったが、草薙はむしろブライトの興味をひくのに成功したと、良い方向にとらえた。
「まず、兵士を貸してください。警護隊の人員ではとても、広範囲の警護と捜査に手が回りません」
「捜査?。憲兵隊の仕事だろう」
「わかっています。ですが、今回の事案は憲兵隊の手にあまります」
「草薙大佐、そうだからと言って、越権行為は認められん」
「しかし、彼らの職務は犯人を逮捕するところまでです。犯人がもしプロであれば、葬りさらねばなりませんが、それは含まれていない」
「葬りさる?。それは殺すということですか?」
 予想はしていたが当然のようにミライが異議を申したててきた。
「ええ。もちろんです。ヤマトタケルの命を守らねばなりませんので」
「しかし、そんなことは……」
 草薙はこの場所にミライが同席していた時点で、人権や生命や法律などの原理原則を盾に、抗議してくることはある程度予測していた。
 面倒な女ーー。
 が、それはブライトのひと言で簡単に断ち切られた。
「わかった。君の言う通りにしよう。君が必要だと思うだけの兵士を招集するがいい。警護でも捜査にでも使いたまえ」
 草薙の口元に思わず笑みがこぼれそうになった。
 それは、ミライがブライトに憮然とした表情を向けたからでも、自分の思い通りに事が運んだからでもなかった。その即断が実にブライトらしいと思ったからだった。ひとから優柔不断の誹そしりを受けることが多いが、実は自分に責がおよばないようにする決断は、おそろしいほど敏捷びんしょうだ。

 ふりかかってきた火の粉は、絶対にふりはらう、しかも迅速に、というポリシーは徹底していた。たとえ、ふりはらった火の粉で、ほかの家が延焼したとしても構わないのだ。
「憲兵隊のほうは、捜査協力をするという形で、こちらから筋を通しておく。草薙大佐は一分でも早く犯人を特定し、排除するように」

 草薙は敬礼をして謝意を述べると、すぐにその場を立ち去った。
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