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第一章 第二節 非純血の少年たち

第30話 人がこれだけ殺されているのに、なにもするなだと!

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「おまえからの黙示はどうだっていい」
 目の前に到着したヤマトを、ブライトはどなりつけて、頭ごなしに否定した。
 その怒りの感情に、それまで緊張に包まれた司令部の雰囲気が一気に払拭される。
 だがブライトの言い分はもっともだ。
 アスカは装着している外付のインターフェイスで、ブライトの感情を感じながらそう思った。ニューロン・ストリーマでブライトと思考を共有している人々にとっては、相当な負荷がかかっているだろう、と容易に感じとれるほどの激しい感情だ。
「人がこれだけ殺されているのに、なにもするなだと!」
 確かに。
 今、錯乱している兄をとめるためには、正気に戻さなければならない。
 ましてや、デミリアンに意識を乗っ取られる事態が想定されているなら、なおさら急がねばならない。今はレイとふたりがかりで押さえつけているが、いつまでもこうしているわけにもいかないのだから。
「ブライト、どうすればいいのよ」
 焦りが募るあまり、上司を呼び捨てにしていたのに気づいたが、そんな非礼に構っている余裕などアスカにはなかった。
「遠隔操作で、操作系統をシャットダウンする」
「バカな」
 ヤマトの声が聞こえた。
「こちらからデミリアンのコントロールを放棄したら、大変なことになる」
「いまでも充分大変なことになっている。今人々を殺しているのは、亜獣じゃない、リョウマだ」
 ブライトのことばがアスカの心に突き刺さった。アスカはぎゅっと目をつぶった。
『兄さんが人殺し……』
 いや、兄さんのせいじゃない、あの亜獣のせいで狂わされたのだ。だが、あのデミリアン、セラ・プルートが殺戮を行っているのは事実だ。そして、それを操縦しているのは兄。
 目の前でみていたからわかっていたはずだ。
 モニタを通じて相変わらずブライトとヤマトの揉めている声が聞こえてくる。
「ならば、どうすればいい?」
「ボクをセラ・マーズで出撃させてください」
「なにができる!」
「パイロットを、リョウマを処分します!」
 アスカはザワッと髪の毛が逆立った気がした。
 聞き間違い?。この男はなにを言っている?。正気なの?。
 体中の血が粟立つ。
 あんた、ボカぁ、どころの話ではない。気が違っているとしか思えない。
 ブライトさん、否定して。そんな狂人のいうことなんか聞かないで。
「バカを言うな、ヤマト!」
 ブライトがヤマトを一喝する声が、アスカの思いを加勢した。
「たったひとり処分するだけで、多くの人々が救われるのは、あなたが望む結果に一番近い!」
 ヤマトが食い下がる声が響いた。
 どうして。あれは、あたしの兄の生死を決める言い争い……。
 肉親であるあたしが、除け者にされてていい話ではない。
「冗談じゃない。わたしが兄さんを引きずり出す!」
 荒々しい叫びとともに、アスカがはセラ・プルートを抑えつけていた力を緩めると、コックピットのハッチを開けようと右手を伸ばした。セラ・ヴィーナスの指がプルートのハッチのハンドルにわずかにひっかかった。だが、人間が開閉するように設計された開閉用のコックは、デミリアンには小さすぎてひねることができない。
 レイが叫ぶ。
「アスカ、落ち着いて。わたしひとりじゃ抑えきれない」
「レイ、もうすこしなの。なんとか頼むわ」
 だが、レイが言うように、セラ・プルートはからだをよじらせ、二人から逃れようと暴れはじめた。
「兄さん、暴れないで」
 片方の手でセラ・プルートを押さえ、もう一方の手でハッチを開くのは、やはり無理があるのか。だが、どうにかしてハッチを開いて、兄を引きずり出さねば……。
 セラ・ヴィーナスの爪が。セラ・プルートのハッチのドアコックにひっかかった。
「よし!」
 アスカが確かな手応えを感じた瞬間、セラ・ヴィーナスのからだは、セラ・プルートの強烈な張り手で吹き飛ばされていた。
 ヴィーナスのからだが近くにある中層のビルに叩きつけられる。
 脳にまで響く痛みがからだを貫いたが、アスカは痛みをかみ殺してすぐに立ちあがろうとした。が、そこにプルートが渾身の力をこめて、銃の台尻でヴィーナスに殴りかかってきた。あたまを打ち据えられ、気が遠のくほどの痛みにアスカの目に涙がにじんだ。

 アスカはそれが、痛みのせいなのか、悔しさなのか、悲しさなのか、もはや自分でもわからなかった。
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