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第二幕 千紗の章
目覚めると
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『行くな千紗っ! 行かないでくれっ!! 行くな……行くな……』
悲しげな顔で何度も「行くな」と訴えかける朱雀帝。
『行きましょう千紗姫様、兄上の待つ坂東へ』
坂東へ行こうと手を差しのべる秋成。
二人の間に挟まれて、どちらの手を取れば良いのか考えあぐねる千紗。
どんなに考えても、悩んでも、答えが導き出せず。
何度も同じ言葉を投げ掛ける二人を交互に見ていた千紗だったが、ついには頭を左右に激しく振りながら両手で耳を塞ぎ、二人の声をかき消すよう、狂ったように叫びはじめる。
「やめろ、やめてくれ……もう……やめてくれ~~!!」
「……ま? ……さ姫……様? …………千紗姫様っ!!」
「っ!!」
「良かった、やっと起きられましたか」
「…………秋……成?」
ぼんやりする視界に、心配そうに覗き込む秋成の顔が映った。
「また怖い夢を見ておいでだったのですね」
「…………夢? ……そうか、私は内裏を……抜け出したのだったな」
夢に見た朱雀帝の、今にも泣き出してしまいそうな寂しげな顔が思い起こされる。
あれは、自分を慕ってくれる彼を裏切り、内裏を抜け出した後ろめたさが見せたものだったのか。
夢と分かった今も、胸をギュッと締め付けるものがあった。
「千紗姫様、物忌みの最中に、あんな野蛮な方法で貴方様を内裏の外へ連れ出した御無礼を、どうかお許し下さい」
悪夢から目覚めてもなお、暗い表情を浮かべる千紗に、秋成が謝罪の言葉を口にする。
だが彼の謝罪は、更に千紗の心を複雑にした。
「……お主が謝る必要などない。私の事を思ってしてくれた事だろう。謝らねばならぬのは私の方だ。お前達には、たくさんの心配と迷惑をかけて……本当にすまなかった。これ以上、お前達に迷惑をかけるわけにはいかない。追っ手が来る前に、早く京を発たなくてはな」
「お体はもう、大丈夫なのですか?」
「大事ない」
「ですが、まだ顔色が悪いようですが?」
「大丈夫だ、心配するな」
「無理はなさいませんよう。また倒れられでもしたら……」
秋成の「また」の言葉に、千紗は眉を歪める。
「……またと言う事は、私は倒れたのか?」
「はい。達智門を出た所でお倒れになったのですよ。覚えていらっしゃらないのですか?」
「確かに……そう言われると、門を出てからの記憶がないな。そうか、私は倒れたのか……。ではあの後、無事に大内裏は抜け出せたのか? そもそも、今いるここはどこなのだ?」
秋成の言葉に、やっと自身の記憶が曖昧な事に気が付く。
状況が分からない事で、急に薄暗いこの空間が、どこか薄気味悪いものに感じられた。
改めて辺りを見回してみれば、所々穴のあいた壁や天井。
あちらこちらに無数の蜘蛛の糸が張り巡らされている。
床はホコリまみれで、雑草が床板を突き破り顔を覗かせている。
薄暗いこの建物の中はガランと広く、何もない。
唯一、壁にはボロボロに破れた仏画の掛け軸が存在しているが、ここは一体?
悲しげな顔で何度も「行くな」と訴えかける朱雀帝。
『行きましょう千紗姫様、兄上の待つ坂東へ』
坂東へ行こうと手を差しのべる秋成。
二人の間に挟まれて、どちらの手を取れば良いのか考えあぐねる千紗。
どんなに考えても、悩んでも、答えが導き出せず。
何度も同じ言葉を投げ掛ける二人を交互に見ていた千紗だったが、ついには頭を左右に激しく振りながら両手で耳を塞ぎ、二人の声をかき消すよう、狂ったように叫びはじめる。
「やめろ、やめてくれ……もう……やめてくれ~~!!」
「……ま? ……さ姫……様? …………千紗姫様っ!!」
「っ!!」
「良かった、やっと起きられましたか」
「…………秋……成?」
ぼんやりする視界に、心配そうに覗き込む秋成の顔が映った。
「また怖い夢を見ておいでだったのですね」
「…………夢? ……そうか、私は内裏を……抜け出したのだったな」
夢に見た朱雀帝の、今にも泣き出してしまいそうな寂しげな顔が思い起こされる。
あれは、自分を慕ってくれる彼を裏切り、内裏を抜け出した後ろめたさが見せたものだったのか。
夢と分かった今も、胸をギュッと締め付けるものがあった。
「千紗姫様、物忌みの最中に、あんな野蛮な方法で貴方様を内裏の外へ連れ出した御無礼を、どうかお許し下さい」
悪夢から目覚めてもなお、暗い表情を浮かべる千紗に、秋成が謝罪の言葉を口にする。
だが彼の謝罪は、更に千紗の心を複雑にした。
「……お主が謝る必要などない。私の事を思ってしてくれた事だろう。謝らねばならぬのは私の方だ。お前達には、たくさんの心配と迷惑をかけて……本当にすまなかった。これ以上、お前達に迷惑をかけるわけにはいかない。追っ手が来る前に、早く京を発たなくてはな」
「お体はもう、大丈夫なのですか?」
「大事ない」
「ですが、まだ顔色が悪いようですが?」
「大丈夫だ、心配するな」
「無理はなさいませんよう。また倒れられでもしたら……」
秋成の「また」の言葉に、千紗は眉を歪める。
「……またと言う事は、私は倒れたのか?」
「はい。達智門を出た所でお倒れになったのですよ。覚えていらっしゃらないのですか?」
「確かに……そう言われると、門を出てからの記憶がないな。そうか、私は倒れたのか……。ではあの後、無事に大内裏は抜け出せたのか? そもそも、今いるここはどこなのだ?」
秋成の言葉に、やっと自身の記憶が曖昧な事に気が付く。
状況が分からない事で、急に薄暗いこの空間が、どこか薄気味悪いものに感じられた。
改めて辺りを見回してみれば、所々穴のあいた壁や天井。
あちらこちらに無数の蜘蛛の糸が張り巡らされている。
床はホコリまみれで、雑草が床板を突き破り顔を覗かせている。
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