時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
273 / 274
第二幕 千紗の章

夜明け前

しおりを挟む
「姫様っ!あと少しです。頑張って下さい!」

「……はぁ……はぁ……はぁ………」



秋成に手を引かれながら、必死に秀郷が示した達智門を目指して走る千紗。

だが、2ヶ月以上もの間、内裏の外へ出ていなかった千紗の体力の衰えは想像以上で、体は悲鳴を上げていた。

秋成の励ましの声も、自身の荒い呼吸に消されてどこか遠くに聞こえる。

千紗の体を心配しながら、彼女の後ろをついて走るヒナが、遠くに見えてきた門を指差し言った。


「千紗姫様、秋成様……見えて参りました。あれが……達智門です」



ヒナが示した先の門は、秋成達を受け入れるかのように既に開門されていて、秀郷が言った通り門を守る警護兵の姿も見えない。



「よし、そのまま突っ込むぞ! 姫様、あと少し……あと少しです。頑張って下さい!」



「……はぁ……はぁ……はぁ……あっ……」



最後の力を振り絞り、門をくぐった所で、足が縺れた千紗は、顔から前方へ向けて転びそうになった。



「姫様っ!!」



それを秋成が慌てて受け止める。

もう体に力が入らないのか、秋成の腕の中、荒い息をたてながらグッタリした様子の千紗。



「…………千紗姫様……」



たった3ヶ月離れていただけで、別人のように弱ってしまった千紗を腕に抱きながら、秋成は寂しげに見つめた。


「…………」



そして、静かに千紗の背と足を持ち両腕で抱き上げると「姫様、よく頑張りました。あとは俺とヒナに任せて、ゆっくりお休みください」優しい口調で千紗にそう語りかけた。

懐かしい秋成の温もりに安心したのか、千紗はそのまま彼に体を預け、ゆっくり目を閉じた。




「秋成……様? 千紗様……は………大丈夫……でしょうか?」



心配そうに、千様の顔を覗き込みながら、ヒナは訊ねる。


「酷く疲れたのだろう。どうやら眠ってしまわれたようだ。少し無理をさせ過ぎてしまったな。出来る事ならば、どこかで休ませてやりたいが……」


そう言いながらも、休ませてやる時間的余裕も、場所もない状況に、秋成は肩を落とす。


変わってヒナは、千紗を休ませてあげられる何処か良い場所はないかと思案していると、ふと脳裏にある景色が浮かんできた。



「秋成様!あ、あり……ます。藤太様が示した……東の山に……誰も知らないとっておきの……隠れ場所が……」


「本当か?!」


「はい! 今からそちらへ案内……致します!」


「助かる、ヒナ。本当にありがとう。お前が共に付いてきてくて、本当に心強いぞ」


感謝を伝えながら、秋成はヒナの頭をワシャワシャに撫でつける。

褒められた事と、秋成に頼りにされている事が嬉しくて、ヒナは嬉しそうに微笑んだ。


その後秋成は、達智門を出た少し先に立つ松の木の下で、秀郷が言っていた白馬を見つけると、千紗とヒナ、それからヒナが手にしていた荷物を馬に乗せ、自身は馬の手綱を引き、急ぎ達智門を後にする。


そして秀郷の助言通り、東を目指して駆け出した。


薄暗かった辺りも、徐々に白さを増して行き、眼前に聳え立つ山々の背後には橙色の光が僅かにはみ出して見える。 

その光が東に連なる山々の輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、何とも神秘的な景色が広がっていた。


夜明けが間近に迫っていることを予感させた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜舐める編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートの詰め合わせ♡

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜下着編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

仇討浪人と座頭梅一

克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。 旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。

王女キャスリーンの初恋

弥生紗和
恋愛
【王女と下級騎士の身分違いの恋】 王女キャスリーンは十二歳の頃、下級騎士ルディガーの命を救う。ルディガーはキャスリーンに忠誠を誓い、それから十年後。ルディガーは魅力的で女性にモテる男になり、キャスリーンはルディガーの女性に関する噂を聞くたびに心が乱れる毎日。ルディガーはそんなキャスリーンの気持ちを知ってか知らずか、彼女の気持ちを揺さぶっていた。彼を密かに想い、結婚をしようとしないキャスリーンをクラウスという男が狙う。クラウスは女に暴力を振るうという噂があり、キャスリーンは彼を危険視し、ルディガーにクラウスを調べさせる。クラウスはキャスリーンを手に入れる為、占い師を利用し国王に近づく──。 中編になりますのでさくっと読んでいただけると思います。暴力、性的表現が一部ありますのでご注意ください。完結済みです。小説家になろうにも投稿しています。

超変態なジャン=ジャック・ルソーの思想がフランス革命を引き起こすまで

MJ
歴史・時代
ルソーは生まれて9日で母親を亡くす。時計職人の父とは読書をして過ごすが、貴族と喧嘩をしてジュネーヴの街から逃走した。孤児同然となったルソーは叔父に引き取られ、従兄弟と共に少年時代を過ごす。 その後、いろんな職を転々としてニートのような生活を続ける。 どの仕事も長くは続かず、窃盗や変態行為に身を染めた。 しかし、読書だけは続けた。 やがて、ママンと出会い、最初は母親のような愛情を受けるが、その関係はどんどん深くなっていく。 フランスでは普通のことなのか、奇妙な三角関係を経験し、やがて、ママンとの別れも。 音楽を仕事にしたかったが、それほど才能はなかった。 ルソーはその後、女中と結婚し5人の子供を授かるが、貧乏すぎて養えない。 ルソーは抑圧された経験を通して、社会に疑問を持っていた。ルソーは理不尽な社会の事を文章にする。 「人間不平等起源論」 「社会契約論」 「新エロイーズ」恋愛小説 「エミール」教育論 「告白」自伝 「孤独な散歩者の夢想」 昔は娯楽も少なく、文書を書く人はお笑い芸人のようにチヤホヤされたものだ。 それらの文章はやがて啓蒙思想として人々に大きな影響を与えていくこととなる。 ルソーを弾圧する人も現れたが、熱烈に歓迎する人もいる中で過ごす。 そんな彼の思想が今では当たり前となった人権、平等、博愛を世にもたらすフランス革命を引き起こす原動力となった。

彼ノ女人禁制地ニテ

フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地―― その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。 柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。 今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。 地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――

怪談あつめ ― 怪奇譚 四十四物語 ―

ろうでい
ホラー
怖い話ってね、沢山あつめると、怖いことが起きるんだって。 それも、ただの怖い話じゃない。 アナタの近く、アナタの身の回り、そして……アナタ自身に起きたこと。 そういう怖い話を、四十四あつめると……とても怖いことが、起きるんだって。 ……そう。アナタは、それを望んでいるのね。 それならば、たくさんあつめてみて。 四十四の怪談。 それをあつめた時、きっとアナタの望みは、叶うから。

処理中です...