時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

賊と対峙するとき

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突如としてドタバタと騒がし足音をたてながら藤壺殿へやって来た朱雀帝。

夜も遅い時間だと言うのに、帝ともあろう人物が、血相を変えて一体何事かと、御簾の下ろされた部屋の前に控えていた侍女のキヨとヒナは呆気にとられる。


「みっ帝? これはいったい、何の騒ぎにございましょうか?」

「内裏に賊が侵入した。そんな時に一人物忌みをしている千紗姫の事が心配になって来たのだ」


はぁはぁと、息も荒く事の経緯を説明する朱雀帝。

見張りを任されている侍女達の許可もなく廊下と部屋とを仕切っている御簾を上げ、中へと入って行こうとする朱雀帝の前に、慌ててヒナが立ち塞った。

びくびくと怯えを見せながらも、朱雀帝に向かって小さく首を横に振ってみせる。

どうやら入室を拒まれているようで、朱雀帝は少し困った顔を浮かべながら、ヒナに向けてお願いした。



「ただ千紗の無事を確認したいだけだ。無事を確認出来れば長居をするつもりはない。だから頼む、ここを通してくれ」


だが、朱雀帝がどんなに必死にお願いしても、ヒナは頑としてこれ以上彼を部屋の奥へ入れる事を許しはしなかった。

見かねたキヨが口を挟む。


「帝、申し訳ございませんが物忌み中の姫様に、帝を近付けるわけにはまいりません。帝まで悪い気に当てるわけにはいかないのです。どうかご理解下さい」

「そんな事構わない。ただ一目、一目で良いから千紗の無事を確かめたいだけなんだ。頼む、頼むから私を中へ入れてくれ」

「……申し訳ありませんが、やはりそれはできません……」


朱雀帝の必死の懇願も虚しく、キヨは申し訳なさそうに朱雀帝の入室を断った。


「えぇい!もう良い!こうなったら無理矢理にでもっ!」

「みっ帝っ、おやめ下さい帝! たとえ帝と言えども、ここを通すわけにはっ――」


思い通りにならない現状に、ついに朱雀帝は力ずくの強行突破に出る事に。

己が目の前に立ちはだかるヒナを押し退け、部屋の奥の塗篭に向けて走り寄って行く。

「あっ……」

「お、お待ち下さいませっ!」

キヨとヒナは何とか朱雀帝を止めようと、二人がかりで背中や腕にしがみつくも、女子の力でまだ成長過程にあるとは言え男子の力に勝てるわけもなく、朱雀帝はついに千紗が籠る部屋の戸に手をかけ、勢い良く扉を開け放った。


「千紗っ!!」



朱雀帝の乱入に、蝋燭が一つだけ灯る薄暗い部屋の奥ほどから、「ちっ」と言う微かな舌打ちが聞こえてきた。


「もう少し足止めできると思っていたが、誤算だったな」


そして次に、明らかに千紗のものとは違う、低い男の声が聞こえてきたかと思うと、部屋に灯っていた唯一の灯りがふっと吹き消された。


そのすぐ後で「きゃっ!」と、今度は女の短い悲鳴にも似た声が聞こえてきて――


「千紗?!」


今の悲鳴こそが千紗のものだと、朱雀帝は直感した。

灯りの消された真っ暗な部屋の中、朱雀帝は愛する妻の姿を探して目を凝らす。


「誰だっ!そこにいるのは誰だっっ!!」


恐怖心に微かに声を震わせながらも、朱雀帝は虚勢を張って怪しい人影に向かって叫ぶ。

やっと暗闇に慣れて来た彼の瞳が捕らえたものは、何かを肩に担ぎ上げ、仁王立ちした男の姿。

そして肩に担ぎ上げられたこそが



「お前っ……そこで何をしている?! 千紗に何をするつもりだ??!」


自身が身を案じた千紗――彼女だと悟った朱雀帝は、込み上げる怒りでみるみるうちに顔を赤く染め上げて行った。



「答えよ! 秋成!!」

「……え? 秋成様?」


朱雀帝の口から出た以外な人物の名に、キヨは驚いたように声をあげる。

まさか、大内裏にすら入る事を許されていなかった秋成が内裏にいるとは露ほども思っていなかったから。

だが、朱雀帝にはその男が秋成だとすぐに分かった。

そして、彼こそが内裏を騒がせている原因であるである事も直感した。


ずっと恐れていたから。

大内裏の門前から、決して離れようとしない秋成の噂を耳にした時から、いつか自分から千紗を奪いにくるのではないかと、そうずっと恐れていたから。

恐れていた事が、今現実となって、もう自分でもどうしたら良いのか分からない程に、頭に血が昇って、全身の血が沸騰しているかのように体が熱くなって行くのを朱雀帝は感じた。


「……千紗は渡さない……。絶対に渡さないっ! 今すぐ千紗から離れろっ!!」


高ぶる感情を、己でも上手く制御する事が出来ない様子で、朱雀帝はギリギリと歯を噛み締めながら凄い形相で闇に埋もれた秋成に向かって突進して行く。

だが、そんな彼の怒りに反抗するかのように、秋成もまた、千紗を担ぐ腕に力を籠めた。


「悪いがもう二度と、この手を離すつもりはない!」


千紗を奪い返そうと体当たりして来た朱雀帝をひらりとかわし、秋成は冷たく、でもどこか力強い口調でそう吐き捨てた。


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