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第二幕 千紗の章
主従の再会
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数か月ぶりとなる秋成との再会。
もう二度と会う事は叶わないと思っていたはずの秋成との。
久し振りに見る秋成は、大分痩せたように見える。
頬はげっそりと痩せこけ、だらしなく無精髭も生えている。
今まで見たことのない彼の姿に戸惑いを覚えながらも、自身に向けられる以前と変わらない真っ直ぐな眼差しに、千紗は目を離す事が出来なかった。
「姫様をこの鳥籠の中からお救いする為に参りました。千紗姫様は、今も変わらず兄上の事を気にかけていると聞きました。再び一族と争いになった兄上の事をとても心配していると。ならば行きましょう。俺と共に坂東へ。再び兄上を助けに参りましょう!」
「………っ!」
思いもよらない秋成からの申し出に、千紗の胸は高鳴る。
今一度小次郎と会えるかもしれない。
小次郎の無事をこの目で確かめに行けるかもしれない。
自らの足で、再び板東へ――
「……だが……しかし……」
高鳴る胸を必死に押さえつけて、ふと現実に立ち返る。
千紗はそっと秋成の体を押しやると、ばつが悪そうに彼から視線を外した。
外した先には偶然にも、昼間朱雀帝がくれた容花の花が目に映って見えた。
――『帝が千紗姫様への見舞いにと、先程持って来て下さったのです。悪条件の中、逞しく咲いていたこの花が、千紗姫様の姿と重なって見えたのだそうですよ。この花のように強く逞しく、元気なお姿が早くみられますようにと、そんな想いからこの夕顔の花を、姫様の為に摘んで来て下さったのだそうです』
キヨの言葉と共に、朱雀帝の姿が頭に浮かんだ。
昼間はあんなに綺麗に咲き誇っていた容花の花が、今はどこか淋しげに萎れている。
その姿が何故か一瞬、朱雀帝の姿と重なって見えて、千紗の心はギュッと締め付けられた。
「……………私は……行けない……」
そして気が付くと千紗は、そう言葉を溢していた。
「……何故ですか?」
「私は……小次郎を守る為に内裏に入ったのだ。私がここを抜け出したら、チビ助を裏切る事になる……」
小次郎の事は気になる。
だが、朱雀帝との約束を蔑ろにする事は出来ない。
そんな想いから、千紗は秋成の誘いを断った。
二人の間に沈黙が流れる。
生まれた沈黙に、ふと遠くから騒がしい音が千紗達のいるこの閉ざされた空間にも微かに響いて聞こえて来た。
何事かあったのだろうか。千紗の気が一瞬、そちらへと反れかけたその時、再び千紗の気を自身に向かせようと、秋成が沈黙を破った。
「…………らしくない。誰かの言いなりになって、いつまでもこんな狭い部屋に閉じ籠っているなんて、貴女らしくもない!」
「………何?」
「貴女はいつも周りの迷惑など考えもせず、自分の信じた道を突き進んで来た。貴族の姫でありながら、誰よりも自由にこの大地を羽ばたいていた。そんな貴女が何故、籠の鳥で居続けているのですか?」
「……もう昔とは違う。違うのだ秋成」
「違わない! 何故違うと思うのですか?」
「私は手放した。小次郎を助ける代わりに、自由を手放したのだ。もう私にはこの大地を翔る翼はない。やはり貴族の姫である私がいくら自由を望もうと、いつかは手放さなければならない、そう言う運命だったのだ」
「何故手放したのですか?」
「だから! 小次郎を助けたかったから」
「それで本当に、兄上は助かったとお思いですか? 本当に兄上の枷はなくなったと?」
「……何?」
「坂東へ帰る時、兄上は酷く御自分を責めておいででした。自分のせいで貴女から自由を奪ってしまったと。お優しい兄上の事だ。きっとこの先一生、自分を責め続けるのでしょうね」
「………」
「貴女はやり方を間違えた。貴女は己の犠牲を払って兄上を助けたつもりでいるのかもしれない。けど、実際貴女がした事は、兄上に新たな枷を追わせただけだ。貴女はまだ、誰も助けられてなどいない!」
「っ…………」
秋成の言葉に千紗は酷く衝撃を受け、言葉を失う。
もう二度と会う事は叶わないと思っていたはずの秋成との。
久し振りに見る秋成は、大分痩せたように見える。
頬はげっそりと痩せこけ、だらしなく無精髭も生えている。
今まで見たことのない彼の姿に戸惑いを覚えながらも、自身に向けられる以前と変わらない真っ直ぐな眼差しに、千紗は目を離す事が出来なかった。
「姫様をこの鳥籠の中からお救いする為に参りました。千紗姫様は、今も変わらず兄上の事を気にかけていると聞きました。再び一族と争いになった兄上の事をとても心配していると。ならば行きましょう。俺と共に坂東へ。再び兄上を助けに参りましょう!」
「………っ!」
思いもよらない秋成からの申し出に、千紗の胸は高鳴る。
今一度小次郎と会えるかもしれない。
小次郎の無事をこの目で確かめに行けるかもしれない。
自らの足で、再び板東へ――
「……だが……しかし……」
高鳴る胸を必死に押さえつけて、ふと現実に立ち返る。
千紗はそっと秋成の体を押しやると、ばつが悪そうに彼から視線を外した。
外した先には偶然にも、昼間朱雀帝がくれた容花の花が目に映って見えた。
――『帝が千紗姫様への見舞いにと、先程持って来て下さったのです。悪条件の中、逞しく咲いていたこの花が、千紗姫様の姿と重なって見えたのだそうですよ。この花のように強く逞しく、元気なお姿が早くみられますようにと、そんな想いからこの夕顔の花を、姫様の為に摘んで来て下さったのだそうです』
キヨの言葉と共に、朱雀帝の姿が頭に浮かんだ。
昼間はあんなに綺麗に咲き誇っていた容花の花が、今はどこか淋しげに萎れている。
その姿が何故か一瞬、朱雀帝の姿と重なって見えて、千紗の心はギュッと締め付けられた。
「……………私は……行けない……」
そして気が付くと千紗は、そう言葉を溢していた。
「……何故ですか?」
「私は……小次郎を守る為に内裏に入ったのだ。私がここを抜け出したら、チビ助を裏切る事になる……」
小次郎の事は気になる。
だが、朱雀帝との約束を蔑ろにする事は出来ない。
そんな想いから、千紗は秋成の誘いを断った。
二人の間に沈黙が流れる。
生まれた沈黙に、ふと遠くから騒がしい音が千紗達のいるこの閉ざされた空間にも微かに響いて聞こえて来た。
何事かあったのだろうか。千紗の気が一瞬、そちらへと反れかけたその時、再び千紗の気を自身に向かせようと、秋成が沈黙を破った。
「…………らしくない。誰かの言いなりになって、いつまでもこんな狭い部屋に閉じ籠っているなんて、貴女らしくもない!」
「………何?」
「貴女はいつも周りの迷惑など考えもせず、自分の信じた道を突き進んで来た。貴族の姫でありながら、誰よりも自由にこの大地を羽ばたいていた。そんな貴女が何故、籠の鳥で居続けているのですか?」
「……もう昔とは違う。違うのだ秋成」
「違わない! 何故違うと思うのですか?」
「私は手放した。小次郎を助ける代わりに、自由を手放したのだ。もう私にはこの大地を翔る翼はない。やはり貴族の姫である私がいくら自由を望もうと、いつかは手放さなければならない、そう言う運命だったのだ」
「何故手放したのですか?」
「だから! 小次郎を助けたかったから」
「それで本当に、兄上は助かったとお思いですか? 本当に兄上の枷はなくなったと?」
「……何?」
「坂東へ帰る時、兄上は酷く御自分を責めておいででした。自分のせいで貴女から自由を奪ってしまったと。お優しい兄上の事だ。きっとこの先一生、自分を責め続けるのでしょうね」
「………」
「貴女はやり方を間違えた。貴女は己の犠牲を払って兄上を助けたつもりでいるのかもしれない。けど、実際貴女がした事は、兄上に新たな枷を追わせただけだ。貴女はまだ、誰も助けられてなどいない!」
「っ…………」
秋成の言葉に千紗は酷く衝撃を受け、言葉を失う。
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