時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
247 / 280
第二幕 千紗の章

傷だらけの少女

しおりを挟む
小次郎軍の陣営を抜けた玄明は、松明を片手に、先程逃げて来た道をとりあえず戻ってみる事にした。

どこに敵が潜んでいるともしれないと、細心の注意を払いながら慎重に進む。


だが、慎重に進めば進む程、拍子抜けしてしまう。
敵の姿など、全くどこにも見当たらないのだ。

存在するのは、どこまでも続く静寂のみ。



「こりゃ本気でどう言う事だ?」



敵の姿を探しに、何処へ向かえば良いのかさえもわからなくなる程に、虫の音だげが心地好く耳に聞こえてくるだけ。


完全に行く宛を失った玄明は、ポリポリと頭をかいた。

とりあえず、近くに敵の姿はない。
敵の追撃はなさそうだ。

そう小次郎の元に報せに戻ろうとした時、遠くから微かに人の悲鳴のような声が聞こえてきた。

そんな気がして、玄明は音の正体を確かめようと、声がした方角へ向け走り出した。



その途中、暗闇の中、何か人らしきものとぶつかった。


「おっと、悪い」


右手に持つ松明をぶつかった相手にかざしながら、まじまじと観察する玄明。

ぶつかった相手は、尻餅をつきながら怯えた瞳でこちらを見上げている。見た目から察するに、歳は10歳程といったところだろうか。

更によく目を凝らして見れば、大きな瞳が愛らしい、女の童子だとわかった。

何故こんな暗い夜の道を、こんな子供が――しかも女子の身でありながら、一人歩きしているのか?
玄明は不思議に思った。

そして何より不思議だったのは、彼女の顔には痛々しい見た目の痣が、幾つも存在していること。


「お前、その顔どうした?」


玄明がまだ幼い見た目の娘に向かってそう問いかけると、娘は「ひっ」と短い悲鳴を上げて、怯えたように尻餅をついた状態のまま逃げるように後ずさった。
 
厳つい風貌の大男に夜道でぶつかったからと言って、いくらなんでも怯えすぎではないかと、思ってしまう程に酷い怯えを示す娘に、思わず玄明は彼女の腕を掴んでしまう。

そして気付いた。
ガリガリに痩せ細った腕にまで広がる無数の痣の存在に。

しかもその痣は、変色する前の、ほんのつい先程ついたばかりのような、赤に近い色をしていた。


「お前っ!何があった? この痣はどうした? 何にそんなに怯えているんだ?」


子供が負うにしてはあまりにも度を越えた、痛々しい傷に、玄明はどこか責めるように娘を問いただす。


幼い娘は玄明のその迫力に、一段と怯えた様子を見せながら、玄明の手を必死に振りほどこと抗った。


「離せ……離せぇぇっっ!」


彼女が初めて叫んだ時、玄明は背後から迫り来る気配を敏感に察知して、慌てて横へと身を反らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

最終兵器陛下

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
黒く漂う大海原・・・ 世界大戦中の近現代 戦いに次ぐ戦い 赤い血しぶきに 助けを求める悲鳴 一人の大統領の死をきっかけに 今、この戦いは始まらない・・・ 追記追伸 85/01/13,21:30付で解説と銘打った蛇足を追加。特に本文部分に支障の無い方は読まなくても構いません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...