時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
215 / 280
第一幕 京•帰還編

潰えた夢

しおりを挟む
そんな秋成の隣で小次郎は――

つい数日前まで、当たり前に側にいた筈の千紗が、今は手を伸ばしても届かない場所にいる。
その現実が信じられず、受け入れられず、戸惑いと悲しみに瞳を震わせていた。


――『必ずお前に釣り合う男になって、お前のもとに帰ってくる。だから、それまで待っていてくれ』


千紗にそう誓って、位を求め、力を求め、今までがむしゃらに走ってきた。

自分の願いは叶わないかもしれない。
何度もそう思って諦めかけた事もあった。



――『結婚なんて出来るはずがない。……身分が違いすぎるんだよ。俺なんかが千紗と釣り合うわけない……。分かるだろ?千紗……』

――『坂東へ帰れ。ここはお前がいるべき場所じゃない』

千紗を遠ざけ、彼女を突き放した事もあった。



――『私も何かお前の役に立ちたい。お前の痛みを知りたい。私に、お前の苦しみをわけてくれ』

でも、その度に自分を追いかけてきてくれた千紗。
自分を励まし、側で支えてくれた千紗。


彼女の優しさに、小次郎はいつの間にか勘違いしてしまっていた。
このままずっと千紗と共にいたい。その願いはこの先もずっと叶うのではないかと。

だが、今目の前で完全にその夢は断たれてしまった。

千紗の隣に立つのは、田舎者で荒くれ者の自分なんかではなく、この国の頂に立つ帝。

自分なんかより、よっぽど釣り合いの取れた人の元へと行ってしまった。

分かってた筈なのに。
千紗と自分では住む世界が違うのだから、いつかこんな日が来ると、分かってたいた筈なのに……

突然、突きつけられた現実に、小次郎の心は悲鳴を上げている。

込み上げてくる寂しさに堪えきれず、小次郎は千紗達から視線を反らし、空を見上げた。

目にいっぱいの涙を溜めて、真っ青に晴れ渡る空をどこまでも高く、高く見上げた。


そんな小次郎の様子を、一歩下がった後ろから楽しげに観察している一人の男がいた。

平太郎貞盛。小次郎の従兄弟であり、友であった男だ。
貞盛は、不適な笑みを浮かべながら傷心しきった様子の小次郎に向け声を掛けた。


「小次郎。お前、何をそんなに悲しんでいる? 千紗姫様を帝に取られた事がそんなに悔しいか?」

「……貞盛……」

「そもそも、太政大臣様の姫君であらせられるあの方が、今までお前達と共にいた事の方がおかしかったのだ。帝の隣にいる今こそが、あの方の正しき姿。そうは思わぬか、小次郎?」

「……………」


貞盛の浴びせる嫌味に、何の反応も示さない。
……いや、示す気力もない小次郎。

小次郎の受けた悲しみの深さを感じて、貞盛は更に楽しげに笑った。


「そう悲しむな小次郎。千紗姫様はな、お前を助ける為に帝の后になられたのだから。お前が悲しんでいては千紗姫様が浮かばれない」

「っ?!」


貞盛の言葉に、それまで何の反応も示さなかった小次郎が、思わず後ろを振り返り、貞盛を見た。


「どういう事だ? お前……何を知っている?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

最終兵器陛下

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
黒く漂う大海原・・・ 世界大戦中の近現代 戦いに次ぐ戦い 赤い血しぶきに 助けを求める悲鳴 一人の大統領の死をきっかけに 今、この戦いは始まらない・・・ 追記追伸 85/01/13,21:30付で解説と銘打った蛇足を追加。特に本文部分に支障の無い方は読まなくても構いません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

狩野岑信 元禄二刀流絵巻

仁獅寺永雪
歴史・時代
 狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。  特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。  しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。  彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。  舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。  これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。  投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。

処理中です...