207 / 274
第一幕 京•帰還編
迫られる選択
しおりを挟む
「………何?」
「朕は、あの男を助ける事が出来ます。と同時に、陥れる事も出来るのですよ。罪をおかしていようがいまいが関係ない。朕の言葉一つでこの世の中はどうとでも動かす事が出来る」
朱雀帝の言葉に更に怒りが高まった千紗は、再び朱雀帝を振り返ると、興奮気味に声を荒げて言った。
「っ……お主!今自分がいったい何を申しておるか分かっているのか?!」
「……勿論」
「お主は、自分の都合で世の理を曲げても良いと申すのか? 自分の我儘で、何の罪もない者を不幸にしても良いと? そんな事、許されるはずがない!」
怒りに震える千紗とは対照的に、朱雀帝は淡々とした口調で言葉を返す。
「いいえ、朕ならば許される。天皇である朕ならば」
「…………何……を」
「千紗姫は坂東で訊いた話をお忘れですか?」
「……坂東での話?」
「はい。天皇とは、この国を作りし神の末裔であると」
『この国はね、高天原と呼ばれる神々の住まう地より、イザナギとイザナミの夫婦が降り立ち、生み出された国だと、この国の歴史書は伝えているんだ。そう。そしてイザナギとイザナミ夫の夫婦は、国だけでなく、人の形を成した子をも産み落とした。その子供がまた子供を産み――そうして始まったのが今の天皇家だと言われている」
板東で四郎が教えてくれた、国の成り立ちに関する話を思い出す。
「つまり朕は神にも等しい存在。神ならば、世の理を変える事など造作もない」
「……チビ助……お主……本気で言っているのか?」
「…………その呼び方……」
「何?」
「…………その呼び方、もうやめて下さい。私はもう、子供じゃない」
朱雀帝は立ち上がると、千紗の元へと歩いて行く。
すぐ側まで来たかと思うと、強引に千紗の腕を引いて自分の元へと引き寄せた。
そして千紗を少し下に見る。
「背丈だってほら、もう貴方より上だ」
「っ…………」
今目の前にいる朱雀帝が突然、今までとは全くの別人に思えて、千紗は言い知れぬ恐怖を感じた。
知らない。こんな強引な朱雀帝の姿など、千紗は知らない。
その恐怖心から、キツく握りしめられた朱雀帝の手を必死に振りほどこうと抵抗を示すも、男の力の前にびくともしない。
「…………放せ」
それでも朱雀帝の力に屈しまいと、必死に抵抗を続ける千紗は、彼をきつく睨み付けた。
「いいえ放しません。私は……どうしようもなく貴方が好きなのです。貴方が欲しい」
「…………」
息がかかる程の距離から熱い視線を向けられる。
「お願いです。どうか……我が后になって下さい」
吸い込まれそうな程の真剣な瞳に、ついに千紗は堪えきれずに朱雀帝から視線を反らした。
ゆっくりゆっくりと下へ降りていく視線。
と同時に抵抗する力も緩められて行く。
「……もし、私がこの話を断ったら?」
「あの男は国家に楯突いた謀反の罪で裁かれることになるでしょう。罪人の行く末は、処刑か島流しか……」
「小次郎を殺すつもりなのか?」
「それは、貴方様次第です。千紗姫様」
「……何故だ? お主には力がある。力があると言うのに、何故その力を正しき道に使おうとしない? 何故力ある者は己の欲ばかりを優先させようとする。貴族とはどうしてこうも身勝手なのだ……」
最後の力を振り絞って、千紗は再び朱雀帝を見つめ返す。
その瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙の粒が溜まっていた。
「朕は、あの男を助ける事が出来ます。と同時に、陥れる事も出来るのですよ。罪をおかしていようがいまいが関係ない。朕の言葉一つでこの世の中はどうとでも動かす事が出来る」
朱雀帝の言葉に更に怒りが高まった千紗は、再び朱雀帝を振り返ると、興奮気味に声を荒げて言った。
「っ……お主!今自分がいったい何を申しておるか分かっているのか?!」
「……勿論」
「お主は、自分の都合で世の理を曲げても良いと申すのか? 自分の我儘で、何の罪もない者を不幸にしても良いと? そんな事、許されるはずがない!」
怒りに震える千紗とは対照的に、朱雀帝は淡々とした口調で言葉を返す。
「いいえ、朕ならば許される。天皇である朕ならば」
「…………何……を」
「千紗姫は坂東で訊いた話をお忘れですか?」
「……坂東での話?」
「はい。天皇とは、この国を作りし神の末裔であると」
『この国はね、高天原と呼ばれる神々の住まう地より、イザナギとイザナミの夫婦が降り立ち、生み出された国だと、この国の歴史書は伝えているんだ。そう。そしてイザナギとイザナミ夫の夫婦は、国だけでなく、人の形を成した子をも産み落とした。その子供がまた子供を産み――そうして始まったのが今の天皇家だと言われている」
板東で四郎が教えてくれた、国の成り立ちに関する話を思い出す。
「つまり朕は神にも等しい存在。神ならば、世の理を変える事など造作もない」
「……チビ助……お主……本気で言っているのか?」
「…………その呼び方……」
「何?」
「…………その呼び方、もうやめて下さい。私はもう、子供じゃない」
朱雀帝は立ち上がると、千紗の元へと歩いて行く。
すぐ側まで来たかと思うと、強引に千紗の腕を引いて自分の元へと引き寄せた。
そして千紗を少し下に見る。
「背丈だってほら、もう貴方より上だ」
「っ…………」
今目の前にいる朱雀帝が突然、今までとは全くの別人に思えて、千紗は言い知れぬ恐怖を感じた。
知らない。こんな強引な朱雀帝の姿など、千紗は知らない。
その恐怖心から、キツく握りしめられた朱雀帝の手を必死に振りほどこうと抵抗を示すも、男の力の前にびくともしない。
「…………放せ」
それでも朱雀帝の力に屈しまいと、必死に抵抗を続ける千紗は、彼をきつく睨み付けた。
「いいえ放しません。私は……どうしようもなく貴方が好きなのです。貴方が欲しい」
「…………」
息がかかる程の距離から熱い視線を向けられる。
「お願いです。どうか……我が后になって下さい」
吸い込まれそうな程の真剣な瞳に、ついに千紗は堪えきれずに朱雀帝から視線を反らした。
ゆっくりゆっくりと下へ降りていく視線。
と同時に抵抗する力も緩められて行く。
「……もし、私がこの話を断ったら?」
「あの男は国家に楯突いた謀反の罪で裁かれることになるでしょう。罪人の行く末は、処刑か島流しか……」
「小次郎を殺すつもりなのか?」
「それは、貴方様次第です。千紗姫様」
「……何故だ? お主には力がある。力があると言うのに、何故その力を正しき道に使おうとしない? 何故力ある者は己の欲ばかりを優先させようとする。貴族とはどうしてこうも身勝手なのだ……」
最後の力を振り絞って、千紗は再び朱雀帝を見つめ返す。
その瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙の粒が溜まっていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる