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第一幕 京•帰還編
かけがえのない時間③
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「小次郎!お主は、いったい…………しておったのだ!!
………バカにして…たな~!!」
千紗、小次郎、秋成、藤太。四人が賑やかに話している横を、一台の牛車が通りすぎて行く。
「………」
外から聞こえてくる賑やかな笑い声に、牛車の主は、車に設けられた小さな窓を少し開けて外の様子を伺った。
「改めて……自己紹介だ。俺の名前は藤原秀郷。皆からは俵藤太と呼ばれている。因みに俺も将門と同じ坂東人。下野出身の荒くれ者だ」
「なるほど。だから先程小次郎が板東にいた頃から憧れていたと申しておったのだな。……ん? でも待てよ。下野? 下野と言う……あの?」
「そう、この馬鹿が、騒ぎを起こして、謀反の疑いまでかけられたあの下野だ。ったく。人の留守中に勝手に人の土地を騒がせやがって」
「も、申し訳ございません藤太殿」
会話の中から聞こえて来た将門の名に、牛車の主は反応した。
「…………おい、待て。車を止めよ」
「いかがなさいましたか興世王様?」
突然の主の命に、従者は不思議そうに訪ねる。
だが、興世王と呼ばれた色白で痩せ細った、見るからに不健康そうな男は、従者の問いも聞こえない様子で、少し先にいる小次郎の姿を興味深げに眺めていた。
「………あれが、今噂の平小次郎将門」
「興世王様? もしや具合でも悪いのですか?」
返事のなかった主を心配して、従者は牛車の戸を開ける。
急に射し込む太陽の光に、興世王は持っていた扇で顔を隠す。
「……いや、何でもない。もうよい、行くぞ」
「? は、はい。承知いたしました」
主の行動の意味が分からず小首を傾げながらも、従者は主の命に従い、再び牛車を動かし始めた。
動き出す牛車に揺られながら、興世王はブツブツと独り言を呟く。
「平小次郎将門。同じ桓武帝を祖にもつ者として、同情するぞ。たとえ天皇を祖に持とうと、その血統からこぼれ落ちた者の行く末はなんと虚しきものか。……ああはなりたくないのぉ。ふむ、なりたくない、なりたくない。麻呂は必ずのしあがる。のしあがって、再び上級貴族に返り咲いてやるのだ。必ずな……」
ちょび髭の生える口許を扇で隠して、不適な笑みを浮かべるその男は、一人野望に燃えていた。
この男と、後に小次郎は出会う事になるだが……それはまだまだ先の話。
◆◆◆
――その日の、日が傾きかけた頃、千紗は藤原の屋敷へと戻って来た。
千紗の帰りに、忠平が慌てて駆け付けた。
「千紗っ!よか……良かった……無事に戻って来てくれて……良かった……」
娘の無事な姿に、安堵の息を吐く忠平。
「忠平様……。申し訳ございません。今回、千紗が屋敷を抜け出した責任は俺にあります。だから、あまり千紗を怒らないでやってください」
そんな忠平に、千紗に変わって小次郎が謝罪の言葉を述べる。
「分かっておる。この我儘娘の考えそうな事など、ちゃんと分かっておる。すまなかったな秋成、小次郎。娘が迷惑をかけた」
「とんでもない」
「父上、勝手に屋敷を抜け出し、心配かけて申し訳ございませんでした。もうこの件で勝手な事はいたしません。千紗は大人しくしています」
すると突然、素直に謝罪する娘の姿に忠平は少し驚いた。
「千紗にはちゃんと話して聞かせましたので、もうこれ以上無茶をする事はないと思います」
「………そうか。やはり千紗の扱いは、お主が一番長けておるな」
「滅相もない」
忠平と小次郎は、クスクスと笑いあった。
その日を境に、嘘のように千紗は大人しくなった。
屋敷を抜け出して、勝手をする事も、無茶なお願いをして忠平を困らせる事もなくなった。
ただ静かに、裁判の行方を見守った。
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