時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京•帰還編

小次郎の為に出来る事

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拳を握り締めながら、ふと千紗は無意識に視線を庭へと向けた。

そこには護衛の為、何時ものごとく庭に控える秋成の姿があった。

絡まる視線。


――『俺は……知っています。貴方は優しい方だと言う事を。坂東へ行きたいと言った時も、坂東で戦を止めようと行かれた時も、貴方の我儘はいつも他の者を思ってのものだ。俺は知っています。貴方のそう言う優しい一面を。ずっと……ずっと貴方の側で、貴方を見て来ましたから。姫様のそんなお節介な所、俺は好きですよ』――


不意に秋成の言葉が頭に浮かんだ。


――『きっとあります。兄上や、あのチビの為に姫様が出来る事が。いや……姫様だから出来る事がきっと。だからそんなに落ち込まなくて大丈夫ですよ』――


そうだ。
のではない。
自分はまだのだ。

自分には何も出来ないと決めつけて、何のお節介も焼いていないのだ。

それなのに、どうして嘆く事が出来るのだろうか?


――『悩む前にまず行動。それが俺のよく知る姫様です』


過去に送られた秋成の言葉に背中を押されながら、千紗は忠平にある事を願い出た。



「……父上」

「何だ?」

「私を、内裏へ連れて行って下さい」

「千紗、何度も言っているが、お前が行った所で何も出来ぬ」

「だとしても、ここで何もしないで見ているだけなんて嫌です。私は坂東に行って、実際に戦をこの目で見てきました。証人として、小次郎の無実を訴える事は出来ます。たとえ私の言葉に何の力もなくても、ほんの些細な事でも出来る事があるなら私はしたい!」

「…………千紗……お前は……またそんな我儘を……」


千紗の言葉に、困ったように溜め息を吐く忠平。

対照的に主の決意に庭から千紗を見守る秋成は、どこか微笑んでいるように見える。


「我儘と言われようと、これが私です。いい加減に父上も、私の我儘になれて下さい」

「お前なぁ……」

「あっ! そうだチビ助っ!」

「何?」

「坂東へ行ったのは私だけじゃない。チビ助だって、共にあの戦を見てきた一人。帝であるチビ助が、坂東での出来事を証言したら? 天皇の話にならば皆耳を傾けてくれるのではないでしょうか?」

「それは……」

「そうだ。そうだ、何故今まで思い付かなかったのでしょう。チビ助ならば、この状況を何とか出来るかもしれない!」

「待て千紗、一人先走るな。一度落ち着いて考えてみよう。何が最善の策か」

「私は落ち着いてます」

「落ち着いていない。お主、前に私が言った事を忘れたか? 己の感情に左右されて人を裁けば愚かな結果へ繋がると」

「勿論、覚えております」

「ならば今は冷静になれ。お前は小次郎に肩入れし過ぎだ」

「なっ、それでは父上は、小次郎を見捨てろと仰るのですか?」

「そうは言っていない。落ち着けと言っているんだ。今の頭に血の昇ったお前では、己が都合で法を歪める官僚達と同じ事をしかねない」

「な、何故ですか?! 私はそんな事しません! 絶対にしない!」


忠平の言葉に余計頭に血が昇った千紗は声を荒げて言った。


「本当にそう言い切れるのか? 小次郎に肩入れし過ぎている今のお前に」

「はい!」

「……いいや出来ない。お前は何も分かっていない。力は時として全ての均衡を崩しかねない猛毒になるのだ。だからこそ、力を持つ者は己が力を理解し制御しなければならない。その為にはまだ、お前の心も帝の心も幼すぎる……」

「? 先程から父上は何を仰っているのですか?」

「分からないか? それが分からないのならば、お前は腐った官僚達と同じ過ちを犯す。今のお前に出来る事など何もない」

「父上っ!!」

「お前は何もするな。これ以上この話に首を突っ込むな。分かったな、千紗!」


珍しく声を荒げながら、忠平はそう言い捨てると、部屋を後にした。
ここまで頭ごなしにしかりつける忠平は初めてで……

何故急に怒りだしたのか、忠平は何を懸念しているのか、
この時の千紗にはまだ良く分からなかった。

ただ1つ言える事は、頭に血が昇った今の千紗にとって、忠平の牽制は、逆効果でしか無かったと言う事だけ――

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