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第一幕 板東編
兄弟の約束
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「何? また同盟から脱退者が?!」
「あぁ、そのような文がまた三通程届けられた」
「くそっ! どいつもこいつも、兄貴に京への召喚命令が下った途端、手のひら返しやがって!」
四郎と小次郎の会話。
つい数日前までは、小次郎と仲良くしたい、同盟を組みたいと連日押し掛けてきていた近隣の豪族達の訪問は、小次郎の召喚命令の噂が広まるや、パタリと途絶えていた。
それどころか、一度は同盟を結んだ者達でさえ、たった手紙一枚で次々と小次郎のもとを離れて行く始末。
彼等からしてみれば、小次郎に力を貸す事で自分達まで京から睨まれる事になるやもしれない、その危険を早いうちから回避したかったのだろう。
小次郎が住まう豊田の地だけが益々坂東から孤立して行く事に――
「はぁ~、一難さってまた一難。まったく、いったいいつになったら落ち着くのかね、豊田は」
「ははは、そうグチグチ言ってくれるな四郎」
「だってさ~」
「過ぎた事は仕方ないだろう」
頭の痛い様々な問題は改善されぬまま、時はあっと言うまに八月も終わりを迎えようとしていた。
◆◆◆
京への出立を、あと数日に控えたある夜の事――
小次郎の部屋の縁側で、小次郎と四郎は兄弟水入らずで杯を交わしていた。
酒を片手に笑顔を浮かべている小次郎に、四郎はぽつりとある問い掛けをした。
「………なぁ、兄貴」
「ん? 何だ四郎」
「本当に……怖くはないのか?」
「………」
「京でいったい、どんな沙汰が待っているのか、兄貴は怖くないのか?」
「怖くないさ。だって俺達は何も悪い事なんてしてないんだから」
「またそれだ。俺だって、俺達が悪い事をしたとは思ってない。でも、世の中の不条理は嫌と言うほど経験して来ただろ。そもそもの原因である伯父貴達との戦だって、俺達に戦う意思は無かった。なのに一方的に仕掛けられ、巻き込まれた」
「……」
「どんなに抗ったって、結局はいつも力ある者には勝てないんだ」
「……」
「……だろ?」
「大丈夫。京には、その力を正しく使おうとしている方がおられる。お前だって知ってるだろ。千紗や忠平様は、力があるからこそ力無き者を気にかけてくださる。あの方ならば、ちゃんと俺の話にも耳を傾け、公平な判断を下してくださるはずだ」
「………」
「だから大丈夫さ」
「……信じてんだな、兄貴は。忠平様の事」
「あぁ。あの方を信じ、尊敬しているからこそ俺は、十年以上もあの方にお仕えしてきた」
「………そっか、分かった。もう何も言わない。兄貴が信じるって言うんなら、俺も信じる。俺は兄貴を信じるよ」
「何だそれは」
「兄貴が信じる人なら、俺も信じてみようって事」
四郎の言葉に呆れながらも照れ笑いを浮かべてみせながら小次郎は、はははと声を出して笑った。
「四郎………」
「ん?」
「俺が留守の間、皆の事、そしてこの豊田の事、頼んだぞ」
「あぁ、任せとけって。俺、今度は逃げないから。絶対に逃げ出したりしないから。俺はここで豊田の皆と頑張る。だから兄貴も京で頑張って謀反の疑いを晴らしてきてよ。んで、絶対無事に帰って来て。ここに、この坂東の地に」
四郎の言葉に小次郎は一瞬瞼を伏せる。
ーー『必ずお前のもとに帰る。だから待っていてくれ』
四郎の言葉が、京から坂東へ戻ると決めたあの日、千紗に向け、文に残した自身の言葉と重なる。
己が故郷を守りたいと望めば、千紗との約束は遠ざかって行く。逆に千紗との約束を望めば、故郷を守る事は難しい。
小次郎はもう気付いていた。
自分の抱くこの2つの望みは、それぞれ相反するものだと。
伏せていた視線を空に向け、小次郎は月を仰ぎ見た。
そして小さく答えた。
「………あぁ、俺は帰ってくるさ。ここに、この坂東の地に、必ず帰ってくる」
空に輝く月が、そんな小次郎の顔をどこか切なげに照らしていた。
「あぁ、そのような文がまた三通程届けられた」
「くそっ! どいつもこいつも、兄貴に京への召喚命令が下った途端、手のひら返しやがって!」
四郎と小次郎の会話。
つい数日前までは、小次郎と仲良くしたい、同盟を組みたいと連日押し掛けてきていた近隣の豪族達の訪問は、小次郎の召喚命令の噂が広まるや、パタリと途絶えていた。
それどころか、一度は同盟を結んだ者達でさえ、たった手紙一枚で次々と小次郎のもとを離れて行く始末。
彼等からしてみれば、小次郎に力を貸す事で自分達まで京から睨まれる事になるやもしれない、その危険を早いうちから回避したかったのだろう。
小次郎が住まう豊田の地だけが益々坂東から孤立して行く事に――
「はぁ~、一難さってまた一難。まったく、いったいいつになったら落ち着くのかね、豊田は」
「ははは、そうグチグチ言ってくれるな四郎」
「だってさ~」
「過ぎた事は仕方ないだろう」
頭の痛い様々な問題は改善されぬまま、時はあっと言うまに八月も終わりを迎えようとしていた。
◆◆◆
京への出立を、あと数日に控えたある夜の事――
小次郎の部屋の縁側で、小次郎と四郎は兄弟水入らずで杯を交わしていた。
酒を片手に笑顔を浮かべている小次郎に、四郎はぽつりとある問い掛けをした。
「………なぁ、兄貴」
「ん? 何だ四郎」
「本当に……怖くはないのか?」
「………」
「京でいったい、どんな沙汰が待っているのか、兄貴は怖くないのか?」
「怖くないさ。だって俺達は何も悪い事なんてしてないんだから」
「またそれだ。俺だって、俺達が悪い事をしたとは思ってない。でも、世の中の不条理は嫌と言うほど経験して来ただろ。そもそもの原因である伯父貴達との戦だって、俺達に戦う意思は無かった。なのに一方的に仕掛けられ、巻き込まれた」
「……」
「どんなに抗ったって、結局はいつも力ある者には勝てないんだ」
「……」
「……だろ?」
「大丈夫。京には、その力を正しく使おうとしている方がおられる。お前だって知ってるだろ。千紗や忠平様は、力があるからこそ力無き者を気にかけてくださる。あの方ならば、ちゃんと俺の話にも耳を傾け、公平な判断を下してくださるはずだ」
「………」
「だから大丈夫さ」
「……信じてんだな、兄貴は。忠平様の事」
「あぁ。あの方を信じ、尊敬しているからこそ俺は、十年以上もあの方にお仕えしてきた」
「………そっか、分かった。もう何も言わない。兄貴が信じるって言うんなら、俺も信じる。俺は兄貴を信じるよ」
「何だそれは」
「兄貴が信じる人なら、俺も信じてみようって事」
四郎の言葉に呆れながらも照れ笑いを浮かべてみせながら小次郎は、はははと声を出して笑った。
「四郎………」
「ん?」
「俺が留守の間、皆の事、そしてこの豊田の事、頼んだぞ」
「あぁ、任せとけって。俺、今度は逃げないから。絶対に逃げ出したりしないから。俺はここで豊田の皆と頑張る。だから兄貴も京で頑張って謀反の疑いを晴らしてきてよ。んで、絶対無事に帰って来て。ここに、この坂東の地に」
四郎の言葉に小次郎は一瞬瞼を伏せる。
ーー『必ずお前のもとに帰る。だから待っていてくれ』
四郎の言葉が、京から坂東へ戻ると決めたあの日、千紗に向け、文に残した自身の言葉と重なる。
己が故郷を守りたいと望めば、千紗との約束は遠ざかって行く。逆に千紗との約束を望めば、故郷を守る事は難しい。
小次郎はもう気付いていた。
自分の抱くこの2つの望みは、それぞれ相反するものだと。
伏せていた視線を空に向け、小次郎は月を仰ぎ見た。
そして小さく答えた。
「………あぁ、俺は帰ってくるさ。ここに、この坂東の地に、必ず帰ってくる」
空に輝く月が、そんな小次郎の顔をどこか切なげに照らしていた。
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