時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

千紗の交渉

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「…………そんな事は……分かっておる」

「……?」

「私がついて行った所で、足手纏いにしかならぬ事くらい、ちゃんと分かっておる」

「……千紗」

「だから、私の代わりに秋成を、秋成を連れて行って欲しいのだ」


千紗の言葉に、それまで全く姿の見えなかった秋成が、馬に跨がり塀の陰から颯爽と姿を現した。


「んでもって、ついでにおいらも~!」


清太もまた元気良く手を上げながら、千紗達の元へと駆け戻り秋成の隣に並んだ。

嬉しそうに秋成の隣に立つ清太の姿を振り返りながら、春太郎は言う。


「本当は僕も連れて行って欲しいんだけど……」

「ダメだって! 春太郎は留守番して姫さんとヒナを守るって、秋成の兄貴と約束したろ」

「分かってるよ。もう~清太の馬鹿!」

「はぁ~? 何で馬鹿なんだよ。昨日ちゃんと公平に虫拳で決めただろ。負けた春太郎が悪いんだ」


話の腰を折って言い争いを始めてしまう春太郎と清太。

そんな二人を無視して、千紗と秋成は小次郎への交渉を続けた。


「この二人ならば、お前の役に立つだろ、小次郎」

「兄上、千紗姫様の変わりに是非、俺と清太も共にお連れ下さい」

「……千紗……秋成……」


痛い程真っ直ぐで、真剣な目を向けてくる千紗と秋成に、小次郎の顔は苦痛に歪む。

本当ならば秋成と言えども戦場に連れて行きたくはない。それでも、千紗なりに一生懸命模索し、妥協点を探した結果の交渉なのだろう。その気持ちを考えると、千紗の思いを無下に断るのも申し訳ない気がしてならなかった。

それになにより、ここで頭ごなしに反対して千紗がこれ以上素直に諦めてくれるとも思えなかった。

暫くの間、眉間に深い皺を刻ませ考え込む小次郎だったが、千紗と秋成、二人から向けられる熱い視線に「はぁ……」と大きく溜息を吐くと

「好きにしろ」


たった一言、それだけを言い残して、小次郎は止めていた馬の歩みを再び進めた。


「良かったな姫さん。兄貴からお許しが出たぜ」


千紗に向かって片目を瞑って見せる四郎。

秋成と清太に、隊を付いてくるよう促しながら四郎もまた小次郎の後に続いて馬を進ませた。

もっと反対されるかと思った願いが、以外にもあっさり聞き入れられて、唖然としながらも千紗はへなへなとその場に座り込んでしまう。


「千紗姫様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。問題ない」


馬を下りて千紗の元へと駆け寄ろうとする秋成を制して、千紗はすぐに立ち上がる。


「小次郎からの許しは出た。秋成、後はお前に任せたぞ」

「……はい」


すぐさま気持ちを切り替えた千紗の思いをくみ取って、秋成は馬を下りる事を止め、馬上から千紗のその思いを受け止めた。


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