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第一幕 板東編
珍道中②
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「選択肢ならあります! 千紗姫様、是非私と、私と一緒に乗りましょう!」
朱雀帝だ。
千紗と秋成の言い争いに、朱雀帝が目をキラキラと輝かせながら仲介に乗り込んだのだ。
だがせっかくの提案も、秋成によってあっさりと切り捨てられてしまう。
「却下だ!」
「な、何故じゃ?!」
「お前はまだ一人で馬に乗れないだろう」
「さ、三人で乗れば良い。なぁ、貞盛」
それでも諦めきれない朱雀帝は必死に反論する。
反論の中、突然話を振られた貞盛は返答に困り、苦笑いを浮かべるしかない様子。
「無理だな。三人も乗っては馬の体力がもたない」
困り顔の貞盛に代わって、再び秋成がはっきりと否定する。
「そ、そんな事……やってみなければ……」
「試す必要などない。馬に何かあってからでは遅い。もし無理をさせた事でこの先馬が使い物にならなくなったら、己の足だけで板東を目指す事になるのだぞ。お前にそれだけの覚悟はあるのか」
「……」
三度目、ぴしゃりと言い放たれた朱雀帝はついに言葉を詰まらせた。
だが、秋成からの手厳しい指摘に反論できないからと言って、ここで負ける朱雀帝ではなかった。
「……分かった、ならばこうしよう」
苦肉の策として、はっと閃いたある提案を口にする。
「私がこの者の馬に乗る。千紗姫様は貞盛の馬にお乗り下さい」
「お前が俺の馬に?」
下賎の者だと日頃馬鹿にしていた朱雀帝が、自ら自分の馬に乗ると口にするとは。
秋成は驚きの目で朱雀帝を見た。
「千紗姫様が、嫌だと申しているのだ。お前の馬になど嫌がる姫様を乗せるわけにはいくまい」
「…………まぁ、それならそれで別に俺は構いませんよ。どうぞお好きにして下さい」
暫く考えた後、秋成は朱雀帝が単なる我が儘で言ってるのではなく、彼なりに千紗の事を想っての言動なのだと理解して、それ以上千紗を説得する事をやめた。
そして千紗に背を向け、自分が乗る馬を先へと歩かせ始めた。
「貞盛、くれぐれも千紗姫様の事頼んだぞ」
朱雀帝もまた、やっと自身の提案が受け入れられた事に満足したのか、嬉しそうに笑顔を浮かべながら貞盛にそれだけ言い残すと、馬を下り、急いで秋成の後を追いかけた。
清太とヒナの乗る馬も、秋成の後へと続き動き始める。
千紗を下ろした春太郎もまた、その後に続いた。
その場に残されたのは、千紗と貞盛の二人だけ。
「では千紗姫様、我々も参りましょうか」
貞盛が千紗に向けて白く綺麗な手を差し出す。
だが千紗は、何故か貞盛の手を取ることはせずにパシンと冷たく跳ね退けると、誰の手も借りる事無く自らの力で馬へとよじ登った。
「おやおや。随分と嫌われたものですね」
千紗の無礼な態度を言葉とは裏腹に、カラカラと笑い飛ばしながら、ゆっくりと馬を歩かせ始める貞盛。
前に座る大きな彼の背中を難しい顔して睨み付けながら、何故か千紗は貞盛に対して警戒心を漂わせていた。
先程の貞盛の笑いが恐ろしく思えてならなかったから。
今に限らず、貞盛の浮かべるている爽やかな笑顔に、千紗はいつも恐怖を感じていた。
だから千紗は貞盛が苦手でならないのだ。
彼の笑顔の裏側には、何かどす黒いものが隠れているような、そんな気がして――
けれどもあの朱雀帝が、自分の為に嫌っているはずの秋成の馬に移ってまであけてくれたこの場所を、無下に断るわけにもいかなかった。
こんな事になるのなら、最初からくだらなぬ意地などはらずに素直に秋成の言う通りにしていれば良かった。
今更ながらに後悔を覚える千紗なのだった。
朱雀帝だ。
千紗と秋成の言い争いに、朱雀帝が目をキラキラと輝かせながら仲介に乗り込んだのだ。
だがせっかくの提案も、秋成によってあっさりと切り捨てられてしまう。
「却下だ!」
「な、何故じゃ?!」
「お前はまだ一人で馬に乗れないだろう」
「さ、三人で乗れば良い。なぁ、貞盛」
それでも諦めきれない朱雀帝は必死に反論する。
反論の中、突然話を振られた貞盛は返答に困り、苦笑いを浮かべるしかない様子。
「無理だな。三人も乗っては馬の体力がもたない」
困り顔の貞盛に代わって、再び秋成がはっきりと否定する。
「そ、そんな事……やってみなければ……」
「試す必要などない。馬に何かあってからでは遅い。もし無理をさせた事でこの先馬が使い物にならなくなったら、己の足だけで板東を目指す事になるのだぞ。お前にそれだけの覚悟はあるのか」
「……」
三度目、ぴしゃりと言い放たれた朱雀帝はついに言葉を詰まらせた。
だが、秋成からの手厳しい指摘に反論できないからと言って、ここで負ける朱雀帝ではなかった。
「……分かった、ならばこうしよう」
苦肉の策として、はっと閃いたある提案を口にする。
「私がこの者の馬に乗る。千紗姫様は貞盛の馬にお乗り下さい」
「お前が俺の馬に?」
下賎の者だと日頃馬鹿にしていた朱雀帝が、自ら自分の馬に乗ると口にするとは。
秋成は驚きの目で朱雀帝を見た。
「千紗姫様が、嫌だと申しているのだ。お前の馬になど嫌がる姫様を乗せるわけにはいくまい」
「…………まぁ、それならそれで別に俺は構いませんよ。どうぞお好きにして下さい」
暫く考えた後、秋成は朱雀帝が単なる我が儘で言ってるのではなく、彼なりに千紗の事を想っての言動なのだと理解して、それ以上千紗を説得する事をやめた。
そして千紗に背を向け、自分が乗る馬を先へと歩かせ始めた。
「貞盛、くれぐれも千紗姫様の事頼んだぞ」
朱雀帝もまた、やっと自身の提案が受け入れられた事に満足したのか、嬉しそうに笑顔を浮かべながら貞盛にそれだけ言い残すと、馬を下り、急いで秋成の後を追いかけた。
清太とヒナの乗る馬も、秋成の後へと続き動き始める。
千紗を下ろした春太郎もまた、その後に続いた。
その場に残されたのは、千紗と貞盛の二人だけ。
「では千紗姫様、我々も参りましょうか」
貞盛が千紗に向けて白く綺麗な手を差し出す。
だが千紗は、何故か貞盛の手を取ることはせずにパシンと冷たく跳ね退けると、誰の手も借りる事無く自らの力で馬へとよじ登った。
「おやおや。随分と嫌われたものですね」
千紗の無礼な態度を言葉とは裏腹に、カラカラと笑い飛ばしながら、ゆっくりと馬を歩かせ始める貞盛。
前に座る大きな彼の背中を難しい顔して睨み付けながら、何故か千紗は貞盛に対して警戒心を漂わせていた。
先程の貞盛の笑いが恐ろしく思えてならなかったから。
今に限らず、貞盛の浮かべるている爽やかな笑顔に、千紗はいつも恐怖を感じていた。
だから千紗は貞盛が苦手でならないのだ。
彼の笑顔の裏側には、何かどす黒いものが隠れているような、そんな気がして――
けれどもあの朱雀帝が、自分の為に嫌っているはずの秋成の馬に移ってまであけてくれたこの場所を、無下に断るわけにもいかなかった。
こんな事になるのなら、最初からくだらなぬ意地などはらずに素直に秋成の言う通りにしていれば良かった。
今更ながらに後悔を覚える千紗なのだった。
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