時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
48 / 274
第一幕 板東編

譲れない願い

しおりを挟む
朱雀帝の突然の大声に、言い争っていた千紗と忠平はびっくりした様子で朱雀帝を振り返る。


「お………お待ち下さい、帝っ! それでは皇太后様が……隠子様が心配なさいま」

「母上など関係ない! 我は、我の意思で動く! もう母上の籠の中で飼い馴らされるような子供ではない!!」


忠平の言葉を遮り朱雀帝はきっぱりと言い放つ。

朱雀帝の宣言に、今度は忠平が言葉を失う番だった。


「忠平、口答えは許さぬぞ。これはもう決定事項だ。我は千紗姫を連れて坂東へ行く!」

「寛明様……それは余りにも強引ではございませんか?」

「父上、千紗も坂東へ行きます! 父上が何と言おうと絶対に、チビ助と坂東へ行きます!!」

「…………」



国の最高権力者と、娘にしつこく迫られて、忠平はただただ、頭を抱えることしか出来なかった。



「まったく……千紗、お主は寛明様にいったい何を吹き込んだのだ?」

「な、父上失礼な。私は何も吹き込んでなど」

「寛明様は昔は聞き分けの良い素直なお子だったはず。なのに、最近はやたらと……お前に似て来て困る」

「失礼な。あの我が儘と千紗のどこが似てると言うのですか父上」

「だから“我が儘”な所が」

「私はこやつ程我が儘ではないです」

「……はぁ、その無自覚な所が厄介なのだ」


忠平は八つ当たりでもするかのように千紗をひとしきり責めた後、深い深いため息をついて、覚悟を決めた。


「分かりました。認めましょう」


二人の申し出に折れる覚悟を。
こうなったらテコでも動かない二人の強情さを、嫌と言う程よく知っていたから。



「はぁ、こうも簡単に娘と甥っ子の我が儘を聞いてしまうようでは、私も甘いな……」


疲れ切った顔で愚痴を零す忠平とは裏腹に、千紗と朱雀帝の二人は互いに顔を見合わせて喜んだ。


「やったぞチビ助! 父上からお許しを頂けた。今回ばかりはお主に感謝せねばならぬな。本当にでかしたぞ、チビ助!」

「ありがとうございます千紗姫様! 千紗姫様に褒めて貰えるなんて嬉しいです。こんな事、初めてですね。では千紗姫様、出発はいつにいたしましょうか?」

「勿論、旅支度が出来しだいすぐにじゃ!そうだなぁ、明日にでも出発しようか」


浮かれた様子の二人の会話に、慌てた様子で忠平が口を挟む。


「待て待て待て、勝手に話を進めるな」

「何だ忠平。今更やっぱり駄目だなどと、ケチくさい事を言うなよ。これはもう決定事項なのだからな」

「分かっております帝。それは勿論分かっておりますけれども……」

「「けれども?」」

「けれども、こちらもいくつかの条件を出させていただきますよ。その条件を帝と千紗が呑むのであれば、私も素直に二人の坂東行きを認めましょう」

「「条件?」」

「はい。二人が無事坂東の地へ行き、帰ってくる為の大切な条件です」

「「…………」」


突然の条件提示に、ぽかんと呆けた顔で、互いの顔を見合わせている千紗と朱雀帝。

だが忠平はそんな二人に構わず先を続けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

処理中です...