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第一幕 京編
入れ替わり
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そもそも、なぜ千紗が今この場にいるのか?
それは少し時を巻き戻して説明しなければならない。
◇◇◇
――『ヒナ。お主に一つ、提案があるのだが。お主、先程から妾の着物が気になるようじゃな。どうじゃ?お主のものと妾のもの。着物を交換してはみないか?』――
盗賊の子供達が、隠れ家の神社を出て行った後、二人きりになったあの時間の中で、人質であるはずの千紗から、ある突拍子もない提案がなされていたのだ。
千紗からの提案に、見張り役と言う重要な任務を担っていたはずのヒナは、半ば脅しに近い形で承諾させられていた。
千紗を迎えに、仲間達が今この神社に向かっている事など知るはずもないヒナは、一人寂れた社の中で、後悔の念から大きな大きな溜息をついてしゃがみこんでいた。
だが、心なしかその溜息には、どこか喜びも含まれて聞こえるのは気のせいだろうか。
しゃがみ込んでいた場所からふいに立ち上がり、社の隅に置かれた水瓶の元へと移動した彼女は、恐る恐る水瓶に溜まった水を覗き込むヒナ。
そこに映し出された、今までに見たことのない華やかな己の姿に、うっとりと頬を染める。
染めた後ではっと我に返り、己の過ちを律するかの如く激しく頭を左右に振る。
けれど、やはり今一度、華やかな己の姿を見てみたいと、水瓶をのぞき込んで――
千紗と入れ替ったことで、見たことも着たこともない豪華な着物を身に着けた喜びと、甘い誘惑に負けてしまった後悔。この相容れない2つの感情の狭間で、ヒナは一人葛藤していたのだ。
そんな彼女の元へ、ドタバタと慌ただしく近づいてくる足音が迫った。
「………っ!」
その足音に気付いたヒナは、はっとする。
この足音は、いったい誰のものだろうか?
よくよく耳を済ませて聞けば、どうやら一人のものではなさそうだ。
何故ならば足音は、幾重にも折り重なって聞こえてくるから。
決して千紗のものではない事だけは理解出来たヒナの顔は、みるみる青ざめて行った。
千紗が留守にしている今、仲間達が戻って来てしまったら、彼女と入れ替わった事がバレてしまう。
人質である千紗がいないとなれば、仲間達からどんな仕打ちを受けるかわからない。
千紗がいないこの状況にヒナは一瞬臆するが、千紗が去り際に言い残して行ったある言葉を思い出して、ヒナは必死に冷静さを保つよう努めた。
――『よいかヒナ。妾の居ぬ間に誰か戻って来たら、この羽織を頭から被って妾のふりをするのじゃ。どうやら背丈もそう違わぬようだしな。顔さえ見せねば、誰も入れ替わっているとには気付くまい』――
千紗に言われた通り、一番上に羽織っていた綺麗な柄の着物を頭からすっぽりと被り、急いで顔を隠したヒナ。
それとほぼ同じ時を同じくして、背後から大きな声で千紗を呼ぶ仲間達の聞きなれた声が聞こえて来た。
「お姫様~!!」
「っ!」
緊張からヒナの肩がビクンと大きく跳ねる。
「お姫様!あんたに用があるんだ。ちょっと一緒に来てくれよ!」
ズンズンと近寄ってくる足音に、入れ替りの事実がバレるのではないかと言う不安から、仲間達の方を振り向けないまま、じっとその場に硬直し続けていたヒナだった。が、そんな彼女の戸惑いなどお構いなしに、仲間達は容赦なく彼女の腕を引っ掴んで、抵抗する間も与えないまま、あれよあれよと強引に社の中から連れ出して行った。
「………」
押し寄せる不安と恐怖から、ブルブルと子ウサギのように体を震わせるヒナは、掴まれていないもう片方の手で、顔を隠す着物をギュッと力強く握り締めながら、彼らの後について山を下った。
「しまった!間に合わなかったか」
ヒナが自分の代わりに連行される姿を少し離れた場所から見ていた千紗は、舌打ちと共にそんな言葉が零れた。
あの後、入れ替わりを悟られまいと急ぎ神社に戻っていたが、結局間に合わず、秋成達の元へ連れて行かれるヒナの姿をこうして目の前で見送る羽目に。
だが、千紗は諦めなかった。
ヒナの後を追って、千紗もまた再び山を下る。
岩や木の根だらけの凸凹道に、何度となく転びながらも千紗は必死にヒナ達の後を追った。
ついには慣れない山道に、彼らの姿を見失ってしまっても、千紗は諦めることなくヒナの姿を追った。
一人取り残された山の中、途中千紗の足はガクガクと震えを覚える。
震えて言うことを利かない自身の足を叱責するかのように、自らの拳で何度となく叩き付ける。
ヒナから預かった着物の下から除く足は、転んだ時に出来た沢山の傷で血だらけだ。
盗賊の少年達は、さも簡単に山道を駆け下りて行ったと言うのに……
彼らとの運動能力の違いを思い知らされて、千紗は少し情けない気持ちになった。
「情けないのう。こんな山道も満足に歩けぬとは。これしきの事で体が悲鳴を上げおって……貴族とはなんとひ弱で非力なものか。貴族になど、なるものではないな……」
苦笑混じりに漏らす独り言。
普段、遠出をする時には、いつも牛車を使う貴族。更には外出さへ滅多にさせてもらえない姫である千紗には、この山道は想像以上に体への負担が大きいようだ。
それでも立ち止まる事をやめない千紗は、諦める事なく山道を進み続けた。
それは少し時を巻き戻して説明しなければならない。
◇◇◇
――『ヒナ。お主に一つ、提案があるのだが。お主、先程から妾の着物が気になるようじゃな。どうじゃ?お主のものと妾のもの。着物を交換してはみないか?』――
盗賊の子供達が、隠れ家の神社を出て行った後、二人きりになったあの時間の中で、人質であるはずの千紗から、ある突拍子もない提案がなされていたのだ。
千紗からの提案に、見張り役と言う重要な任務を担っていたはずのヒナは、半ば脅しに近い形で承諾させられていた。
千紗を迎えに、仲間達が今この神社に向かっている事など知るはずもないヒナは、一人寂れた社の中で、後悔の念から大きな大きな溜息をついてしゃがみこんでいた。
だが、心なしかその溜息には、どこか喜びも含まれて聞こえるのは気のせいだろうか。
しゃがみ込んでいた場所からふいに立ち上がり、社の隅に置かれた水瓶の元へと移動した彼女は、恐る恐る水瓶に溜まった水を覗き込むヒナ。
そこに映し出された、今までに見たことのない華やかな己の姿に、うっとりと頬を染める。
染めた後ではっと我に返り、己の過ちを律するかの如く激しく頭を左右に振る。
けれど、やはり今一度、華やかな己の姿を見てみたいと、水瓶をのぞき込んで――
千紗と入れ替ったことで、見たことも着たこともない豪華な着物を身に着けた喜びと、甘い誘惑に負けてしまった後悔。この相容れない2つの感情の狭間で、ヒナは一人葛藤していたのだ。
そんな彼女の元へ、ドタバタと慌ただしく近づいてくる足音が迫った。
「………っ!」
その足音に気付いたヒナは、はっとする。
この足音は、いったい誰のものだろうか?
よくよく耳を済ませて聞けば、どうやら一人のものではなさそうだ。
何故ならば足音は、幾重にも折り重なって聞こえてくるから。
決して千紗のものではない事だけは理解出来たヒナの顔は、みるみる青ざめて行った。
千紗が留守にしている今、仲間達が戻って来てしまったら、彼女と入れ替わった事がバレてしまう。
人質である千紗がいないとなれば、仲間達からどんな仕打ちを受けるかわからない。
千紗がいないこの状況にヒナは一瞬臆するが、千紗が去り際に言い残して行ったある言葉を思い出して、ヒナは必死に冷静さを保つよう努めた。
――『よいかヒナ。妾の居ぬ間に誰か戻って来たら、この羽織を頭から被って妾のふりをするのじゃ。どうやら背丈もそう違わぬようだしな。顔さえ見せねば、誰も入れ替わっているとには気付くまい』――
千紗に言われた通り、一番上に羽織っていた綺麗な柄の着物を頭からすっぽりと被り、急いで顔を隠したヒナ。
それとほぼ同じ時を同じくして、背後から大きな声で千紗を呼ぶ仲間達の聞きなれた声が聞こえて来た。
「お姫様~!!」
「っ!」
緊張からヒナの肩がビクンと大きく跳ねる。
「お姫様!あんたに用があるんだ。ちょっと一緒に来てくれよ!」
ズンズンと近寄ってくる足音に、入れ替りの事実がバレるのではないかと言う不安から、仲間達の方を振り向けないまま、じっとその場に硬直し続けていたヒナだった。が、そんな彼女の戸惑いなどお構いなしに、仲間達は容赦なく彼女の腕を引っ掴んで、抵抗する間も与えないまま、あれよあれよと強引に社の中から連れ出して行った。
「………」
押し寄せる不安と恐怖から、ブルブルと子ウサギのように体を震わせるヒナは、掴まれていないもう片方の手で、顔を隠す着物をギュッと力強く握り締めながら、彼らの後について山を下った。
「しまった!間に合わなかったか」
ヒナが自分の代わりに連行される姿を少し離れた場所から見ていた千紗は、舌打ちと共にそんな言葉が零れた。
あの後、入れ替わりを悟られまいと急ぎ神社に戻っていたが、結局間に合わず、秋成達の元へ連れて行かれるヒナの姿をこうして目の前で見送る羽目に。
だが、千紗は諦めなかった。
ヒナの後を追って、千紗もまた再び山を下る。
岩や木の根だらけの凸凹道に、何度となく転びながらも千紗は必死にヒナ達の後を追った。
ついには慣れない山道に、彼らの姿を見失ってしまっても、千紗は諦めることなくヒナの姿を追った。
一人取り残された山の中、途中千紗の足はガクガクと震えを覚える。
震えて言うことを利かない自身の足を叱責するかのように、自らの拳で何度となく叩き付ける。
ヒナから預かった着物の下から除く足は、転んだ時に出来た沢山の傷で血だらけだ。
盗賊の少年達は、さも簡単に山道を駆け下りて行ったと言うのに……
彼らとの運動能力の違いを思い知らされて、千紗は少し情けない気持ちになった。
「情けないのう。こんな山道も満足に歩けぬとは。これしきの事で体が悲鳴を上げおって……貴族とはなんとひ弱で非力なものか。貴族になど、なるものではないな……」
苦笑混じりに漏らす独り言。
普段、遠出をする時には、いつも牛車を使う貴族。更には外出さへ滅多にさせてもらえない姫である千紗には、この山道は想像以上に体への負担が大きいようだ。
それでも立ち止まる事をやめない千紗は、諦める事なく山道を進み続けた。
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