願いが叶うなら

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
149 / 177
冬物語

記憶の欠片②

しおりを挟む
「あれ、私……こんなスケッチブックなんて持ってたかな?」


不思議に思って中を開くと、今度は見覚えのあるタッチで、見知らぬ男の子の絵が描かれていた。


「……これ、私の絵?」


絵のタッチは間違いなく私のもの。
けれども私には、全く描いた覚えのないもの。

どうして描いた覚えがないのだろう?

不思議に思いながら更にページをめくって行くと、そこには何枚も何枚も、同じ男の子のラフスケッチが詰まっていた。

その男の子は、どこか神主さんを思わせるような着物を着ていて、どことなく神崎君に似てる気がした。

一瞬、神崎君と以前に交わしたあるやり取りが頭に浮かんだ。



――『コンクールって言うのはね、毎年2月に開催される県主催のコンクールがあって、うちの学校の美術部は、一年の集大成として一人一点必ずそのコンクールに作品を応募する決まりなの』

『へ~。テーマは?』

『テーマは自由。それに作風も自由だよ。デッサン画でも、風景画でも、人物画でも。それ以外でも何でも自分が描きたい物を描きたいように描いて良いんだって。自由過ぎるってのも……逆に何を描けば良いのか迷っちゃうよ』

『じゃあさ、俺リクエストしても良い? 俺の事描いてよ』

『…………へ?』

『悪いが、葵葉の専門は風景画。人物画は専門外!だよな? 葵葉』

『あ……うん。人物画は描いた事なくて………』

『だ、そうだ。残念だったな。下僕』

『描けるよ。葵葉ならきっと描ける』


過った神崎君との会話の後に、私の頭の奥底から、ふと朧気な記憶が甦った。



――『…………おい。んな目の前にいられたら気になって眠れないんだけど』

『だって…神耶君が遊んでくれないから』

『俺はまだ眠いんだ』

『だから私、騒いで邪魔したりはしてないよ。ちゃんと大人しくしてるもん』

『だから、目の前にいられる事自体が邪魔なんだ!絵描くならあっちで描け』

『嫌。あっちじゃ神耶君の背中しか見えないもん。背中をスケッチしてもつまらない』

『……んな事知るか。目の前で描かれたんじゃ俺が気になって眠れな……』

『なら遊ぼうよ!』――




――今のは何?

朧気な記憶を手繰り寄せようと、必死に前後の記憶を思い出そうとした。

けれどそれ以上は何も思い出せなくて、私は更なる手がかりを求めてスケッチブックを次へ、次へとめくって行った。

スケッチブックをめくる度、現れるのはやはり同じ男の子で、けれど眠っている姿、微笑んでいる顔、怒っている顔、様々な表情や仕草が描かれている。

スケッチブックも終わりに近付いた頃、あるページに、見慣れない字で「下手くそ」と書かれている文字を見つけた。

そして、その次のページをめくった所で、スケッチブックをめくる私の手が止まった。

そのページには、今までとは明らかに異なるタッチで、私の眠顔がスケッチされていたのだ。

自分の寝顔を描いたその絵は、私の描いただろうものとは比べ物にならないくらいとても上手で……とても綺麗だった。

その絵は酷く私を懐かしい気持ちにさせて、絵を眺めながら、私の頬には一雫の涙が零れ落ちていた。

そして涙と共に、私の口から一人の名前が自然と零れ落ちた。

「…………神耶……君」と。


クリスマスイブの帰り道、夢で見た男の子と同じ名前を――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...