願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

長く退屈な1日②

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「ううん何でもない。何でもないよ」

「そう? じゃあ、お昼ご飯はどうする? 朝みたいにおじいちゃん達と一緒に下で食べる?」

「……良い。お昼はここで一人で食べる」


また家族に気を使わせて、気まずい食事になる事を恐れた私は、部屋で食べる事を選んだ。


「そう、分かったわ。じゃあ後で持ってくるから、もう少し待っててね」

「……うん。ありがとう、お母さん」


  ◆◆◆


お母さんが持って来てくれたお昼ご飯を食べ終わった後は、ベッドに横になったまま読書をしたり、音楽を聞いたり、とにかく気を紛らわせる事に勤めた。

結局は何をしても集中出来なくて、文化祭の事ばかり気になってしまったのだけれど。

そんな酷く退屈な時間は、まるで時が止まってしまってしまったかのようにゆっくり感じられた。

この部屋の中、私一人だけが世界から弾き出されたかのような、そんな錯覚さえ覚える程に。

けれど、酷く長く感じた時間も、やはり止まっているなんて事はなくて、ふと壁時計に目をやれば、ぼんやりとした暗さに時計の文字盤が少し見えにくくなっている事に気付いた。

部屋に差し込む日の光はゆっくりと角度を深め、室内の灯りを奪っていたのだ。

あぁこれでやっと、長かった今日と言う一日が終る。
私はそんな小さな変化に、大きな安堵感を抱きながら、薄暗い部屋に灯りを灯そうと、蛍光灯から伸びる細く長い紐に手を伸ばした。

“カチン”と蛍光灯のスイッチが音を経てて光を放つ。

その音とほぼタイミングを同じくして、“ガラガラ”と玄関の引き戸が勢い良く開け放たれる音が聞こえて来た。


「ただいまっ!」


そして今度はお兄ちゃんの元気な声が家中に響いた
かと思うと、“ドタバタ”と慌ただしく階段をかけ上って来る足音が近付いて来て――

その賑やかな足音はピタリと私の部屋の前で止まった。


「ただいま葵葉!」


ノックも無しに“バンッ”と開け放たれた私の部屋のドアからは、はぁはぁと息を切らしたお兄ちゃんの満面の笑顔が覗く。


「……お帰りなさい。お兄ちゃん」


その笑顔が今日一日の充実感を物語っているようで、私には酷く眩しく映った。


「お兄ちゃん、今日はいつにも増して凄くテンション高いね。文化祭そんなに楽しかった?」


ニコニコと笑顔を浮かべ帰って来たお兄ちゃんに、つい刺のある言い方をしてしまった私。言った後で、もっと他の聞き方は出来なかったのかと罪悪感に襲われる。

けれどお兄ちゃんは、私の刺のある態度など全く気にした様子もなく、満面の笑顔で私が思ってもいなかった言葉を返してきた。


「あぁ楽しかったぞ葵葉! それでな、お前にたくさんお土産を買って来たんだ!」

「……え?」

「ほら見ろこんなに。文化祭に参加出来なかった葵葉に少しでも文化祭を味わって貰おうと思って買ってきたんだ」


そう言って、お兄ちゃんは無邪気に笑いながら窓際のベッドに腰掛けていた私の側まで来ると、後ろ手に隠していたものをパッと差し出して見せた。

お兄ちゃんの手に握られた大きなビニール袋。その中に詰め込まれた物を一つ一つ取り出して行くお兄ちゃん。

たこ焼に、水風船、リンゴ飴、綿菓子、お好み焼きに、落書き煎餅――

いったいどれだけ買い込んで来たのかと、半ば呆れてしまいそうな程、床に並べられて行くそれらに、私は思わず笑いを溢した。


「お兄ちゃん、こんなにいっぱい食べられないよ」

「そうか? 全部葵葉の為に買って来たんだけどな。仕方ない、お兄ちゃんも手伝うから一緒に食べよう。そんで早く元気になって、また一緒に学校行こうな」


クシャクシャと私の頭を撫でながら、お兄ちゃんが優しい声で言う。

お兄ちゃんから思いがけず受けた温かな心遣いに、酷く退屈だった今日1日の鬱々とした感情も一気に吹き飛び、思わず涙が溢れそうになった。


「うん。ありがとう、お兄ちゃん」


もしかしてお兄ちゃんは、私の為にわざわざ文化祭に参加してくれたのかな。
私はふと、そんな事を思った。
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