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刺客 十兵衛

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 その日、日よけのために傘を被った松山主水と桑田慎之介が肥後国八代群八代城へやってきた。
 門番に忠興公に詫びを申し上げに参上したことを伝えた。
 しばらくすると顔に痣をつけた家臣が忌々しそうにやってきた。
 主水が船の看板で下駄で殴った相手だ。

 「殿は、お会いになられん!」

 「そうか。ではまた日を改めて参上つかまつる」

 主水達は一礼するとその場を去った。
 立ち去る主水と桑田を睨みつけると、家臣は城の中へ消えていった。 
  八代城の一室では細川忠興が高田焼きを手にとって、味わうように眺めていた。
 家臣が主水を追い払ったことを報告していた。

 「そうか。主水は帰ったか」

 「はっ」

 忠興は、高田焼きを箱に戻して言った。

 「奴が、小倉に戻る前に斬れる者はいるか?」

 「…荘林十兵衛がおります…豪傑でありますが…あの主水を斬れるかどうか…」

 「十兵衛か。今近くにおるのか?」

 「十兵衛!」

 荘林十兵衛がふすまを開けた。
 目には眼帯、肩幅の広さ、胸板の厚さで筋肉質であることが見てとれる猛者だ。

 「聞いていたな。闇討ちでかまわん。主水を必ずや討ちとってまいれ!」

 「はっ。しかと心得ました」

 荘林はさっそく準備をし、息子の半十郎と主水の跡を追った。
 荘林は半十郎に言った。

 「我らの役目を果たす時が来た。心してかかれ」

 「はい」

 荘林と半十郎は松江村という村にたどり着いた。
 そしてしばらく歩くと一軒のおでん屋を見つけた。
 おでん屋の前には寺があった。

 「あれか…」

 物陰に隠れ、二人でおでん屋を見張っていると若い侍が寺から急ぎ足で出てきた。
 桑田だ。手にはどんぶりを持っている。
 桑田はまっすぐおでん屋まで来ると言った。

 「すまぬが、たまごだけをいくつかもらえないだろうか」

 「へえ。たまごだけですかい?」

 と、おでん屋のおやじは愛想よく言った。

 「だんな様の具合が悪くてな。卵で精をつけると言っている」

 おでん屋のおやじは桑田のどんぶりを受け取り、たまごを五つ入れた。

 「具合が悪いんでしたら、医者に診てもらったほうがいいと思いますよ」

 と、言ってどんぶりを桑田に渡した。

 「私もそう思うが、きかんお人でな」

 桑田は金を払いどんぶりに布をかけると、その場を立ち去ろうとした。
 そのとき荘林十兵衛は、桑田慎之介に声をかけた。

 「おい」

 桑田は振り返った。

 この荘林十兵衛こそ心法の使い手松山主水大吉を見舞いに来たふりをし、闇討ちにした張本人であり、逃げる荘林を桑田慎之介が斬ったということが歴史に記録されている。

 「あ。忠興様の…」

 「荘林十兵衛だ。松山主水殿は、ここへ泊まっているのか」

 「はい。具合が悪いと言われ」

 「そうか。では、見舞いをしたいので取り次いでくれ」

 「心得ました」
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