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島津城
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島津城は鶴丸とも呼ばれ、島津家久自身が築城した城である。
その庭で島津家久と家臣達、そして侍頭の清水幸之助が見守る中、忠明、いや佐々木小次郎が三人の武士と試合を始めるところだった。
三人は木剣を腰に差したまま、小次郎を囲んだ。
薬丸示現流だ。
三方から一斉に逆袈裟で斬りつけるつもりだろう。
忠明は道場で見てきた相手とは違うものを感じた。
腰の座り方、そして静かに歩いていてもその筋肉の躍動が見える。
おそらく島津の抜刀隊の者達だろう。
ならばかなりの腕が立つはず。
相手が抜かないので忠明も抜かずに、三人の動きを待った。
一人が忠明に向かって走った。
相手の手の内はわかっているので忠明は体を捌き、
その腕を打ち落とそうと木刀を降り上げた。
その瞬間、背後に気配を感じた。
忠明がはじめの男の右に捌くことがわかっていたように二人目が、背後から狙ってきたのだ。
さすがの抜刀隊だと思った。
集団での戦い方に長けている。
すかさず振り返って振り上げた木剣で抜刀しようとする二人目の相手の腕を素早く打った。
「ぐっ」
すぐに一人目の方を向くと、すでに置きトンボに構えて振り下ろす瞬間だった。
清水は思った。
間に合うまい…
小次郎に当たったと思われた木剣は空を切った。
それは小次郎の残像だったと気づく前に一人目は頭を打たれ倒れた。
だが三人目は消えた。
「!」
一瞬のことだった。
この一瞬、消えた敵がどこにいるか見極めなければ死ぬ。
忠明は燕返しで思い切り木剣を振り上げ天を斬った。
瞬間、木剣の切っ先に岩のような重さがかかった。
「ぐほっ」
三人目は跳躍し、上から斬りつけようとしていたのだ。
忠明の木剣に腹を突かれた三人目は地面に落ちる前に気絶していた。
三人目の跳躍を見破った奴は初めて見た…
清水をはじめ島津家久とその家臣達も小次郎の見事な戦いぶりに目を見張った。
清水が思い出したように言った。
「それまで!」
家久が目を輝かせ言った。
「かように腕が立つとはのう。小倉藩の剣技指南役と
いうだけあるのう。忠利が見せびらかしたいというだけのことはある」
このために、柳生を介して細川忠利から島津にいる佐々木小次郎の腕を試してみては、という書状が島津家久に送られていたのだ。
すべては伊集院忠真を葬るために。
忠明は、木剣を右手に持ち替え、家久に一礼した。
「今のが燕返しという技か」
「左様にございます」
「覚えてみたいのう。示現流はどうも性に合わなくてな」
島津義弘も示現流ではなくタイ捨流を習得していた。
おそらく家久もそうだと忠明は予想していた。
清水が小次郎に確認する。
「殿がそのように申されておる。佐々木殿?」
「光栄にございます」
忠明は、家久に燕返しの要訣を一通り教えるといろんな応用を伝えた。
ずっと清水と家臣達が見守っているが、いつのまにか忠明と家久は家臣達から少し離れた場所にいた。
小次郎が手加減をして振り下ろしているのは、家臣達が見ていてもわかる。
家久がその剣を弾き、下から燕返しをする。
それをよけ、丁寧に小次郎は握り方を教えてる。
清水は見て思った。
己の必殺技の要訣を細かく教えている。
こやつは信用できる。
忠明は家臣達から離れたのを見て隠密の顔になった。
そして家久に唇を動かさずに小声で言った。
「そのままお聞きください。徳川秀忠様からの伝言に
ございます」
「なに?」
「幕府の荷を積んだ船がたびたび襲撃されていた件は御存知でございましたでしょう」
「知っておるが、島津がやったのではない。海賊の仕業じゃ」
「その海賊、倭寇を伊集院忠真がけし掛け、襲っておりました」
「伊集院が?なんと!」
「おそらくは徳川と島津を対立させようと、目論んだものと考えております」
「うっ…む…」
「しかし、心配にはおよびませぬ。倭寇はすでに拙者が始末いたしましたゆえ」
「なんと!」
「しかし、伊集院忠真においては、島津家の手で内々に始末するようにというのが秀忠様の命でございます」
「そうか…伊集院はいずれどうにかせんとならんと思っていたところじゃ。ま、奴のことはわしら島津に任せてくれと伝えてくれ…」
「ではその旨、秀忠様にしかとお伝えしますゆえ、お間違えなきよう」
木剣を下し、家久はまじまじと小次郎を見た。
「そうか…佐々木小次郎は、公儀隠密だったのだな」
「…」
家久は小次郎に向き直った。
「倭寇はどのようにして倒した?確か鬼爪と六人衆がおったであろう」
「六人衆、鬼爪、拙者一人で倒しました」
「おぬし一人でか!」
実際には、円頭腕以外だが細かく話しても仕方ない。
「はい」
家久は、大笑いした。
清水と家臣達は顔を見合わせた。
なかなか家久の大笑いする姿は、滅多に見ることがなかった。
家久は清水達の方を見て大声で言った。
「誰ぞ酒をもって参れ!今からわしはこの佐々木小次郎と飲むぞ」
清水は目を丸くした。
「は?」
島津義弘も忠明と打ち合った後、同じことを言った。
兄弟で似ている。
その日、島津家久は小次郎と酒を交わしながら、
倭寇の島での小次郎の活躍に聞き入った。
翌日、任務を終えた佐々木小次郎と阿国、小幡、そして沢庵は島津を発った。
道中、全員が晴れた気分だった。
「やっと小倉に行けるのねぇ」
「そうだな」
沢庵は聞いた。
「小倉へ行ってどうするのだ?」
「元々佐々木小次郎は小倉の剣技指南役ゆえ、指南役を務めようと思います」
阿国を見て「阿国と一緒に」
そう言われ阿国は嬉しそうに忠明の肩へ頭を乗せた。
「はっはっは。そうか。で、小幡殿はどうするのだ?」
「拙者は、江戸へ戻ります」
「江戸かぁ。江戸もよいかもな」
「沢庵殿さえよければ、しばらく小倉にいらしてはいかがでしょうか?」
「小倉か。それも御仏意かもな」
その庭で島津家久と家臣達、そして侍頭の清水幸之助が見守る中、忠明、いや佐々木小次郎が三人の武士と試合を始めるところだった。
三人は木剣を腰に差したまま、小次郎を囲んだ。
薬丸示現流だ。
三方から一斉に逆袈裟で斬りつけるつもりだろう。
忠明は道場で見てきた相手とは違うものを感じた。
腰の座り方、そして静かに歩いていてもその筋肉の躍動が見える。
おそらく島津の抜刀隊の者達だろう。
ならばかなりの腕が立つはず。
相手が抜かないので忠明も抜かずに、三人の動きを待った。
一人が忠明に向かって走った。
相手の手の内はわかっているので忠明は体を捌き、
その腕を打ち落とそうと木刀を降り上げた。
その瞬間、背後に気配を感じた。
忠明がはじめの男の右に捌くことがわかっていたように二人目が、背後から狙ってきたのだ。
さすがの抜刀隊だと思った。
集団での戦い方に長けている。
すかさず振り返って振り上げた木剣で抜刀しようとする二人目の相手の腕を素早く打った。
「ぐっ」
すぐに一人目の方を向くと、すでに置きトンボに構えて振り下ろす瞬間だった。
清水は思った。
間に合うまい…
小次郎に当たったと思われた木剣は空を切った。
それは小次郎の残像だったと気づく前に一人目は頭を打たれ倒れた。
だが三人目は消えた。
「!」
一瞬のことだった。
この一瞬、消えた敵がどこにいるか見極めなければ死ぬ。
忠明は燕返しで思い切り木剣を振り上げ天を斬った。
瞬間、木剣の切っ先に岩のような重さがかかった。
「ぐほっ」
三人目は跳躍し、上から斬りつけようとしていたのだ。
忠明の木剣に腹を突かれた三人目は地面に落ちる前に気絶していた。
三人目の跳躍を見破った奴は初めて見た…
清水をはじめ島津家久とその家臣達も小次郎の見事な戦いぶりに目を見張った。
清水が思い出したように言った。
「それまで!」
家久が目を輝かせ言った。
「かように腕が立つとはのう。小倉藩の剣技指南役と
いうだけあるのう。忠利が見せびらかしたいというだけのことはある」
このために、柳生を介して細川忠利から島津にいる佐々木小次郎の腕を試してみては、という書状が島津家久に送られていたのだ。
すべては伊集院忠真を葬るために。
忠明は、木剣を右手に持ち替え、家久に一礼した。
「今のが燕返しという技か」
「左様にございます」
「覚えてみたいのう。示現流はどうも性に合わなくてな」
島津義弘も示現流ではなくタイ捨流を習得していた。
おそらく家久もそうだと忠明は予想していた。
清水が小次郎に確認する。
「殿がそのように申されておる。佐々木殿?」
「光栄にございます」
忠明は、家久に燕返しの要訣を一通り教えるといろんな応用を伝えた。
ずっと清水と家臣達が見守っているが、いつのまにか忠明と家久は家臣達から少し離れた場所にいた。
小次郎が手加減をして振り下ろしているのは、家臣達が見ていてもわかる。
家久がその剣を弾き、下から燕返しをする。
それをよけ、丁寧に小次郎は握り方を教えてる。
清水は見て思った。
己の必殺技の要訣を細かく教えている。
こやつは信用できる。
忠明は家臣達から離れたのを見て隠密の顔になった。
そして家久に唇を動かさずに小声で言った。
「そのままお聞きください。徳川秀忠様からの伝言に
ございます」
「なに?」
「幕府の荷を積んだ船がたびたび襲撃されていた件は御存知でございましたでしょう」
「知っておるが、島津がやったのではない。海賊の仕業じゃ」
「その海賊、倭寇を伊集院忠真がけし掛け、襲っておりました」
「伊集院が?なんと!」
「おそらくは徳川と島津を対立させようと、目論んだものと考えております」
「うっ…む…」
「しかし、心配にはおよびませぬ。倭寇はすでに拙者が始末いたしましたゆえ」
「なんと!」
「しかし、伊集院忠真においては、島津家の手で内々に始末するようにというのが秀忠様の命でございます」
「そうか…伊集院はいずれどうにかせんとならんと思っていたところじゃ。ま、奴のことはわしら島津に任せてくれと伝えてくれ…」
「ではその旨、秀忠様にしかとお伝えしますゆえ、お間違えなきよう」
木剣を下し、家久はまじまじと小次郎を見た。
「そうか…佐々木小次郎は、公儀隠密だったのだな」
「…」
家久は小次郎に向き直った。
「倭寇はどのようにして倒した?確か鬼爪と六人衆がおったであろう」
「六人衆、鬼爪、拙者一人で倒しました」
「おぬし一人でか!」
実際には、円頭腕以外だが細かく話しても仕方ない。
「はい」
家久は、大笑いした。
清水と家臣達は顔を見合わせた。
なかなか家久の大笑いする姿は、滅多に見ることがなかった。
家久は清水達の方を見て大声で言った。
「誰ぞ酒をもって参れ!今からわしはこの佐々木小次郎と飲むぞ」
清水は目を丸くした。
「は?」
島津義弘も忠明と打ち合った後、同じことを言った。
兄弟で似ている。
その日、島津家久は小次郎と酒を交わしながら、
倭寇の島での小次郎の活躍に聞き入った。
翌日、任務を終えた佐々木小次郎と阿国、小幡、そして沢庵は島津を発った。
道中、全員が晴れた気分だった。
「やっと小倉に行けるのねぇ」
「そうだな」
沢庵は聞いた。
「小倉へ行ってどうするのだ?」
「元々佐々木小次郎は小倉の剣技指南役ゆえ、指南役を務めようと思います」
阿国を見て「阿国と一緒に」
そう言われ阿国は嬉しそうに忠明の肩へ頭を乗せた。
「はっはっは。そうか。で、小幡殿はどうするのだ?」
「拙者は、江戸へ戻ります」
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