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茶筅髷の男が会った天狗

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 剣に生きようと決めた典膳である。
 
 「いや、俺には剣しかない」

 一点を見つめそう静かに言い切った典膳の姿におくみは胸の高鳴りを覚えた。
 いや、阿国をはじめ一座の女人達はうっとりとした。
 よく見ると芸人一座というが男は三人ほどであとは女ばかりだった。
 阿国が茶筅髷の男を見て言った。
 
 「あんたも剣に生きるとか言ってただろ。ちょっとあんたの話を
 聞かせておやりよ」

 そう言われ茶筅髷の男は御猪口を置いて話し始めた。

 「俺のことを伊藤一刀斎かと聞いてくれたな。正直嬉しかったよ」

 嬉しいとは?

 「俺もこう見えて若い時は剣おいては村一番の使い手だったわけ
 だ。おぬしのようにな。そして武者修行の旅に出た」

 武者修行の旅だと?

 典膳は思わず身を乗り出した。
 自分の強さが本物なのか知りたいしもっと強くなりたい。
 そう日々悶々としていた典膳に一番必要な答えをもらえた瞬間だった。
 「武者修行のために村を出て世間の剣士達と渡り合ったのです 
 か?」
 「まあな」
 「それで?」
 
 典膳の目は小さな子供のように輝いていた。
 おくみは典膳のその顔を見て本当に剣が好きなのだと感じた。
 おくみはまだ少女だが、他の女達は典膳の輝く瞳で見つめられたいとため息をついた。
 
 茶筅髷の男は空の湯飲みに酒を注いで一気に飲み干した。
 
 「木剣では十回くらいは試合をした。真剣勝負は三回だ。お前は
 真剣勝負をしたことがあるか?」

 「ある」

 典膳を頭から足までざっと見てどこも斬られたことがないことに茶筅髷の男は言った。

 「そうか、勝ったのだな」

 「勝った」

 
 「俺も試合に勝ち続け、己が強いのだと思うようになった。とこ
 ろがあれは伊豆におったときだ。神社に天狗がおると聞いて見に
 いった」

 「天狗?天狗がおったのか?」

 「天狗…」

 それを天狗と呼ぶべきか一瞬ためらったが茶筅髷の男は言った。

 「天狗はおったよ。物乞いのようなボロを着たデカいガキだった」

 「それで?」

 「そのガキが棒っ切れを持って、わしと試合えと言ってきおった。物乞いのガキがなにを言っておるかとわしは脅かすつもりで剣を抜いた。ところが…」

 「ところが?」

 「そのガキはまさに天狗のごとく間合いを飛んで詰めてきおった」

 「飛んで?」

 「そして一撃わしは喰らってその場に倒れてしまった」

 「あとでいろいろとそのガキから話を聞いたら、試合をしたのは
 それが初めてだったそうだ」

 まるで自分の話を聞いてるように典膳は感じた。
 大人達からガキガキと呼ばれ、おなごのような顔だとか言いた
い放題言われたが、剣で大人に勝つと大人が一目置くようになる。
 その伊豆の少年は天狗だの物乞いだと言われたが剣で相手をねじ伏せたのだ。
 典膳はその伊豆の少年に親近感を感じ始めた。

 「その少年の名は聞きませんでしたか?」

 茶筅髷の男はにやりとして見せた。

 「いや聞いたよ。弥五郎ってんだ」

 「弥五郎…」

 「その弥五郎が今どうしてると思う?」

 「どうしてるのか?」

 「その弥五郎こそが伊藤一刀斎よ!」

 それを聞いて典膳の全身の血がたぎった。
 それでこそ剣に生きる男というもの。
 ボロを着てようがおなごのような顔をしてようが剣で世に出て、己の力で立ちはだかる者をすべて打倒しねじ伏せる!それが男というものなのだ。

 「俺が言いたいのは、村一の使い手くらいじゃ世に出て痛い目に
 合うってことよ。だから俺はここにいる阿国達と役者をやってるんだ」

 しかし典膳には目の前にいる剣を諦めた男の話など眼中になかった。
 伊豆で棒っ切れ一本で腕のある大人を打倒した弥五郎。
 典膳は伊藤一刀斎への憧れがさらに強くなった。

 「ったく、ちっとも話なんか聞いてないね。ますます一刀斎へ惚
 れこんじまってるじゃないか」 

 おくみはここで典膳に思いのたけをぶつけないと一生後悔すると思った。
 少女の精いっぱいの力で典膳の手を両手で握った。
 
 「典膳さま。わたし達と一緒に芝居の旅をいたしませんか」
 
 そしてまっすぐに典膳の目を見て言い放った。

 「初めてお会いしてわたくしはあなたのことが好きです。一生を
 一緒に遂げたいほどお慕いしております」

 阿国は我が娘ながらよくやると思った。
 しかし典膳には通用しなかった。
 
 「すまぬが俺は剣で己を試したい。剣に一生を捧げたいと思う」

 ひとつのことをやり通す、やすやすと自分を変えない男だと阿国は思った。
 だからこそ芝居の道に引き込みたかった。

 「だが俺も初めて会っておぬしが好きだ」

 女達の黄色い声があがった。
 
 「俺は運命というものを信じている。もし運命ならきっと俺とお
 ぬしは結ばれるはずだと思う。たとえ俺が剣の道を行き、おぬし
 が芝居の道を行こうと結ばれる運命ならまた会うことになるはず
 だ」
 
 阿国はなんて甘っちょろい現実を知らないやつだと思った。
 おくみの容姿なら将来言いよってくる男はごまんといる。
 それを運命とかいう言葉でおくみの心をつなぎとめようとする、甘々な世間知らずなガキ。
 だがおくみは目を見開いて典膳を見つめていた。

 「わかりました。わたくしはあなたの言う運命を信じます」 

 阿国はもうひとり世間知らずがいたことに呆れてため息をついた。
 
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