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鉄風の猿吉 対 人斬り地井頭

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傘を上げて猿吉は顔を見せた。

「なんだ。あんたか。なんの用だよ」

「へへへ。さすが人斬り地井頭と呼ばれた女侍、鋭いじゃねえか。あれからいろいろ河本一家を襲った奴が誰なのか調べてたんだ」

沙織は表情ひとつ変えずに「そうか。なにかわかったのか?」

「いやね。あんた河本の親分が出口の方で死んでたって言っただろ。実際には奥の部屋で斬られたらしい」

「…そうだったか?」

「見た岡っ引きの話だ。間違いはあるめえ」

「見間違いだったかもな。こっちも命からがらだったからな」

猿吉は黙った。
重い沈黙だ。
沙織は知っていた。
斬り合いを始める人間の特有の重い沈黙を。
腕の立つ喧嘩屋ほどこの空気は重い。
全身から放たれるもので意識や殺気を剣にかける武士とはまた違う。

腕に覚えのある喧嘩屋ってところか…

「随分、河本一家に義理立てするんだねあんた。何者なんだ?」

「俺は鉄風の猿吉ってもんだ」

沙織の目が一瞬張り詰めた。

鉄風の猿吉?こいつが…

…鉄の六角棒で相手を頭の形が変わるほど滅多打ちにする喧嘩屋と聞いている…

猿のような身のこなしに、やられた者の刀がまるで鉄風にでも巻き込まれたように曲げられることからその名がついたとか…

…鉄風はあの鉄の六角棒だな。まともに剣で受けると曲がる…やっかいな奴だ…

沙織は表情を見取られないように目を細めた。

「俺のことを知ってるようだな。光栄だぜ有名な女侍に覚えておいてもらうなんてな」

「礼にはおよばん。今ならそのまま無傷で帰してやる」

沙織のハッタリとも言える強気な言葉に猿吉はニヤリとした。

「せっかく知り合った人斬りの地井頭だ。一緒に酒でも飲みたいもんだが…そうはいかねえ。河本の親分には義理があるんだ」

「残念だな。お前だったらオレが横に座って酒を注いでやるのにな」

「嬉しいこと言ってくれるね姐さん。だが河本親分を斬ったとなりゃあそういうわけにもいかねえ。渡世人が義理に命かけなきゃただの虫けらよ」

猿吉は羽織を脱いで腰に差した鉄の六角棒を見せた。
沙織も左手を鞘にかけ左足を半歩踏み出した。

「姐さん、悪いがあんたの居合は無外流。下からの逆袈裟だろ。ま、上から来ようが横から来ようがかまわねえ。だがその瞬間あんたの手首は粉々になる」

剣を抜かせず手首を狙うつもりか…

沙織の額から汗が流れ落ちた。

久しぶりの強者か…

今日、どちらかが死ぬ…

「姐さん。行かせてもらうぜ!」

猿吉が風のように走り出した。

「くっ…」

沙織の右手が刀の柄にかかった!
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