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おまけ 立春你回来了
第一幕
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縁側から見える庭には、雪が降っていた。
ほの暗い外の景色は、屋内の明かりに照らされて、手前だけぼんやりと明るく見える。
ちらちらと白い雪が舞う庭は、人気もなくわびしさが漂う。
暁治はしばらく白い景色を眺めていたが、やがてさてと振り向くと、こたつの手前に置かれていたストーブに目を向けた。そろそろ灯油が切れそうだ。
夜半にかけて冷えると、ニュースで言っていたのを思い出す。誰もいない屋敷の中が寒いのは、温度のせいだけではない気がする。
そろそろ夕ご飯の時間だなと、ぼんやりと思う。思うのだが、なんとなくなにもする気になれなくて、ストーブのスイッチを切ると、その前に座り込んだ。
まだしゅんしゅんと沸くやかんをぼんやりと眺める。
――一人になりたかったはず、なんだがなぁ。
だが実際、一人になるとこうだ。やる気スイッチがまったく入らない。
こたつに潜ると、準備していた熱燗を、ちびりちびりと口にする。肴は炙ったイカだ。噛むほどに口に甘みが広がって、ずっと咀嚼していても飽きない。このままダメこたつ人間になってしまいそうだ。
「今日は怒らない。今日はイライラしない。今日は優しく優しく」
こたつに潜ったまま目を閉じて、口の中で呪文のように呟くと、ゆっくりと目を開けて、よしと頷いた。
ふと耳に、電子音が届く。玄関のチャイムの音だ。
そうだ、あれもこんな夜のことだった。
「怪語れば、怪来たる。だっけ」
確かに怪は来た。思っても見ない形だが。
まぁ、別の意味ではハラハラドキドキさせられたし、イライラむかむかもした気がする。
暁治の眉が自然に寄った。
もう一度、チャイムの音がした。と思ったら、次いでピンポンポーンっと、リズムを取りだした。うるさい。
「はいはーい」
ペタペタと、裸足で廊下に出て、背筋を駆け上がった冷たさに一瞬後悔したものの、玄関はすぐそこだ。
明かりのスイッチを入れると、引き戸の向こうにぽっかりと黒い影が浮かぶ。
「宮古さん、お届け物でぇ~っす!」
どこかウキウキした口調の配達員は、そう言って引き戸をぽふぽふと叩いた。
「今冬仕込んだ地酒とお寿司もあるよー。お饅頭もあるよー」
もしかして配達員ではなくて、新手の訪問販売員だろうか。
などと思わず現実逃避してしまったが、この声は聞き覚えがありすぎた。
「お前家の鍵持ってるだろ?」
「いやー、あいにく手が塞がっててさぁ。はるぅ、開けて開けてぇ寒いよぅ」
「まったく」
「もう、愛しの朱嶺くんのお帰りですよ。開けてぇ、ハグしてぇ、ちゅーしてぇ!」
叫びながらシルエットが身をよじる。お隣の家まで数十メートルあるが、とても近所迷惑だ。
「うるさいうるさい、ちょっと待ってろ」
恥ずかしいやつだと思いつつ、まんざら嫌でもない自分が腹立たしい。
「早くぅ、愛しの旦那様のお帰りだよぅ」
誰が旦那様だと心で突っ込む。そもそも旦那というが、別に籍を入れたわけではない。
鍵を開けて扉を開くと、大きな風呂敷包みを抱えた男が立っていた。
「はるぅ、たっだいまぁ」
「……おかえり」
一言告げると、反対の手に下げていたエコバックを奪う。自分でももしかしたらそっけなかったかもしれないとは思ったけれど、今更取り繕ったり喜んだりするのはらしくない気がして、暁治はさっさと居間へと戻った。
その後を歩く朱嶺は、気を悪くした様子もない。慣れているのだろう。安堵する反面、それもどうなんだろうと、いささか気分が落ち込む。
居間へ戻るとストーブの火が消えたせいか、空気がひんやりとしている。
「おい、灯油を注いでこい」
言った後で、朱嶺が帰ってきたばかりなのを思い出したが、彼は気を悪くした風もなく、「わかったぁ」と荷物を置いてストーブに向かった。
すっかり朱嶺使いが荒くなっている。
「……仕事お疲れ様」
これくらいは言うべきだろう。せっかくの土曜だというのに、学校が終わってから石蕗の家でなにやら手伝いをすると出かけていたのだ。手伝いと言ってはいるが、管理人とやらの仕事なのは間違いない。
「うん! ありがと!!」
ポリタンクを持って来た朱嶺から、満点の笑顔が返ってきて、なんとなく目をそらす。
「今日はなんか静かだね」
いつもなら騒がしいくらい賑やかな我が家なのに、今日は人の気配がないのに気づいたらしい。
「キイチと雪は桜小路の家に飯を教えに。そのまま泊まるらしい。桃は宿の方に遊びに行ってる」
聞けば桜小路は宮古家で食べないときは、外食しているらしかった。夜はこちらで食べるにしても、朝ご飯くらいは作れるようになった方がいいだろうと、キイチが教えに行くことになったのだ。
「ふぅん。今夜は僕らだけかぁ。なんか珍しいね」
「まぁ、な」
少し口ごもる。
「それより飯は食ってきたのか?」
「まだだよ。なにか残ってたら作って食べようかと思って」
「俺もまだだから、一緒に食べるか」
「あ、そうなんだ? うん、食べよう食べよう」
朱嶺はお皿の準備するよと、空のポリタンクを持って台所へと向かう。暁治は後から台所へ入ると、奥の鍋に火をつけた。
「今日のご飯はなぁに?」
お鍋の蓋を射殺さんばかりに睨んでいた暁治は、後ろからかけられた声に飛び上がる。
「はる、どうしたの?」
「なんっ、でも、ないっ! 今日はおでんだ」
「おでん!! いいね、寒いしあったまりそう」
「だろ? 昼から煮てるから味も染み染みで美味いぞ」
「やったぁ! えへへぇ、楽しみ。あ、ご飯なんだけど、『菊花堂』のいなり寿司があるよ」
「そうだろうと思って炊いてない」
いなり寿司は、石蕗家のお土産の定番だし、宮古家では元々おでんのときは基本ご飯を炊かない。
「さっすがぁ! お箸とお皿、持っていくね」
「おぅ」
いそいそと皿を準備する朱嶺を横目に、暁治は胸を押さえると、小さく安堵のため息をつく。ぐっと拳を握ると、鍋の蓋を開けた。
ほの暗い外の景色は、屋内の明かりに照らされて、手前だけぼんやりと明るく見える。
ちらちらと白い雪が舞う庭は、人気もなくわびしさが漂う。
暁治はしばらく白い景色を眺めていたが、やがてさてと振り向くと、こたつの手前に置かれていたストーブに目を向けた。そろそろ灯油が切れそうだ。
夜半にかけて冷えると、ニュースで言っていたのを思い出す。誰もいない屋敷の中が寒いのは、温度のせいだけではない気がする。
そろそろ夕ご飯の時間だなと、ぼんやりと思う。思うのだが、なんとなくなにもする気になれなくて、ストーブのスイッチを切ると、その前に座り込んだ。
まだしゅんしゅんと沸くやかんをぼんやりと眺める。
――一人になりたかったはず、なんだがなぁ。
だが実際、一人になるとこうだ。やる気スイッチがまったく入らない。
こたつに潜ると、準備していた熱燗を、ちびりちびりと口にする。肴は炙ったイカだ。噛むほどに口に甘みが広がって、ずっと咀嚼していても飽きない。このままダメこたつ人間になってしまいそうだ。
「今日は怒らない。今日はイライラしない。今日は優しく優しく」
こたつに潜ったまま目を閉じて、口の中で呪文のように呟くと、ゆっくりと目を開けて、よしと頷いた。
ふと耳に、電子音が届く。玄関のチャイムの音だ。
そうだ、あれもこんな夜のことだった。
「怪語れば、怪来たる。だっけ」
確かに怪は来た。思っても見ない形だが。
まぁ、別の意味ではハラハラドキドキさせられたし、イライラむかむかもした気がする。
暁治の眉が自然に寄った。
もう一度、チャイムの音がした。と思ったら、次いでピンポンポーンっと、リズムを取りだした。うるさい。
「はいはーい」
ペタペタと、裸足で廊下に出て、背筋を駆け上がった冷たさに一瞬後悔したものの、玄関はすぐそこだ。
明かりのスイッチを入れると、引き戸の向こうにぽっかりと黒い影が浮かぶ。
「宮古さん、お届け物でぇ~っす!」
どこかウキウキした口調の配達員は、そう言って引き戸をぽふぽふと叩いた。
「今冬仕込んだ地酒とお寿司もあるよー。お饅頭もあるよー」
もしかして配達員ではなくて、新手の訪問販売員だろうか。
などと思わず現実逃避してしまったが、この声は聞き覚えがありすぎた。
「お前家の鍵持ってるだろ?」
「いやー、あいにく手が塞がっててさぁ。はるぅ、開けて開けてぇ寒いよぅ」
「まったく」
「もう、愛しの朱嶺くんのお帰りですよ。開けてぇ、ハグしてぇ、ちゅーしてぇ!」
叫びながらシルエットが身をよじる。お隣の家まで数十メートルあるが、とても近所迷惑だ。
「うるさいうるさい、ちょっと待ってろ」
恥ずかしいやつだと思いつつ、まんざら嫌でもない自分が腹立たしい。
「早くぅ、愛しの旦那様のお帰りだよぅ」
誰が旦那様だと心で突っ込む。そもそも旦那というが、別に籍を入れたわけではない。
鍵を開けて扉を開くと、大きな風呂敷包みを抱えた男が立っていた。
「はるぅ、たっだいまぁ」
「……おかえり」
一言告げると、反対の手に下げていたエコバックを奪う。自分でももしかしたらそっけなかったかもしれないとは思ったけれど、今更取り繕ったり喜んだりするのはらしくない気がして、暁治はさっさと居間へと戻った。
その後を歩く朱嶺は、気を悪くした様子もない。慣れているのだろう。安堵する反面、それもどうなんだろうと、いささか気分が落ち込む。
居間へ戻るとストーブの火が消えたせいか、空気がひんやりとしている。
「おい、灯油を注いでこい」
言った後で、朱嶺が帰ってきたばかりなのを思い出したが、彼は気を悪くした風もなく、「わかったぁ」と荷物を置いてストーブに向かった。
すっかり朱嶺使いが荒くなっている。
「……仕事お疲れ様」
これくらいは言うべきだろう。せっかくの土曜だというのに、学校が終わってから石蕗の家でなにやら手伝いをすると出かけていたのだ。手伝いと言ってはいるが、管理人とやらの仕事なのは間違いない。
「うん! ありがと!!」
ポリタンクを持って来た朱嶺から、満点の笑顔が返ってきて、なんとなく目をそらす。
「今日はなんか静かだね」
いつもなら騒がしいくらい賑やかな我が家なのに、今日は人の気配がないのに気づいたらしい。
「キイチと雪は桜小路の家に飯を教えに。そのまま泊まるらしい。桃は宿の方に遊びに行ってる」
聞けば桜小路は宮古家で食べないときは、外食しているらしかった。夜はこちらで食べるにしても、朝ご飯くらいは作れるようになった方がいいだろうと、キイチが教えに行くことになったのだ。
「ふぅん。今夜は僕らだけかぁ。なんか珍しいね」
「まぁ、な」
少し口ごもる。
「それより飯は食ってきたのか?」
「まだだよ。なにか残ってたら作って食べようかと思って」
「俺もまだだから、一緒に食べるか」
「あ、そうなんだ? うん、食べよう食べよう」
朱嶺はお皿の準備するよと、空のポリタンクを持って台所へと向かう。暁治は後から台所へ入ると、奥の鍋に火をつけた。
「今日のご飯はなぁに?」
お鍋の蓋を射殺さんばかりに睨んでいた暁治は、後ろからかけられた声に飛び上がる。
「はる、どうしたの?」
「なんっ、でも、ないっ! 今日はおでんだ」
「おでん!! いいね、寒いしあったまりそう」
「だろ? 昼から煮てるから味も染み染みで美味いぞ」
「やったぁ! えへへぇ、楽しみ。あ、ご飯なんだけど、『菊花堂』のいなり寿司があるよ」
「そうだろうと思って炊いてない」
いなり寿司は、石蕗家のお土産の定番だし、宮古家では元々おでんのときは基本ご飯を炊かない。
「さっすがぁ! お箸とお皿、持っていくね」
「おぅ」
いそいそと皿を準備する朱嶺を横目に、暁治は胸を押さえると、小さく安堵のため息をつく。ぐっと拳を握ると、鍋の蓋を開けた。
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