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第二十四節気 大寒
末候――鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
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もうすぐ一年が巡る。
朱嶺に出会って、春夏秋冬と季節をまたいだ。最初の頃は、まったく信じていなかった、妖怪たちの存在がいつしか日常に変わった。
「暁治さんはお料理が上手ねぇ」
「ああ、まあ、だいぶ慣れました」
日がうっすらと昇る頃、台所では朝餉の香りが漂っている。せっせと暁治が卵焼きを焼いている、そこは宮古家ではない。
女中を何人も抱えた、天狗の屋敷だ。
近頃の暁治は、幽世と現世を行ったり来たりしている。あやかし修業、と言うべきなのか。朱嶺たちの世界で勉強している最中だった。
ついこのあいだ、指輪の交換をしたばかりなのだが、では早速と管理人の管理人。その仕事を任されることになったのだ。
「じいちゃんの跡なんて継げるのかな。もっと話を聞いておけば良かった。いまごろ仕事なんて忘れて、あの世でばあちゃんとのんきに暮らしてそうだよな」
元は祖父がしていた仕事だけれど、なんの役割があるのか、暁治はさっぱりわかっていなかった。かいつまんで言えば、こちらとあちらを繋ぐ門、それを管理する役割。
人間が誤って迷い込まないように、妖怪たちが好き勝手に出入りしないように、二つのあいだを護る門番だ。
とはいえまだまだ見習い中で、幽世に渡る時は桃のお世話になっている。そのうち自分の力で、渡れるようになるらしい。
けれど気をつけなければならないことがある。
幽世にいるあいだは、時間が流れていないに等しい。人の世よりも、時間がゆっくりなのだとか。
うっかりすると百年経っている――と朱嶺が言っていたやつだ。そのうっかりで、失踪騒ぎになっては大変だ。気をつけるべし。
「綺麗な黄金色の卵焼きですね」
「ありがとうございます」
女中がしらの寧々がにこにこと笑い、暁治の作った卵焼きを味見する。固唾をのんでそれを見守ると、うんうんと大きく頷いた。
「これならお頭さまも、気に入ってくださいますよ」
「よ、良かった」
「お頭さまは甘い卵焼きが大好物なんです」
「そうなんですか」
「ええ、いまではいつでも鶏の卵は食べられますが、昔は大変貴重だったんですよ。春から初夏が旬と言います」
「卵に旬なんて、あったんですね」
ここにいると色々な話を聞く。鶏の話で言えば、昔は時計などなかったので、雄鶏の鳴き声で朝の訪れを知ったそうだ。
いまでも寧々たち女中は、その習慣が身についている。今朝も目覚ましなしで、みんな起きていた。
「御味御汁は白だし、お漬物はカブがお好みです」
「なるほど」
朱嶺の好みはこの一年で覚えた。なのでいまは、お舅さんやこの家の人たちの好み、それを覚えている最中だ。わりとそれぞれこだわりが多い。
「一番上のお兄さんは、納豆ご飯。庶民派だな。ええっと、三番目は」
「あら、桜小路さま」
「おはようございます」
メモをとりながら歩いていると、隣の寧々がにこやかな笑みを浮かべた。視線を上げれば、廊下の先から大男が歩いてくる。彼は最近あやかしの仲間に入れてもらった、幼馴染みの桜小路。昨晩はこの屋敷に泊まっていた。
今日はとあるお披露目があって、親しい友人も招くよう天狗の頭領に言われていた。桃は家と、旅館内にしかいられないので、雪とお留守番だ。
「おはよう、桜小路」
「宮古は朝からか?」
「ああ、そうだ」
「嫁入り、するんだってな。昨日の晩、朱嶺から惚気話を聞いた」
「嫁っ? 惚気っ?」
「ん、ああ、婿か? うん、でも大層喜んでいたぞ」
「……そ、そうか」
嫁、と言う部分は気にかかるけれど。喜んでいたと言われると、悪い気はしない。しかし照れくさくてそわそわすると、穏やかなまなざしで見つめられて、さらに落ち着かなくなった。
「あの町はいいところだよな。宮古が離れたくないって思うのは、わかる」
「もしかしてお前も、あそこに残るつもりか?」
「それもいいなと思っている。せっかく仲間に入れてもらえたしな」
彼らがあやかしだと知った時、桜小路は案の定、そうなのか――とあっさり受け入れた。それどころか興味深そうに、あやかしたちのことを訊ねるほどだ。
長年一緒にいただけあって、そういう大雑把さは、自分に似ていると暁治は思った。
「あら、悟坊ちゃん、お早いですね」
「はぁるぅ~! おっはよぉ」
「なんだよ、朝からテンションが高いな」
バタバタと廊下を駆けてきた恋人に、顔をしかめる暁治だが、ものともせずに抱きつかれた。うずうずとしたその様子に、ますます眉間にしわが寄る。
「今日はあれ、見せてもらえるんだよね」
「う、う……まあ」
「僕、楽しみぃ」
周りに花が飛んでいる、気がした。そう思うとこの先へ進むのが、ためらわれる。けれど寧々に、みんながお待ちですよ、と声をかけられてしまった。
大きな広間には暁治が作った、もとい手伝った。朝餉が次々に並べられている。
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
一番奥、上座に座る天狗の頭領に頭を下げると、鷹揚に頷く。席には朱嶺の兄弟子たちや、ほかのみんなも顔を揃えていた。普段は天狗の仮面をつけているが、この時ばかりは全員素顔だ。
一番下手に鷹野、その隣にキイチ。河太郎と石蕗はわりと上手側だ。ここで彼らの地位、というものがなんとなく見えてくる。
朱嶺と暁治も本来であれば、もっと上座になるのだが、桜小路に併せて下座にしてもらった。
「さて、揃ったところで朝餉にしよう。昔は我らと人はともにあった。暁治殿の繋がりを経て、また縁が繋がることを願う」
頭領の声を合図に、皆で手を合わせる。しばし祈るような沈黙のあと、いただきますと声が揃った。
何度かここへ訪れているが、こうして全員が集まるのは初めてのことだ。いささか暁治は緊張する。
「この卵焼き、はるが焼いたでしょ? おいしいぃ」
「よくわかったな」
「わかるよぉ、毎日のように食べてたからね」
「ほお、そうか。うん、なかなかに旨いぞ」
朱嶺の声に、頭領が卵焼きに箸をつける。そして精悍な顔をほころばせて笑った。その表情に暁治はほっと息をつく。
和やかな朝食が終わると、普段であれば皆、退席するのだが。今日は全員席に着いたままだった。
その様子に暁治はキリキリと胃を痛める。そして自然と険しい表情になってしまった。隣の朱嶺はそんな暁治の顔を覗き込んでくる。
「はる、変な顔になってるよ」
「だ、誰のせいだ」
「え? もしかして僕?」
「お前があんなこと言わなければ」
きょとんとした顔をして見上げてくる恋人に、むむっと眉間にしわを寄せるが、パンパンと頭領が手を叩き、その場が静まる。
さらにはその場にいる全員の視線が、ある一ヶ所に集まった。
布のかけられた二つのもの。それを見ると、暁治の胃はきゅうっと引き絞られる。だがそんな心情をよそに、かけられていた布が剥がされた。
一瞬の沈黙ののち、おおっと周りがどよめく。
「わぁぁ、はる! はる!」
「う、うるさい。首を絞めるな首を」
隣の朱嶺が急に半立ちになり、襟元を掴んで揺さぶってくる。終いにはバンバンと肩を叩いてきた。
「はるの目に映る僕って、あんななの?」
広間でお披露目されたのは、暁治が描いた朱嶺の絵だ。ぽろっと頭領にそのことを話したらしく、ぜひ拝見したいと言われた。見せるほどのものでは、と言ったものの――まったく聞いてもらえなかった。
皆がじっと見つめるので、暁治の心臓はかつてないほど鼓動を速める。それでなくとも恥ずかしい。そこにいるのは桜の中、笑顔で振り返る朱嶺と、稲穂が揺れる中で満面の笑みを浮かべる朱嶺だ。
暁治の目に映る、愛しい恋人。
「そうか暁治殿の前では、このように笑うのだな」
ぽつりと呟くような声。天狗の仮面をつけてしまって、表情は読み取れない。それでも頭領の声は、しみじみとした、優しい声だった。
「そなたなら、愚息を幸せにできるやもしれぬな。よろしく、頼む」
「は、はい。ど、努力させていただきます」
振り向いた彼に、暁治は居住まいを正して頭を下げた。
いままでの朱嶺は知らないけれど、あの町で一年過ごした朱嶺はよく知っている。いまは知らない一面も、この先一緒にいれば見えてくるだろう。
そして思うのは、どんな彼でも一緒にいたいと思うに違いない、と言うことだ。
「あとは祝言だな」
「う、うっ、来年と言わずにいますぐしたい。学校なんていつやめてもいいのに」
数秒前まで嬉々としていた朱嶺が、急によよよっと泣き崩れる。その大げさな泣き真似に、ぺしりと手の平で頭を叩く。するとひどーいと、さらに床にひれ伏した。
「馬鹿、お前……学生生活を送れて楽しいって言ってただろう。そういう経験も大事だ。そ、それにだな」
「なに?」
「もう一年先でも、俺の気持ちは……変わらない。たぶん」
「ええっ! たぶんっ?」
「嘘だよ、嘘。変わらないよ」
「も、もう! はるのツンテレ! でもそういうところも好き!」
「うん、俺も好きだよ」
たまには素直に言ってみるものだ。瞳を大きく丸くした恋人が、頬を真っ赤に染めた。先日の茹でダコに匹敵するその顔に、暁治は至極楽しそうに笑う。
「はる、一生愛してる!」
この町で季節が一巡するたび、これからも二人の恋物語は紡がれていくだろう。
昔々、あるところで――そんな幸せのお話。
朱嶺に出会って、春夏秋冬と季節をまたいだ。最初の頃は、まったく信じていなかった、妖怪たちの存在がいつしか日常に変わった。
「暁治さんはお料理が上手ねぇ」
「ああ、まあ、だいぶ慣れました」
日がうっすらと昇る頃、台所では朝餉の香りが漂っている。せっせと暁治が卵焼きを焼いている、そこは宮古家ではない。
女中を何人も抱えた、天狗の屋敷だ。
近頃の暁治は、幽世と現世を行ったり来たりしている。あやかし修業、と言うべきなのか。朱嶺たちの世界で勉強している最中だった。
ついこのあいだ、指輪の交換をしたばかりなのだが、では早速と管理人の管理人。その仕事を任されることになったのだ。
「じいちゃんの跡なんて継げるのかな。もっと話を聞いておけば良かった。いまごろ仕事なんて忘れて、あの世でばあちゃんとのんきに暮らしてそうだよな」
元は祖父がしていた仕事だけれど、なんの役割があるのか、暁治はさっぱりわかっていなかった。かいつまんで言えば、こちらとあちらを繋ぐ門、それを管理する役割。
人間が誤って迷い込まないように、妖怪たちが好き勝手に出入りしないように、二つのあいだを護る門番だ。
とはいえまだまだ見習い中で、幽世に渡る時は桃のお世話になっている。そのうち自分の力で、渡れるようになるらしい。
けれど気をつけなければならないことがある。
幽世にいるあいだは、時間が流れていないに等しい。人の世よりも、時間がゆっくりなのだとか。
うっかりすると百年経っている――と朱嶺が言っていたやつだ。そのうっかりで、失踪騒ぎになっては大変だ。気をつけるべし。
「綺麗な黄金色の卵焼きですね」
「ありがとうございます」
女中がしらの寧々がにこにこと笑い、暁治の作った卵焼きを味見する。固唾をのんでそれを見守ると、うんうんと大きく頷いた。
「これならお頭さまも、気に入ってくださいますよ」
「よ、良かった」
「お頭さまは甘い卵焼きが大好物なんです」
「そうなんですか」
「ええ、いまではいつでも鶏の卵は食べられますが、昔は大変貴重だったんですよ。春から初夏が旬と言います」
「卵に旬なんて、あったんですね」
ここにいると色々な話を聞く。鶏の話で言えば、昔は時計などなかったので、雄鶏の鳴き声で朝の訪れを知ったそうだ。
いまでも寧々たち女中は、その習慣が身についている。今朝も目覚ましなしで、みんな起きていた。
「御味御汁は白だし、お漬物はカブがお好みです」
「なるほど」
朱嶺の好みはこの一年で覚えた。なのでいまは、お舅さんやこの家の人たちの好み、それを覚えている最中だ。わりとそれぞれこだわりが多い。
「一番上のお兄さんは、納豆ご飯。庶民派だな。ええっと、三番目は」
「あら、桜小路さま」
「おはようございます」
メモをとりながら歩いていると、隣の寧々がにこやかな笑みを浮かべた。視線を上げれば、廊下の先から大男が歩いてくる。彼は最近あやかしの仲間に入れてもらった、幼馴染みの桜小路。昨晩はこの屋敷に泊まっていた。
今日はとあるお披露目があって、親しい友人も招くよう天狗の頭領に言われていた。桃は家と、旅館内にしかいられないので、雪とお留守番だ。
「おはよう、桜小路」
「宮古は朝からか?」
「ああ、そうだ」
「嫁入り、するんだってな。昨日の晩、朱嶺から惚気話を聞いた」
「嫁っ? 惚気っ?」
「ん、ああ、婿か? うん、でも大層喜んでいたぞ」
「……そ、そうか」
嫁、と言う部分は気にかかるけれど。喜んでいたと言われると、悪い気はしない。しかし照れくさくてそわそわすると、穏やかなまなざしで見つめられて、さらに落ち着かなくなった。
「あの町はいいところだよな。宮古が離れたくないって思うのは、わかる」
「もしかしてお前も、あそこに残るつもりか?」
「それもいいなと思っている。せっかく仲間に入れてもらえたしな」
彼らがあやかしだと知った時、桜小路は案の定、そうなのか――とあっさり受け入れた。それどころか興味深そうに、あやかしたちのことを訊ねるほどだ。
長年一緒にいただけあって、そういう大雑把さは、自分に似ていると暁治は思った。
「あら、悟坊ちゃん、お早いですね」
「はぁるぅ~! おっはよぉ」
「なんだよ、朝からテンションが高いな」
バタバタと廊下を駆けてきた恋人に、顔をしかめる暁治だが、ものともせずに抱きつかれた。うずうずとしたその様子に、ますます眉間にしわが寄る。
「今日はあれ、見せてもらえるんだよね」
「う、う……まあ」
「僕、楽しみぃ」
周りに花が飛んでいる、気がした。そう思うとこの先へ進むのが、ためらわれる。けれど寧々に、みんながお待ちですよ、と声をかけられてしまった。
大きな広間には暁治が作った、もとい手伝った。朝餉が次々に並べられている。
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
一番奥、上座に座る天狗の頭領に頭を下げると、鷹揚に頷く。席には朱嶺の兄弟子たちや、ほかのみんなも顔を揃えていた。普段は天狗の仮面をつけているが、この時ばかりは全員素顔だ。
一番下手に鷹野、その隣にキイチ。河太郎と石蕗はわりと上手側だ。ここで彼らの地位、というものがなんとなく見えてくる。
朱嶺と暁治も本来であれば、もっと上座になるのだが、桜小路に併せて下座にしてもらった。
「さて、揃ったところで朝餉にしよう。昔は我らと人はともにあった。暁治殿の繋がりを経て、また縁が繋がることを願う」
頭領の声を合図に、皆で手を合わせる。しばし祈るような沈黙のあと、いただきますと声が揃った。
何度かここへ訪れているが、こうして全員が集まるのは初めてのことだ。いささか暁治は緊張する。
「この卵焼き、はるが焼いたでしょ? おいしいぃ」
「よくわかったな」
「わかるよぉ、毎日のように食べてたからね」
「ほお、そうか。うん、なかなかに旨いぞ」
朱嶺の声に、頭領が卵焼きに箸をつける。そして精悍な顔をほころばせて笑った。その表情に暁治はほっと息をつく。
和やかな朝食が終わると、普段であれば皆、退席するのだが。今日は全員席に着いたままだった。
その様子に暁治はキリキリと胃を痛める。そして自然と険しい表情になってしまった。隣の朱嶺はそんな暁治の顔を覗き込んでくる。
「はる、変な顔になってるよ」
「だ、誰のせいだ」
「え? もしかして僕?」
「お前があんなこと言わなければ」
きょとんとした顔をして見上げてくる恋人に、むむっと眉間にしわを寄せるが、パンパンと頭領が手を叩き、その場が静まる。
さらにはその場にいる全員の視線が、ある一ヶ所に集まった。
布のかけられた二つのもの。それを見ると、暁治の胃はきゅうっと引き絞られる。だがそんな心情をよそに、かけられていた布が剥がされた。
一瞬の沈黙ののち、おおっと周りがどよめく。
「わぁぁ、はる! はる!」
「う、うるさい。首を絞めるな首を」
隣の朱嶺が急に半立ちになり、襟元を掴んで揺さぶってくる。終いにはバンバンと肩を叩いてきた。
「はるの目に映る僕って、あんななの?」
広間でお披露目されたのは、暁治が描いた朱嶺の絵だ。ぽろっと頭領にそのことを話したらしく、ぜひ拝見したいと言われた。見せるほどのものでは、と言ったものの――まったく聞いてもらえなかった。
皆がじっと見つめるので、暁治の心臓はかつてないほど鼓動を速める。それでなくとも恥ずかしい。そこにいるのは桜の中、笑顔で振り返る朱嶺と、稲穂が揺れる中で満面の笑みを浮かべる朱嶺だ。
暁治の目に映る、愛しい恋人。
「そうか暁治殿の前では、このように笑うのだな」
ぽつりと呟くような声。天狗の仮面をつけてしまって、表情は読み取れない。それでも頭領の声は、しみじみとした、優しい声だった。
「そなたなら、愚息を幸せにできるやもしれぬな。よろしく、頼む」
「は、はい。ど、努力させていただきます」
振り向いた彼に、暁治は居住まいを正して頭を下げた。
いままでの朱嶺は知らないけれど、あの町で一年過ごした朱嶺はよく知っている。いまは知らない一面も、この先一緒にいれば見えてくるだろう。
そして思うのは、どんな彼でも一緒にいたいと思うに違いない、と言うことだ。
「あとは祝言だな」
「う、うっ、来年と言わずにいますぐしたい。学校なんていつやめてもいいのに」
数秒前まで嬉々としていた朱嶺が、急によよよっと泣き崩れる。その大げさな泣き真似に、ぺしりと手の平で頭を叩く。するとひどーいと、さらに床にひれ伏した。
「馬鹿、お前……学生生活を送れて楽しいって言ってただろう。そういう経験も大事だ。そ、それにだな」
「なに?」
「もう一年先でも、俺の気持ちは……変わらない。たぶん」
「ええっ! たぶんっ?」
「嘘だよ、嘘。変わらないよ」
「も、もう! はるのツンテレ! でもそういうところも好き!」
「うん、俺も好きだよ」
たまには素直に言ってみるものだ。瞳を大きく丸くした恋人が、頬を真っ赤に染めた。先日の茹でダコに匹敵するその顔に、暁治は至極楽しそうに笑う。
「はる、一生愛してる!」
この町で季節が一巡するたび、これからも二人の恋物語は紡がれていくだろう。
昔々、あるところで――そんな幸せのお話。
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