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第十八節気 霜降
初候――霜始降(しもはじめてふる)
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台風一過の翌日は、見事な秋晴れになった。
秋は台風の季節なのだが、ひとつ過ぎるたびに風が冷たさをまとう気がする。
久しぶりの休み、日課の庭を掃きながら、そんなことを思う暁治だ。
庭の落葉樹も色づいて、毎日のように庭掃除を促してくるのも趣深い。いや嘘だ、とても面倒くさい。
こう毎日だとまだ繁っている葉を、どうせ落ちるのだからと先にむしりたくなる。いい加減にして欲しい。
特に雨が降ると掃除は困難を極める。濡れた葉が地面にへばりついて、剥がすのも一苦労だ。幸いまだこの季節だと、昼を過ぎるころには日向はだいぶ乾いてはいるのだが。
「はるぅ、ただいまぁ!」
「ただいまにゃっ!!」
軒先の箒がけをしていると、道の先から居候どもがやってきた。手にはカートをコロコロと引いている。その後ろには鷹野と河太郎までいる。彼らは大きな台車を押していた。
「大荷物だな」
いつものように、神社に米のお裾分けをもらいに行ったはずなのだが、台車には大きなダンボールが載っている。
「うん、ゆーゆんちの裏山の秋の味覚と、ご近所さんたちからも」
「産みたての卵ももらったにゃ」
得意げに報告してくるキイチの頭をなでてやる。ふにゃんっと眉と目尻が垂れた。
「そうそう、山の上では、初霜が降りたそうでござるよ」
先日、鷹野の語尾の『ござる』が、朱嶺の仕業だったと判明したのだが、やはり長年のくせは抜けないらしい。しばらく奮闘していたものの、無理だと開き直ったようだ。
「初霜かぁ、道理で冷えるわけだ」
ここ数年春秋の短さを感じてはいるが、そう聞くとますます実感する。
「暁治殿見てくだされ。食べ応えありそうですぞ」
よほど感銘を受けたのか、河太郎がダンボール箱を開けて中のものを取り出してきた。
丸々と太ったサツマイモだ。
「でかいなぁ、サツマイモか」
「焼き芋?」
「かな」
ふと先ほどかき集めた落ち葉を思い出していると、朱嶺が心得たように尋ねてくる。暁治が首をひねりつつ肯定すると、彼はふむふむと頷いた。
「鷹野、後お願いね!」
「あ、おい」
荷物を置いて、慌ただしく家の中に飛び込む朱嶺。
「あ、兄ぃ!」
もちろん引き止める言葉など、聞く朱嶺ではない。残された面々は顔を見合わせると、肩を竦めて家の門をくぐった。
「はるはるっ!」
カートと台車を片付けて、米袋を片付けていると、縁側の方から朱嶺の声がした。そちらに目を遣ると、朱嶺が庭に立って、胸元になにやら抱え込んでいる。
「七輪?」
「うん、といっても使うのは中の炭だけど」
かたわらには薪もある。
「小枝も湿ってたから、高橋さんとこから借りてきたよ」
朱嶺はそう言いながら、慣れた風に薪を組むと、中に炭を入れて新聞紙に火をつけた。
「手際いいな」
「年季が入ってるからね!」
ついでとばかり、こんもりとした落ち葉も放り込む。
「カワちゃん、お芋ちょうだい」
「はいはい、こちらがいいですかな」
「あ、ちょっと待ってくれ」
河太郎がいそいそと差し出した芋を受け取ったのを見て、暁治が口を挟んだ。
「キイチ、アルミホイル取ってくれ」
「わかったにゃ!」
ついでに人数分、ダンボールから取り出して、アルミホイルを巻く。
「火の番は任せて! 鷹野に!!」
「お前、なんでそんなに自信満々なんだ?」
調子よく弟弟子に押し付ける朱嶺に、呆れる暁治だ。
「暁治殿、冷蔵庫がいっぱいになりもうした」
呼ばれて後ろを振り向くと、河太郎が申し訳なさそうに、手に芋を抱えている。冷蔵庫にもう入らないらしい。
「ありゃ、そうか。って、芋は入れなくていいぞ。たまねぎも、そっちに吊るしてる網に入れてくれ」
とはいえ、いただきものを入れた冷蔵庫はパンパンで、野菜用の網ももう入らない。
「冬支度みたいだねぇ」
朱嶺に言われて、暁治の頭に巣穴に餌をたっぷりため込むアリやリスが浮かぶ。それとも冬眠前の熊だろうか。
「これ以上入れると網が裂けそうです」
サツマイモを抱えた河太郎が、暁治をじいっと見上げる。河太郎は河童らしいのだが、実のところ人の姿の彼は見た目が美少年なだけに、困った顔が儚く憂いを帯びて見える。抱えているのは芋なのだが。
「う~ん、どうするか」
「はる、僕まだ五本はいけるよ!」
「お前の胃袋はどうなってるんだ。まぁ、いいか。ちょっとよこせ」
河太郎から芋を取り上げると、ピーラーで手際良く皮をむいて小さく刻む。水にさらした後、水を張ったガラスのボウルに入れてレンジにかけた。
「美味しいものにゃ?」
「たぶん美味しいものだな」
先日観たレシピ動画の中にあったもの。茹でた芋を潰して、砂糖と片栗粉を入れて丸めたものを少し平たく潰す。
「お、桃も来たのか」
芋の匂いに釣られたのか、台所の扉から座敷童の桃がひょこりと顔を出した。
「桃ちゃんの分も芋追加にゃ」
キイチは網から芋を出すと、暁治の横でむき始める。
「皮は後でキンピラにするぞ」
「わかったにゃ!」
フライパンで焦げ目をつけた後取り出して、フライパンに砂糖と水、みりんを入れてたれを作る。作ってみたら結構な量になってしまった。おまけにキイチと河太郎と桃がそばで追加をいそいそと丸めている。
「夕飯はこれからなんだがなぁ」
暁治の呟きはスルーされた。
「お皿こっちに準備したよ!」
朱嶺が庭に置いたテーブルに、皿を並べていた。先日DIYで作ったものだ。横では鷹野が焚き火の芋を転がしている。
「新しい炭もあるし、続きは庭の七輪で焼くか」
「焼くのは、おれに任せるにゃ」
「では丸める役はお任せあれ」
「ついでにこれも焼こうよ」
朱嶺が冷蔵庫から肉まんを出してくる。明日のおやつ用だ。
「明日は明日で買えばいいよ」
勝手なことを言う。片手にはホットサンドメーカーを持っている。一度やってみたかったらしい。
「バター塗って、挟んでじゅわじゅわ焼くの」
悪魔の提案に、暁治の喉が鳴った。無意識だ。
「お前、俺の金だぞ」
バターは高いので、宮古家では暁治の許可なしには使用禁止となっている。ここらで調子に乗っている輩を締めておこうと、遠慮のない筆頭の朱嶺を睨んでやると、彼は頬に手を当ててぽっと染めた。
「やだ、そんな情熱的な眼差しで見つめないで」
「!?」
いつもの朱嶺の冗談だとわかってはいる。わかってはいるのだが、暁治はぴしりと固まった。
「え?」
「駄烏! 暁治に触るにゃ!!」
暁治の反応が予想外だったらしい。目を見開く朱嶺の横から暁治を攫ったキイチは、フーフーと毛を逆立てた。
「ったく」
暁治は口元に手を当てると、小さな声で毒づいた。顔が熱いのはたぶん気のせいだ。すっかり忘れたつもりだったのに。
「キイチ、大丈夫だから」
つい先日、色々あったことで、どうもそれ以来暁治は彼を上手くあしらえないでいる。
意識していると、自分でも認めたくはないのだが、距離感がつかめないのだ。
「暁治殿、この餡をかければよいのですかな」
「あ、うん。みたらしサツマイモもちだってさ」
「こないだ食った大学芋みたいにゃ」
「確かに味は似てそうだな」
暁治自身も食べるのは初めてだ。
「おい、肉まん焼くならホットプレートを載せる網も持ってこいよ。やけどしないようにな」
「あ、うん!」
ぶっきらぼうな暁治の言葉に、朱嶺はほにゃりと頬を緩めた。
ギクシャクした空気は、彼も感じているのだろう。
「ねえねぇ、はる。いももちにもバターつけちゃダメ? 上に塗って焼き目をつけるの」
「駄烏! お前そんな恐ろしいこと、よく考えつくにゃ! おれもやるにゃ」
キイチが脱兎のごとく、縁側に駆け上がって行った。
「恐ろしいでござる。ぜひ焼いたサツマイモにもつけたいでござる」
焼けたらしい。鷹野が焚き火から芋を転がして取り出すと、むき始めた。
「暁治殿はどのくらいつけますかな?」
河太郎もすっかりバター脳になっている。恐るべし、バターの魅力。いや、魔力。
――いや、そもそも肉まんにだってつける許可出してないし。
暁治のそんな言葉、誰も聞いていなかった。
縁側で肉まんと芋にワクワクしている童女の顔にも、でっかく『バター!!』と書いてるのが見えた気がして、暁治はせめてバターをいっぱい食ってやろうと心に誓った。
秋は台風の季節なのだが、ひとつ過ぎるたびに風が冷たさをまとう気がする。
久しぶりの休み、日課の庭を掃きながら、そんなことを思う暁治だ。
庭の落葉樹も色づいて、毎日のように庭掃除を促してくるのも趣深い。いや嘘だ、とても面倒くさい。
こう毎日だとまだ繁っている葉を、どうせ落ちるのだからと先にむしりたくなる。いい加減にして欲しい。
特に雨が降ると掃除は困難を極める。濡れた葉が地面にへばりついて、剥がすのも一苦労だ。幸いまだこの季節だと、昼を過ぎるころには日向はだいぶ乾いてはいるのだが。
「はるぅ、ただいまぁ!」
「ただいまにゃっ!!」
軒先の箒がけをしていると、道の先から居候どもがやってきた。手にはカートをコロコロと引いている。その後ろには鷹野と河太郎までいる。彼らは大きな台車を押していた。
「大荷物だな」
いつものように、神社に米のお裾分けをもらいに行ったはずなのだが、台車には大きなダンボールが載っている。
「うん、ゆーゆんちの裏山の秋の味覚と、ご近所さんたちからも」
「産みたての卵ももらったにゃ」
得意げに報告してくるキイチの頭をなでてやる。ふにゃんっと眉と目尻が垂れた。
「そうそう、山の上では、初霜が降りたそうでござるよ」
先日、鷹野の語尾の『ござる』が、朱嶺の仕業だったと判明したのだが、やはり長年のくせは抜けないらしい。しばらく奮闘していたものの、無理だと開き直ったようだ。
「初霜かぁ、道理で冷えるわけだ」
ここ数年春秋の短さを感じてはいるが、そう聞くとますます実感する。
「暁治殿見てくだされ。食べ応えありそうですぞ」
よほど感銘を受けたのか、河太郎がダンボール箱を開けて中のものを取り出してきた。
丸々と太ったサツマイモだ。
「でかいなぁ、サツマイモか」
「焼き芋?」
「かな」
ふと先ほどかき集めた落ち葉を思い出していると、朱嶺が心得たように尋ねてくる。暁治が首をひねりつつ肯定すると、彼はふむふむと頷いた。
「鷹野、後お願いね!」
「あ、おい」
荷物を置いて、慌ただしく家の中に飛び込む朱嶺。
「あ、兄ぃ!」
もちろん引き止める言葉など、聞く朱嶺ではない。残された面々は顔を見合わせると、肩を竦めて家の門をくぐった。
「はるはるっ!」
カートと台車を片付けて、米袋を片付けていると、縁側の方から朱嶺の声がした。そちらに目を遣ると、朱嶺が庭に立って、胸元になにやら抱え込んでいる。
「七輪?」
「うん、といっても使うのは中の炭だけど」
かたわらには薪もある。
「小枝も湿ってたから、高橋さんとこから借りてきたよ」
朱嶺はそう言いながら、慣れた風に薪を組むと、中に炭を入れて新聞紙に火をつけた。
「手際いいな」
「年季が入ってるからね!」
ついでとばかり、こんもりとした落ち葉も放り込む。
「カワちゃん、お芋ちょうだい」
「はいはい、こちらがいいですかな」
「あ、ちょっと待ってくれ」
河太郎がいそいそと差し出した芋を受け取ったのを見て、暁治が口を挟んだ。
「キイチ、アルミホイル取ってくれ」
「わかったにゃ!」
ついでに人数分、ダンボールから取り出して、アルミホイルを巻く。
「火の番は任せて! 鷹野に!!」
「お前、なんでそんなに自信満々なんだ?」
調子よく弟弟子に押し付ける朱嶺に、呆れる暁治だ。
「暁治殿、冷蔵庫がいっぱいになりもうした」
呼ばれて後ろを振り向くと、河太郎が申し訳なさそうに、手に芋を抱えている。冷蔵庫にもう入らないらしい。
「ありゃ、そうか。って、芋は入れなくていいぞ。たまねぎも、そっちに吊るしてる網に入れてくれ」
とはいえ、いただきものを入れた冷蔵庫はパンパンで、野菜用の網ももう入らない。
「冬支度みたいだねぇ」
朱嶺に言われて、暁治の頭に巣穴に餌をたっぷりため込むアリやリスが浮かぶ。それとも冬眠前の熊だろうか。
「これ以上入れると網が裂けそうです」
サツマイモを抱えた河太郎が、暁治をじいっと見上げる。河太郎は河童らしいのだが、実のところ人の姿の彼は見た目が美少年なだけに、困った顔が儚く憂いを帯びて見える。抱えているのは芋なのだが。
「う~ん、どうするか」
「はる、僕まだ五本はいけるよ!」
「お前の胃袋はどうなってるんだ。まぁ、いいか。ちょっとよこせ」
河太郎から芋を取り上げると、ピーラーで手際良く皮をむいて小さく刻む。水にさらした後、水を張ったガラスのボウルに入れてレンジにかけた。
「美味しいものにゃ?」
「たぶん美味しいものだな」
先日観たレシピ動画の中にあったもの。茹でた芋を潰して、砂糖と片栗粉を入れて丸めたものを少し平たく潰す。
「お、桃も来たのか」
芋の匂いに釣られたのか、台所の扉から座敷童の桃がひょこりと顔を出した。
「桃ちゃんの分も芋追加にゃ」
キイチは網から芋を出すと、暁治の横でむき始める。
「皮は後でキンピラにするぞ」
「わかったにゃ!」
フライパンで焦げ目をつけた後取り出して、フライパンに砂糖と水、みりんを入れてたれを作る。作ってみたら結構な量になってしまった。おまけにキイチと河太郎と桃がそばで追加をいそいそと丸めている。
「夕飯はこれからなんだがなぁ」
暁治の呟きはスルーされた。
「お皿こっちに準備したよ!」
朱嶺が庭に置いたテーブルに、皿を並べていた。先日DIYで作ったものだ。横では鷹野が焚き火の芋を転がしている。
「新しい炭もあるし、続きは庭の七輪で焼くか」
「焼くのは、おれに任せるにゃ」
「では丸める役はお任せあれ」
「ついでにこれも焼こうよ」
朱嶺が冷蔵庫から肉まんを出してくる。明日のおやつ用だ。
「明日は明日で買えばいいよ」
勝手なことを言う。片手にはホットサンドメーカーを持っている。一度やってみたかったらしい。
「バター塗って、挟んでじゅわじゅわ焼くの」
悪魔の提案に、暁治の喉が鳴った。無意識だ。
「お前、俺の金だぞ」
バターは高いので、宮古家では暁治の許可なしには使用禁止となっている。ここらで調子に乗っている輩を締めておこうと、遠慮のない筆頭の朱嶺を睨んでやると、彼は頬に手を当ててぽっと染めた。
「やだ、そんな情熱的な眼差しで見つめないで」
「!?」
いつもの朱嶺の冗談だとわかってはいる。わかってはいるのだが、暁治はぴしりと固まった。
「え?」
「駄烏! 暁治に触るにゃ!!」
暁治の反応が予想外だったらしい。目を見開く朱嶺の横から暁治を攫ったキイチは、フーフーと毛を逆立てた。
「ったく」
暁治は口元に手を当てると、小さな声で毒づいた。顔が熱いのはたぶん気のせいだ。すっかり忘れたつもりだったのに。
「キイチ、大丈夫だから」
つい先日、色々あったことで、どうもそれ以来暁治は彼を上手くあしらえないでいる。
意識していると、自分でも認めたくはないのだが、距離感がつかめないのだ。
「暁治殿、この餡をかければよいのですかな」
「あ、うん。みたらしサツマイモもちだってさ」
「こないだ食った大学芋みたいにゃ」
「確かに味は似てそうだな」
暁治自身も食べるのは初めてだ。
「おい、肉まん焼くならホットプレートを載せる網も持ってこいよ。やけどしないようにな」
「あ、うん!」
ぶっきらぼうな暁治の言葉に、朱嶺はほにゃりと頬を緩めた。
ギクシャクした空気は、彼も感じているのだろう。
「ねえねぇ、はる。いももちにもバターつけちゃダメ? 上に塗って焼き目をつけるの」
「駄烏! お前そんな恐ろしいこと、よく考えつくにゃ! おれもやるにゃ」
キイチが脱兎のごとく、縁側に駆け上がって行った。
「恐ろしいでござる。ぜひ焼いたサツマイモにもつけたいでござる」
焼けたらしい。鷹野が焚き火から芋を転がして取り出すと、むき始めた。
「暁治殿はどのくらいつけますかな?」
河太郎もすっかりバター脳になっている。恐るべし、バターの魅力。いや、魔力。
――いや、そもそも肉まんにだってつける許可出してないし。
暁治のそんな言葉、誰も聞いていなかった。
縁側で肉まんと芋にワクワクしている童女の顔にも、でっかく『バター!!』と書いてるのが見えた気がして、暁治はせめてバターをいっぱい食ってやろうと心に誓った。
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