可惜夜に浮かれ烏と暁の月

るし

文字の大きさ
上 下
40 / 75
第十四節気 処暑

初候――綿柎開(わたのはなしべひらく)

しおりを挟む
 突然の再会――元の主が揃った家は数日、宴会のような賑やかさだった。入れ替わり立ち替わり訪問客がやって来て、祖父母の帰りを歓迎した。
 本当に愛されていたのだなと、その光景に暁治は驚きもしたが、誇らしい気持ちにもなる。
 毎夜の宴で、英恵とともに台所でてんてこ舞いではあったけれど、それもまた楽しいひと時だった。さてそろそろ帰るか、そう言われた時には、寂しい気持ちになってしまった。

「はるちゃんの元気な顔が見られて良かった」

「うん。会えて良かったよ」

「元気でね」

 優しくぽんぽんと腕に触れた手。見た目は年若い女学生だが、そのぬくもりに記憶にある祖母の姿が重なる。唇を引き結べば、表情の意味を悟るように、やんわりと目が細められた。

「ばあちゃん、そろそろ行くにゃ」

「はいはい」

 いつまでも顔を見合わせていると、玄関戸の向こうからキイチが顔を出す。視線を持ち上げたら、その先にいるつっくん――祖父とも目が合った。

「はる、この場所に縛られんでええからな」

「え?」

「おまんは自由に生きたらええ。まあ、とりあえずはあけみーと仲良くな」

 ニッと笑みを浮かべたその表情に、先日のやり取りを思い出す。しかし思わず隣を見たが、いつもなら騒がしい朱嶺が口を噤んで黙っている。寂しいと感じていたのは自分だけではなかったかと、暁治はしょんぼりとした肩を叩いた。

「じゃあ、行ってくるにゃ」

「おう、キイチ頼んだぞ」

 提灯を持ったキイチがぶんぶんと手を振る。それを見送れば、小さな二つの背中も門の向こうへ消えてしまった。ぼんやりとなにもない場所を見つめ、残された二人はふっと息をつく。
 それに気づいてお互いの顔を見ると、朱嶺はへにゃりと笑った。その泣き笑いみたいな顔に自然と手が伸び、赤朽葉色の髪をガシガシと撫でた。自分の行動に驚きつつも、暁治は見上げてくる視線に笑みを返す。

「さあ、掃除して昼飯の準備だ」

「お昼ご飯はなに?」

「そうだなぁ。ちょっと面倒だし、冷茶漬けにするか。ばあちゃんが作ってくれた漬け物と、ミョウガと、あと適当に」

「いいね」

「そういや桃は?」

 見送りに出てこなかった小さな同居人を探すと、仏壇の前にちょこんと座っていた。小さな頭を撫でてやれば、顔を持ち上げる。眉尻が下がった寂しそうな顔。帰ってしまうその姿を見るのが悲しくて、顔を出せなかったのだなとわかる。
 隣に座り線香に火を付けて、両手を合わせた。そういえば初盆だったと、いまごろになって思い出し、もっと準備をしておけば良かったと反省をする。

「みゃあっ」

「お、寝ぼすけは起きたか」

「みゅ~」

 鳴き声に振り返ると、小さな籠ベッドで寝ていた子猫が伸びをしていた。そしてくわっと口を大きく開けてあくびをしたと思えば、ピクピクと耳を動かし辺りを窺う。
 ちょこちょこと居間へ歩いて行く姿を黙って見ていたら、また用心深く辺りを見回した。

「じいちゃんとばあちゃんならいないぞ」

「みっ!」

 もしやと声をかけると、暁治の言葉がわかったのか、それともなにか感じ取ったのか、子猫はピンと尻尾を立てた。そしてぷりぷりとお尻を揺らして飛び上がる。
 小さな身体がゴム鞠のようにあちこち飛び回る様を見て、暁治は呆気にとられた。

「大人しい子だと思ってたけど。あれか、幽霊がいて大人しくなってただけか?」

 昨日まで部屋の隅でちんまりしていたのに、まるで大運動会でも繰り広げられているのかと、そう思うくらいの暴れっぷりだ。大人しすぎて心配ではあったが、これだけ元気ならば問題ない。
 トタトタと駆け回る足音を聞きながら、部屋の掃除を始めることにした。

「ちびのくせに果敢だな」

 ガーガーと掃除機をかけていると、子猫は興味津々な顔をして体当たりしてくる。小さな手で、ちょいちょいとアタックしてくる様子は微笑ましい。それに飽きたらまた部屋の中をぴょんぴょんと跳び回る。
 猫はキイチくらいしか世話したことがなかったので、こんなにも元気なのかと驚く。しかし思えばあの当時のキイチは老猫だった。少しのんびりしたように見えたのはそのせいかもしれない。

「あー! もう! 駄目だよ!」

 離れの自室まで掃除をし終わって、戻ろうとしたところで朱嶺の声が響いた。その声の先に向かえば、仏間の真ん中で子猫の首根っこを摘まんでいる。粗そうでもしたのかと思ったが、ふと目端に止まったものを見てなるほどと思った。
 仏壇の前に置かれた座布団から綿がはみ出している。さながら綿花のようになっているそれに、暁治は苦笑いを浮かべた。

「俺は裁縫得意じゃないんだけどな」

「いいよ、僕がやるよ」

「ふぅん、できるんだ」

「はなちゃんが、男子たるもの裁縫くらいできなくてどうする! ってね」

 大きな裁縫箱は、祖母の嫁入り道具の一つと聞いたことがある。浴衣や着物のみならず、洋服も縫ってしまう器用さだった。そんな祖母から仕込まれたという朱嶺はするりと針に糸を通す。

 その様子を見ながら、あの小さな穴に通すことから大変なんだよなと思う。学校の授業で裁縫の経験はあるが、いつも宿題を母にやってもらっていた。
 糸も通せない上にまっすぐ縫えないのだ。そんな暁治とは対照的に、朱嶺はすいすいと空いた穴を縫い合わせていく。

「はる、猫はどうする?」

「あー、そうだなぁ。元気そうだし、里親でも探すか」

 しばらく腕組みをして唸ってから、思い立って暁治は自室からノートパソコンを持ってきた。居間のテーブルでそれを広げて猫、里親、募集したいなどと検索する。
 出てきた結果を一つずつクリックして、きちりと管理されていそうなコミュニティを探した。

「車があるからちょっと遠くても届けられるな。雄だっけ? 雌?」

「女の子だったよ」

「何ヶ月だ?」

「お医者さんが一ヶ月くらいだって言ってたよ」

「まだ小さいけど大丈夫かな? 獣医さんにもお願いするか。夏休み中に見つかるといいけど」

 規約を隅々まで眺めて、あれこれと悩みながら申し込みフォームに記入していく。そして体重はどうやって量ればいいのかと、キイチが毎朝やっていたことを思い返し、キッチンスケールを台所から持ち出した。

「あれ? ちびすけどこに行った?」

 いざ体重をと思ったが、先ほどまで近くでうろちょろとしていた白い毛玉が見つからない。居間をぐるりと見渡すけれど、部屋の中にはいなかった。気づくと縫い物をしていた朱嶺の姿も見当たらず、首を捻りながら仏間を覗く。
 しかし縫い終わった座布団が仏壇の前に置かれているが、そこにもいない。

「おーい、朱嶺?」

 踵を返し居間を通り抜ける。縁側に続く障子を開くと、廊下の先に朱嶺の背中が見えた。なにかを覗き込むようにしているその背に近づけば、足音に気づいたのかこちらを振り向いた。
 そして訝しげな顔をする暁治に「しー」っと人差し指を立てる。ますます首を捻りたくなるけれど、努めて足音を立てずに近づいた。

「あ、……桃、とちびすけ」

 ぽかぽかと光が降り注ぐ縁側で、小さな一人と一匹はぴったりと寄り添って眠っている。子猫を抱きしめるように寝ている桃は、笑みを浮かべているように見えた。
 なんとも言えないほんわりとした光景に、気持ちが和まずにはいられない。

「里親探しは、やめるか」

「うん、そうだねぇ」

「思えば桃は家でいつも一人だもんな」

 座敷童は家につく妖怪だから、この家の中からは出られないと聞いた。庭に降りたところすら見たことがないので、本当にその中にしかいられないのだろう。出掛ける自分たちに笑みを見せているが、実は寂しく思っていたのかもしれない。

「名前はなににする?」

「せっかくだから桃につけてもらおう」

 新しい我が家の住人を喜んでくれるといい。そんなことを思いながら、二人で可愛らしい寝顔を眺めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

処理中です...