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●本編●

61.妖精の庭、懺悔は密やかに。【前】

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 突発的に開始された滝登りは、結果から言えば無事に登頂(?)を果たして大成功~♪
しかして辿り着いた頂で知ったこの滝の真実の姿、それはいたって単純明快、『滝じゃなかった!』の一言で足りる。

 ーーこの規模の噴水って、おかしくない? 噴水がどーやったらあんな轟音奏でる滝壺もどきを付随していると想像できるの?! これがこの世界で標準の貴族の庭園に完備される噴水の規模なのぉっ、異世界怖っ!!!ーー

お父様が動きを止めた場所は噴水口が確認できる1番天辺付近の受け皿的な場所、噴水の部位名称には詳しくないので上手く説明できないが、この噴水の形はわかり易く言って、結婚式なんかで出される段重ねになったケーキの形が近いと思う。
規模が甚だ規格外だとは思うけれど。

地上から振り仰いでも天辺が確認できなかったくらい、高すぎる位置にある噴水口からちょっと良くわからない量の水量が止めどなく噴出され続けている。
水道料金が設けられているのなら、金額を考えたら目眩では済まない。
何でもかんでも金額を気にしてしまうのは元庶民の哀しい性だ、お貴族様の湯水の如きお金の使い方は今のわたくしにはとんと理解できない。
金勘定は幼女にはまだ早すぎる、ちょっとよくわからないものとして、右から左に置いといてぇ~っと♪

この噴水の頂はどれくらいの標高かと言うと…、今比較対象になって1番わかり易いランドマークとしては、やっぱり屋敷本体だろうか。

 ーーえーと、屋敷は確か外壁が白いからぁ、こっちは延々庭だしぃ、あれぇえっ…あっちも延々庭だしぃ~? あ! あれかなぁ、白が……見えた!! そうかそうかぁ、あそこからここまで歩いてねぇ~、うんうん、屋敷遠すぎやしないかなぁっ?!ーー

歩いた時間を考えれば納得しかない距離だとは思う、けれど再三のように思ってしまって自分でもうんざり気味なのだけれど、個人宅で裏庭まで来るのにハイキングになってしまう規模の広大さなのはおかしくないだろうか?

生い茂る緑の葉、木々がのびのびと育んだ緑の群れに邪魔されて視界が阻害されている。
よくよく目を凝らして重なり合う木の葉の隙間、その奥を見ないと何がどうなっているのか全くわからない。

 ーー木と同じ高さ、といってもその高さは個体差があってまちまちだし、もっとちゃんと基準になるようなものが比較対象としては適切よね? どれどれ、ここは屋敷で云うところの何階相当の高さかしら…? 

前世の記憶に照らして考えると、ビル5階ぐらいの高さな気がする、でも視線の先に見える屋敷は何回数え直しても3階手前でストップしてしまう。

おそらくだけども、今確認している壁面に有るあの窓は2階にあるもので間違いない、だって丁度真ん中なのだ、屋敷は3階建てなのだから真ん中と言ったら2階以外に考えられない。
だから余計に理解が追いつかず、新たな疑問しか沸き起こってこない。

 ーーいやいや、家の天井、1階あたりがどんだけ高いのよ? 高い高いとは思っていたけど、そんなに高いのはおかしくない??ーー

ランドマークが当てにならない以上、体感で感じ取った高さを信じるとすればビル5階、くらい。

 ーー10M以上は、確実にありそう…?! それって、落ちたら、死??!ーー

遙か眼下となった先程までいた水路の辺りを見ると…くらくらしてしまう、想像したよりも霞みがかっているからだけが理由じゃない地面が遠く見えすぎて目を白黒させながらお父様にしがみつく手に、腕に、今一度しっかりと、締め上げる気持ちで力を込める。

「ん~、天気がいいからかねぇ、よく見えるねぇ~~! ご覧、ライラ!! 屋敷の後ろ、この庭のもっと先にはねぇ~、狩りができる森林と湖も有るんだよぉ~~、今日は兎角よく見える!! 流石にそこまでは歩いては行かれないからねぇ、馬車を出さないとならないがぁ~、もう少し暖かくなったら一緒に行かうかぁ~~?!!」

どこまでも平常通り、どこまでいってものんきにしか受け取れない間延びしたお父様の声が頼もしくも有り恨めしくも有る。
それでもお父様の言った言葉が気になって、お父様が見据える先の景色に視線を動かしてーー、絶句。

遙か地平の先、に見えてしまう遠方にある水平に真横に伸びる壁は、このカントリーハウスが有る敷地を区切る外壁だろうか?
お父様が言っていた狩りもできる森林、その木々を軽く凌駕してそびえ立っているところを遠目にも関わらずバッチリ確認できる、あれも何十メートル級の外壁ということだろうか、もう、驚き疲れてしまって『っは!』と冷めきった乾いた笑いしかもらせない。
その森林の右に視線をスライドさせていくと、キラキラと光を反射する蒼く澄み渡った湖面が見えた。

 ーー湖面、湖面よね…? 外壁に遮られているけれど、海にしては小さい(?)し、でもだからって、それにしたって広大過ぎじゃないかしら??ーー

どこまでいっても規格外、あそこまで歩いて行けと言われたら、勘当を言い渡されたものと理解できるくらいに拷問でしかない無理難題だと思う。
幼女でなくても歩いてなんてぜっっっったいに、行きたくない!
そんな経験をする機会なんて、死んでも訪れてほしくない!!

ガクブルと身体を激しく痙攣させはじめた私を腕に抱いているせいで、その振動が直に伝わったお父様は何を勘違いしたのか、これまた呑気にとんでもない提案をしてきた。

「おんやぁ~? 寒くなってきちゃったかねぇ、確かにちょっと、下にいるよりは吹く風も冷たくなってしまうのは仕方ないからなぁ~! んじゃぁ、そろそろ戻ろうかぁ~、時間をかけるのも何だし、ぴょんと飛び降りるのが速く済むしねぇ~~♪」

「へっ?! ちょ、ま、まぁ~~~~~………!!?」

『て』がどうしても言えなかった、私の返事などはなから聞く気がなかったように云うが早いか言葉が終わる手前で、お父様は何の躊躇もなくぴょんと飛び降りてしまわれたのだから。
私の心の準備ができるのを、せめて待って欲しかった…!!
もっと言えば、はじめっから魔法で飛んで下さればよかったのに……!!

復路は途中まで自由落下に任せて、あわや地面に激突?!となる数歩手前で緩やかに減速、その後にふわりと地面に着地を果たした。

 ーー生きてる…、私は今、猛烈に自身の生命が存命していることを骨身に沁みて実感している…っ!!! でもこんな形で、実感したくはなかったって、声を大にして叫びたいぃ~~~っっ!!!ーー

でもそれは果たせなかった、心の大いなる準備不足のせいで身体の外にぴょんと飛び出してしまったかと思えた心臓が喉の奥に引っかかったままドコドコと盛大に拍動しており、気道を塞いでしまって言葉を紡ぎ出すことができなかったのだ。
この後しばらくお父様の首にしがみついた態勢のまま、硬直した身体が解れるまでずっと抱っこの態勢は続くこととなった。


 硬直が解けた後も身体に力が入らなくて脱力した状態が戻らなかった為、今は食事をとったテーブルの隣に置かれた椅子に腰掛けたお父様のお膝に抱っこされている。

 ーー素面で抱っこされるのって、結構な羞恥を伴うものなのね…、相手がお父様だから余計そう感じるのかしら?ーー

何にしても初体験なために未知過ぎて、自分の感情をもて余してしまう。
まんじりとも動けず、神妙な面持ちで口を引き結んで、精神統一のためになんちゃって念仏でも唱えようかと考え始めた頃、お父様が庭を眺めながらポツリポツリと何事かを思い出しながら話して下さった。

「この庭はアヴィの為に整えたって、さっきちょっと話しただろう~? それなのに何で“妖精の庭ジャルダン・フェーリック”なのか、疑問に思わなかったかなぁ~、そんなに深い意味はないんだがねぇ~~?? 噴水の周りが花壇になっているのには気付いたかなぁ~? 上から見るとよくわかるんだがねぇ、16個に区切られているんだ、それと関係が有ると言えばぁ~、ちょっとだけは関係が有るかなぁ~~。 まぁ、後からのこじつけに近いけれどねぇ~?」

ちょっとだけ照れくさそうに、命名に至った経緯を語り聞かせて下さった。
お父様の中では妖精と云うよりは天使、がお母様に抱くイメージであるらしい。
けれども本物の“天使”のように天に還ってしまっては困る、ということで急遽妖精へ路線変更したらしい。
『HAHAHA!』とアメリカンな笑いを漏らさなかった私を、誰でも良いから褒めちぎってはくれまいか。

そして16という数字、これはこの世界における現在確認されている魔法属性の分類数を表している。
詳しい説明はここでは省かれてしまったのが非常に残念だけれど、植えられた花で、その花壇が何の属性を表しているかが一目見てわかるようになっている。

この色が結構重要で、私たちの持つ瞳の色にも関係してくる。
血筋によって似通った色味の瞳になることは勿論だが、時たま両親とは違う瞳の子供が生まれることがままある、何を隠そう私がその良い例だ。

お父様はエメラルド、お母様はクンツァイト、お兄様たちはそれぞれペリドットにスフェーンだ。
お兄様たちはお父様と似通った緑系にまとまっているけれど、私はどちらとも似通っていないラピスラズリなのだ。

『まさか橋の下で拾ってきた捨て子なのでは?!』とか前世の常識に縛られていたら考えてしまったかもしれないけれど、そこは異世界、前世の常識なんて丸めてポイっ!なとんでも常識が実装されているのだ。
とんでも常識その①、それはこの世界では自身に与えられた加護の属性にも瞳の色が左右されてしまう、というものだ。

なので私のこのラピスラズリの瞳、紺に近い深い青、それは闇の属性加護を受けていることを表していて、宝石のような煌めきが有るか無いかでその加護の強さを如実に表している。
なので我が家の家族は全員、与えられた属性の加護が半端なく強い、と言葉無く堂々と世間様に知らしめているわけだ。

 ーー自己主張強すぎませんかねぇ?! 弱点晒して大手を振って歩いてるも同じじゃんっ??!ーー

なんて疑問はあっさり否定されてしまった。
1番強い加護を表しているだけであって、イコール他の属性が不得手に直結するわけではないそうだ、なんとも難解極まってしまうけれど、そうなのだと言われてしまえば、そうなのかと納得する以外に無い。

そしてとんでも常識その②、この世界には妖精はおろか精霊さえも存在していないという衝撃の事実。

 ーーここまでしっかりファンタジー世界なのに、魔法があって妖精・精霊とかが居ないなんて、ファンタジーじゃないじゃん??!!ーー

叫びださなかったことを、誰でも良いから(以下略)。

そういった存在が居てもおかしくない、そう考えた人は過去歴史の中に数多くいたらしく、ありとあらゆる研究・探索が行われたそうだが、結果は推して知るべし。
結局その存在は確認されず、わかったのはただその存在が生まれ得る可能性は多分にあった、という希望的観測な肯定的な見解だけだった。

この世界でも妖精・精霊は空想上の存在、居たら素敵だなぁと胸ときめかせる夢見がちな象徴らしかった。
でも誰も存在しないとは断言しきっていない、これからだった顕現する可能性が絶対に無いとは、誰にも断言できないのだ、これにロマンを感じないでいられる乙女がいようか、否いはしない、少なくとも私はバッチリしっかりロマンを感じまくっている。
そんな果てなき期待、世界中の夢見る乙女の憧憬を込めた言葉として選んだのがこの“妖精”だったそう。

「“妖精”よりも“精霊”のほうがこの場合には正しいのだろうけどねぇ~? 何せアヴィの為に整えた庭だからねぇ、”妖精”の方がしっくりくるというだけ、単純な語感が理由だったのさぁ~~!!」

「素敵です…。 “妖精”でも“精霊”でも、どちらであろうと存在したのなら絶対に此処を住処にしてしまいますものっ!! キラッキラで、とってもとぉ~~っても美しいお庭ですもの!! お母様にピッタリの、世界で一番美しいお庭です!! さすがお父様、お母様にぴったり似合うものを選ばせたら世界一、お父様に敵う方なんてこの世に存在しませんわね!!」

手放しで褒め称えてしまう、語感もこの庭全体の雰囲気も、絶妙にお母様にマッチする。
お母様がこの場に居なくても、そこかしこにお母様の気配を感じ取れるくらいに、イメージがリンクしまくっている。

「勿論だともぉっ! 私以上にアヴィの好みを熟知している者などいはしないさぁ~っ!! はっはっはっはっはぁ~~っ!!!」

娘からの手放しの賛辞をそのまま素直に受け取って、得意満面で呵々大笑するお父様。

「しかしそれも、アヴィの亡きご両親が健在であったなら、違ったかもしれないがねぇ~…。」

「お祖父様とお祖母様…ですか?」

けれどその表情が不意に曇った、突然の変化に思わず怪訝な顔をして問いかけてしまったほどに何の前触れもない急激な変化だったから。
私の言葉に、静かに笑って答えて下さるお父様の声音はほんの少しだけ先程よりも固さを纏った気がする。

「そうだよぉ、私も会ったことはない、アヴィと出逢う数年前に既に…ご逝去されていたからねぇ~。 確かめようもないことだが、時々ふとした拍子に考えてしまうものでねぇ、不思議なものだよぉ~、選択に迷ったときに『ご両親ならどうするだとろうか』と常に引き合いに出して比べてしまうんだぁ…。 アヴィにとっての最良の選択を行えているだろうか、そう考えるとどうしてもねぇ~、私にとっては話に聞いただけの人物であるのにねぇ~~?! 真っ先に思い浮かんでしまう、彼らは正しく、その時選ぶべき最善・・の選択をしていたからねぇ…。」

お父様が言葉を濁して、敢えてこの場では口にしなかった言葉が、わかる気がした。
『思い出の中で美化された人物事象に、果たして勝る事ができるのか?』

「彼女が嬉しそうに、でも何処か悲しそうに語るご両親との思い出話を聞く度に、私では彼女の幸福を満たすには足らないのではないか、と考えてしまってねぇ~…。 自信が揺らぐんだ、可笑しいだろう~?」

常日頃、溢れて余り有る有り過ぎではないかと思うほどの自信は鳴りを潜め、困り眉で自嘲するお父様は酷く心細そうに見えた。

「私は知らないからなぁ、『家族愛』というものを。 私の両親からは一切与えられなかったからねぇ、わからないんだよ全くと言って良い程。 今だって理解できているか定かでないんだ、私は夫らしくアヴィを、父親らしく子供たちを、愛せているのかがねぇ~?」

私を優しく見遣って下さるお父様の美しく煌めくエメラルドの瞳、でもその瞳は私を通り抜けてどこかはわからない、定まらない虚空を見つめているようにも見受けられた。

「はっは、辛気臭くなってしまったねぇ~、ライラに聞かせるにはまだ大分早かっただろうにぃ、何故かライラには話しても大丈夫な気がしてしまってねぇ~?! 嫌な気持ちにさせてしまったかなぁ、すまないねぇ、ライラ。」

ぶんぶんぶんぶんっ!!
謝罪の言葉を聞いた瞬間、反射的に首を横に振っていた。
強く強く、お父様の気遣いを無駄にしないように精一杯強く振りたくった。

「お父様が、今お話してくださったのは…私のためなのでしょう? 昨日から始まった、私のお母様に対するおかしな態度、その理由を話しやすくするために、心の内を語り聞かせてくださったのでしょう…?」

今お父様が私に胸に抱えていた弱音を吐き出したように、私もお父様に心の内を曝け出しても良いと、そうして欲しいと願っていることを婉曲的に教えてくださったのだから。

「ライラは聡くていけないねぇ~? 否この場合、私が下手を打ったと考えるべきかなぁ~?? 気を配ってさりげなく水を向けたつもりが、ここまで正確に見抜かれては逆効果にしかならないねぇ、困ったものだよぉ~~!」

一層困り眉になったお父様が自分を責める形で私の言葉が正しいことを肯定する。

「…ごめんなさい、お父様。」

視線が下がる、無意識に下へ下へと。

「謝る必要はないさぁ、悪いのはライラじゃないのだから! 不自然な昔語りなんてしてしまって、悟らせるきっかけを意図せずに与えてしまった私の落ち度なのだからねぇ~? 慣れないことをすると途端にボロが出るぅ、何せ誰かの気持ちに配慮して話す、なぁんて機会が今までに片手で足る回数あるかどうかな体たらくなんだよぉ~!? 私の経験不足がそもそもの原因なのだからねぇ~!!」

あくまでも悪いのは自分、その姿勢を崩さないお父様の優しさに、胸が疼く。
ジクジクとした疼痛をうったえてくる胸元をきつく、小さな両手を重ね合わせて抑え、俯き顔をくしゃくしゃに歪める。
こんな優しさを家族から向けられたことがない、わたしは、そんな経験一切なかったから。
今お母様に抱く、この胸を重苦しくする感情も…前世のわたしの記憶と経験が強く影響して引き起こされているのだろうか?


 こんな感情、知らない、できることなら一生知りたくなんてなかった。
大好きな人を、愛して止まない人を、自分勝手に貶めようとする醜い感情なんて抱きたくなかった。

有り体に言えば、私はお母様にがっかりした、少なからず失望してしまったのだ。
完璧だと思っていた、欠点など無く、できないことなど何一つ無いと信じきっていた。
理想の母親像を自分勝手に作り上げて大事に崇め奉っていた、でもその理想像はいとも簡単に倒され、粉々に打ち砕かれてしまった。
いたずらにもたらされた言葉で、その軽い力によって簡単に揺らぎ、倒されて、壊れてしまった。

騙された、たばかられた、あざむかれていた。
そんな心地になって、逆恨みのように一方的にお母様を悪者にした、お母様だけが悪いかのように責任の所在を全部押しつけた。

こんな事を考えてしまう私はなんて愚かで醜い、劣悪で醜悪な腐りきった心根なのだろうか。
自分に嫌気が差す、激しい自己嫌悪で吐き気すら覚える。
他人の価値観を一方的に押し付けられる苦痛を嫌と言うほど理解しているというのに、自分が最も忌避する行いをしてしまったなんて、絶望だ。

「私、は、知らなくて……お母様が…その、ドレスや物を選ぶ際の、美的感覚が独特だと。 昨日、初めて聞いて……知って。 考えても、想像すらしていなかった、ので……その、びっくりしてしまって!!」

びっくりした、と言うには深刻すぎる表情だっただろうか。
眉間には深く皺を刻み、瞳は暗い感情に色味を暗く濃さを増し煌めきは消え失せて、顔色は蒼に土色が混じるように悪い。

『失望した』なんて言葉、言いたくない。
自分の口から発したくなくて、はっきりと核心には触れず言葉を濁す。
このごに及んでも保身に走ってしまう、自分が汚れた存在になりたくなくて本当の言葉を有耶無耶にした。

「ん~? もしかしてライラはぁ、アヴィに少なからず失望してしまったのかなぁ~~?」

私が隠した言葉をあっさりと見つけ出され、指摘される。
私ではお父様に言葉を偽ることは出来ない、そう悟り、観念して、取り繕うことをやめた途端に堰を切って本音が溢れ出す。

「勝手な理想の押しつけだってわかってるんです! それでもっ、もやもやしてしまって…っまるで、裏切られたような気持ちになって、…しまって!!」

視界が歪む、堪らなくなってお父様の膝から地面へと飛び降りた、そしてここから逃げ出そうと駆出そうと動いた足が、止まる。
急に動いた私を追うように急いで椅子から腰を上げたお父様は、数歩追いかけたところで動かなくなった私を見てから同じように静止した。

「こんな事思うなんて、なんて自分勝手なんだろう、自分でもそう思うんです! でも、お母様は完璧だと思ってたから!! 何でもできるからいつも心に余裕を持って微笑んでいらっしゃるんだと、勝手に解釈して、思い込んでた私が悪いってわかっているのに。」

流れ出した言葉の奔流が止まらない、口にしたくなかった本音を胸の奥底から攫い流れに絡めとって、言葉にして喉の奥から吐き出させる。

「お母様に……騙された…って、思ってしまう私がいるんです。 この心の内側に、期待を裏切ったお母様を、お母様が悪いと詰る、責任転嫁を平気でしてしまう、自分勝手で醜い私が!! ……居てしまうんです。」

私の胸の内にあった苦しい本音を包み隠さず曝け出して、告白しきった。
その言葉を聞き終えて、お父様は未だに何の言葉も返してくださらない。

 ーー怒っていらっしゃるかしら…? 全ての責任をお母様に丸投げして押し付けた、ただ自分だけを守ろうとした私の…利己的な意見に、激怒されている…、かしら?ーー

怖くて顔を上げられない。
背を向けた背後を振り返る事も出来ず、俯いたまま、自分の足元に広がる濃い影が落ちる地面に視線を固定して、そこから微動だにできなくなる。

「……………っふ。」

2人の間にどれだけの間沈黙が居座った後だろうか。
溜息のような、細く息を吐き出すような音が俯く私の耳に届けられたのは。
怖いものみたさ、恐怖心より好奇心が勝ち、お父様の顔が横目に見える位置までおずおずと、片足を引いて身体を捻り振り返って、見えたその表情はーー。

「あーーーーーっはぁっはぁっっはぁっは!! ははっはは、あはは、あっはっは、はーーーーーっはっはっはっは!!!」

「 !?!? 」

突如沸き起こった呵いに、驚いて弾かれたように勢いよく体ごと振り返って向き直り、俯けていた顔を上げきる。
横目ではなく、まっすぐに向けた視線の先には、身体をくの字に折り曲げて、お腹を抱えて呵い悶えるお父様のブレ動く姿、時折見えるその顔には怒気は一切見当たらない。
純粋な笑いしか浮かべていない。
もはや笑い過ぎて目尻に涙まで滲んでいる。

 ーー本気の本気で、呵っていらっしゃるみたい、でも何で?ーー

何故爆笑するに至ったのか、そのお父様のみが知る心境の変遷を聞ける状態に戻るには、まだまだ時を要することが容易に見て取れた。


 「っはーーーーーーーーあぁっ! これだけ呵うと疲れるものだねぇ~…。 こんなに呵ったのは、いつぶりだろうかなぁ~~?」

目尻に溜まった涙を指先で拭い取りながら、記憶を探って独りごちる。

「てっきりお父様は怒っていらっしゃるのかと、思っていました。」

「んん~、怒るぅ? 私が誰にぃ、ライラにかい~?? それはまたぁ、何でそう思ったのかなぁ~~??」

「何も言ってくださらなかったから。 私の言動に…その、お母様の悪口を言ったも同然の言葉に、気分を害されたのかと、そう思ったのです…。」

「はっはっは、いくら私でもそんなことは思わないさぁっ! 家族に対しての不平不満を口にするくらい、誰しもやって然るべきで無い方がおかしいさぁ~、そんな些末な事でライラを糾弾したりなどしないともぉ~~!!」

私の感じていた不安を払拭するように、豪快に笑い飛ばして否定して下さる。

 ーーその後に続いた言葉は、私に対する慰めの言葉に…なるのかしら?ーー

「アヴィだって人間だからねぇ、完璧であるはずがない、比べて私は欠陥だらけだけれどねぇ~? 出来ないことの1つや2つ、あって当たり前だともぉ~! だからって私はそんなちっぽけな理由を問題にしたりはしない、アヴィを否定する事由には全くなり得ないね、私の抱くアヴィへの想いはそんな些細な欠点などで翻るほど軽くないと自負しているともぉ~~!!」

 ーー否、唯の惚気だ。 いつもの万年イチャ②ラブ②夫婦の限りない惚気話だったわ!ーー

「お父様は、本当に…少しもないのですか?! お母様に対して、何か少しでも、がっかりしたり、失望に似た感情を抱かれなかったのですか?!!」

「ん~~…、無いねぇ、全く無い! がっかりと言うよりか、ビックリはもちろんしたけれどねぇ~?! そんなある種の欠点も、アヴィにしか無い唯一のもの、そう思うと彼女の魅力を一層引き立てる要因にしかなりえなくってねぇ~~!!!」

 ーー駄目だ! 今のお父様からは惚気以外の言葉が出てこない、まともな意見がもたらされる可能性が限りなく0、恋愛脳に切り替わってらっしゃる!?ーー

「欠点さえも愛おしい、愛すべきものだと想える、こんな感情が私の中にあったことを教えてくれたのはアヴィに欠点があればこそ、だからねぇ~! もうどうしたって、何処をどう考えたって、愛しいとしか想えないんだよぉ~? 他人にとったら悪感情を抱く事柄であったとしても、私にとっては違う。 アヴィのどんな一面も全てひっくるめたアヴィを、私は心から愛しているんだからねぇ~!!」

 ーー娘に言ってどうするのだろう? そんな言葉を聞いて、真顔以外になれないのですが?ーー

でも、凄いと思う。
そこまで自信たっぷりに、誰かを愛している事実を衒いなく公言しきってしまえるお父様の揺るぎない想いの強さが、まっすぐに愛してもらえるお母様が、少しだけ羨ましい。

「……素敵です。 お母様を心から愛していると迷いなく断言できるお父様も、お父様にそんなにも強く愛を誓って貰えるお母様も、本当に夢みたいに素敵です。」

口から零れた落ちた言葉に、自分でも驚くほどの羨望の色が滲んでいて、言ってしまってからおどおどと動揺して挙動不審にたじろいでしまった。

そのことには触れず、優しく微笑んでからその場にしゃがみ、私と視線を合わせて語りかけて下さる。

「ねぇライラ、がっかりしたって良いんだよぉ~? 好きになったからといって、その人の全部を受け入れて、全部を肯定しないと好きとは認めない、なぁ~~んて決まりはこの世に在りはしないのだからねぇ~?? それにそもそも、私とライラではアヴィに抱く感情の種類が違うから参考にするには適さないしねぇ~、私がアヴィに抱くのは異性に対する最愛の感情で、ライラは母親に対する絶対的な家族愛だからねぇ~!!」

確かに種類が違う、家族愛、どちらがより深い愛かとか、そんなことはここでは問題ではない。
感情の起こりは同じ、けれど向けるベクトルが違う、それは理解しているけれど、それでも納得しきれない。

 ーー大好きなのは変わらないのに、裏切られたなんて思ってしまうこの感情のちぐはぐは、一体何が原因で引き起こされた現象なの?ーー

自問自答しても、答えは出ない。
その答えを知りたくて、お父様の瞳の奥を探るように見る。
そこに私の求める答えが眠っているのではないか、隠されているのではないかと期待して。
でもお父様の煌めくエメラルドの瞳には、不安そうに心許なく表情を曇らせる私の顔しか映し出されていなかった。
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