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●本編●

51.〇〇からの手紙。〜〇〇への招待状〜 ②

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 摩訶不思議で突発的な動機ではなかったが、ご子息の為にフォコンペレーラ公爵家を敵に回すかもしれない危険を多分に孕んだ選択を彼の騎士様が率先して望んだとは今以て信じ難い。
バッチバチの睨み合いですめば良いけれど、お父様の今までの言動を全て本気と仮定して考慮に入れるとドンパチ1戦交える未来しか見えない。

 ーーんん~? でも待てよぉ~?? 家にはそもそも、抑止力になりえたり応戦したり、相手にとっての脅威になるような戦力なんてあったかしら??? 一応騎士団は擁しているはずだけれど、規模はそれほど大きく無かった…はず?ーー

だからちょっかいかけても大丈夫と思われてしまったのだろうか。
お父様は王国魔術師団・副師団長で魔法もバリバリ使えるのは承知している、だからといって一騎当千なイメージはないし過激な発言は目に余るほど多用しているけれど、本当にそんなことできるわけなどない……はずだ!

 ーー何か…動悸、息切れが、酷くなりそう! 軽~く考えようと試みただけで、体調不良になりそうだわ!!ーー

思考の海にどっぷり埋まり込んでしまう前に体調に異変しかきたさないので、早々に自分の中だけでこれ以上深く掘り下げるのは諦めて、根本的な疑問をお父様にぶつける。

「セルヴィウス卿はどうして王命など賜われたのでしょう? どのようにして国王陛下に奏上されたのでしょうか?」

『お願いしまーす♪』といって『はいどーぞ♪』とお気軽お手軽に発布されるものであるはずがない、と信じたい。

わたくしの心からの疑問に、お父様はいつもの間延びした口調で肩をすくめつつ、あっけらかんと驚きの事実をさら~っと答えてくださった。

「それがねぇ、セヴィにはわりと簡単にできてしまうんだよぉ~。 普段からセヴィってば褒章を受け取りたがらなくってねぇ~、それもあって大抵のお願い事ならローデリヒも2つ返事で了承してしまうんだよぉ~! 国庫も減らないし、一筆書いてサクッと命令するだけなのだからねぇ、そりゃ書きたくなっちゃうよねぇ~、でもそんなこと私からしたら許せるはずないよねぇ~~?? まぁそれ以外にもローデリヒがセヴィに甘い理由はあるにはあるんだがぁ~…、はぁ!! 今回は尽く、それら全てが裏目に働いた結果になってしまったよねぇ、私たちにとっては。 まったくもって抗う術が無いよぉ、口惜しいことにねぇ~!!!」

段々と口をへの字に曲げながら流れ出る言葉がとどまる所を知らない。
それでも1番言いたいであろう『実力行使以外に手は残されていない』というセリフは顔にデカデカと書いてあるが、決して口に出さなかったのはテーブルを挟んで真向かいに座るお母様に確実に止められるからだ、と今までのパターンで理解する。

 ーーお父様への抑止力は家庭内にバッチリ備わっていて安心&安全ね♪ でもやっぱり、これだけ時間が経ってもお母様のお顔が見れないわ。ーー

あれからも時々、お母様がこちらに視線を寄越しているのは感じられる。
けれどそれを今までのように自然に受け止めて、自然に返せる自信は…何処かに家出してしまったようで行方不明のままだ。

「更に悔しいことにねぇっ、オーヴェテルネル公爵家が乗り気なら、って、王太子殿下の婚約者候補からライラの名前が外されたことだよぉ~!? 借りなどないはずなのに借りができてしまった気分だよぉ~!! 無論今回の王命の件で相殺だけれどもっ! 気分が悪い!! 全くすっきり晴れやかにならないってものだよぉ~~!!!」

許されるならバッシバシとテーブルをシバきたいのを必死に堪えながら声を張り上げることで溜飲を下げるつもりのようだ、その効果の程は誠に芳しくない。

 ーーそういえば今朝、そんなことを言っておられましたね…? あのとき必死に言い直して誤魔化そうとしていらしたけれど、全然誤魔化せてなかったお父様の言葉、今正に実行してもらえないだろうか? 脅せるのなら、存分に脅しつけて王命を撤回させてきてほしいと切に願わずにいられないのだもの。ーー

ジト目になりながらお父様を恨みがましく見てしまう。
物騒な言葉を現実にしたらしたで、困ったことになるのは事の原因である私なのだけれど、実行してほしいと思わずにいられない、思うだけなら自由なのだから。

尚もスッキリしきらない憮然とした表情で、連連つらつらと連なる恨み言をせっせと生産しまくっているお父様の言葉に耳を傾けると含みのある言い方に違和感を感じる。

「まさかあの・・セヴィが息子のためにここまで用意周到に先んじて動くとはぁ~…、読みが甘かった私の完敗と言わざるを得ないのかねぇ~~?」

 ーー『あの』って『どの』? 恋愛結婚からのおしどり夫婦なのだから、当然息子ラブ♡な幸せ家族のはずだと思っていたのに、違うのだろうか?? それともラブの対象はクリスティーナ様だけなのだろうか???ーー

息子の為に・・・・・、が予想外であるとお父様は言っているのだろうか?
それとも、セルヴィウス卿がこんな行動を起こしたことが予想外だったのか、どちらに比重が置かれた言い回しなのだろう。

すぐさま頭を掻きむしらんばかりに両手は頭の横でバッチリスタンバイしているが、実行しないのはお母様がにこやかに見守っているからに他ならない。

「あぁーーーーーーーー、モヤモヤするよぉ、全くぅ~~っ!! せいぜい第二王子殿下の対応で手一杯になって、これ以上こちらにちょっかい出せないようになって、御細君・子息共々に愛想を尽かされきっちゃえばいいのさぁ、祈っててやるともぉ~、その未来が実現することをねぇ~~!!」

 ーーえっ?! お父様、今誰の対応で手一杯になってって、仰ったの?!!ーー

「今回の王命をサクサクっとすぐに書きつけさせる為に出された条件を飲んだ結果らしいけどぉ、全くいい気味だよぉ~! 子供嫌いのくせに、子供の御守りをしなきゃなんて、はっはぁー、笑えるねぇ~、お笑い草だともぉ~~!!」

ゲスの極みそのものな後ろ暗い感情を惜しげもなく詰め込んだ厭らしい笑みを口元に湛えて、残りのセリフを高らかに言いきったお父様の言葉尻に合わせて意気込んで問いかける。

「第二王子殿下?! セルヴィウス卿は、第二王子殿下の近衛騎士になられるのですか?!?」

 ーー私の最推しっ!! ゲームでも深く語られなかった未知なる幼少期の超希少情報を超絶フライング気味にゲットな予感!!!ーー

高まる期待に力の籠もった両手をぎゅっと握って胸の前で待機させ、ずずいっと前にのめって身を乗り出しきってお父様の返答を待つ。

「おんやぁ~? ライラは第二王子殿下の存在を知っていたのかい?? 最近まで伏せられていたはずだったんだがぁ、そんなに口の軽い噂雀がパーティーの日に紛れ込んでいたのかなぁ~~???」

 ーーひえぇっ?! 藪蛇だったぁーーっ?! 伏せられてたなんて知らないしぃ、そんな情報転生したてのひよっ子幼女が常備している常識的情報なはず無いでしょうに?!!ーー

乗り出した態勢のまま、冷や汗を噴出して固まる。
でもこの姿勢、長くは保てない。

 ーー今の段階で腰が軽くヤヴァイ、保ってあと……1、分は嘘で秒、だからもう駄目っ!!ーー

握った手を解きテーブルの縁に突っ張ることで、テーブルの上に突っ伏すのを未然に防ぐことに何とか成功する。
チラリと家族の反応を窺うが、誰も私の異常事態発生未遂だった状態に気づいていない様子で、一安心だ。

 ーー反射神経、グッジョブ!! この鋭い反射神経を活かして何かいい返答をパッと返せない自分、情けなっ!!ーー

自己嫌悪の最中さなかでそれでもお父様の言葉に何か返さなければと思い、考えあぐねいている私の前にデザートデセールがそっと差し置かれる。

 ーーえっ! 嘘っ?! 私、デザート食べて良いのぉっ??!ーー

悩んでいた事柄はポンッと押し出され、脳内は既に美味しそうなデザートのことで占領されてしまった。
今日はメイヴィスお姉様を元気付ける為、やむを得ずおやつを差し出したために私は食べられなかった。
目にしたおやつを口にできなかった事が結構あとを引いていたようで、見ただけで虜になってしまったのだ。

 ーーアイスクリームぅ~~♡ 外は真冬だけど(多分)ここは適温に保たれているから全然平気だわぁ~~っ! 美味しそうっ!! もう見ただけでも美味しいっ!!!ーー

アイスクリームグラスが各人の前に置かれた、約1名の器の大きさには今回も驚きを隠せないが、概ね予想通りだったので最初の頃のように目は釘付けにならなかった。
今は自分の目の前の器にもっぱら釘付けられている。

最後に残っていたカトラリークヴェールデザートスプーンキュイエーラデセールに手を伸ばし、いざ食さんっ!!
……と、意気込んだ私の耳に、ブツブツと紡がれる呟きがどこからともなく聞こえてくる。
耳を凝らしてよーーく聞いてみると、それは私の右側から聞こえてきた。

「ふふっ…、ふへっ…、えっへっへっっへぇ~! このアイスクリームグラス、とってもとぉ~~っても、美味しいぃ~~~ですぅ~~…。 美味しすぎてぇ~、ちょぉっっっっと幻聴が聞こえちゃうくらいに有頂天になってた事がぁ~、そもそも夢に思えてきましたぁ、~~~♡ はぁあ~~~、夢なら早く覚めないかなぁ~~~っとぉ(泣)」

「え、あ、えぇっ?! メイヴィスお姉様ぁっ??! しっかりぃ、お気を確かにぃ~~~っ!!!」

度重なる精神的ストレス、この場合は私たち親子の会話内容がそれに該当するだろう、高負荷で与えられ続けてとうとう錯乱状態になってしまった様子のメイヴィスお姉様は、現実逃避先をやっと与えられたデザートの美味しさに決めてしまわれたようだ。
『うふふ~~、あはは~~♪』と零す言葉は始終楽しげに聞こえるのに、その顔色が白すぎた上に目は虚脱状態のように虚ろだった。


 根気よくメイヴィスお姉様に声をかけ続けること5分、何とか現実世界に帰還した精神の正常値を測るため、私はまだ一度もパクつけていないアイスクリームグラスを少しデザートスプーンキュイエーラデセールですくい取ってお姉様の口元に運ぶ。

差し出されたデザートスプーンキュイエーラデセールに脊髄反射でパクついたお姉様の反応はーー

「んん~~~~っ! 美味しいぃ~~~っ!!」

尻尾が振り切れんばかりに振られた仔犬さんを背負ってほっぺたを落ちないように支えているお馴染みの反応、至って正常な反応だった。

 ーー良かったぁー! 危なかったぁーー!! 公爵家うちでの晩餐で拭い去れないトラウマを植え付けてしまうところだったぁ~~っ!!!ーー

お姉様がいつもの可愛らしい反応を返してくださって心底安心しきっていた。
だからお姉様の笑顔をもっともっっと見たくなって、焚き火に薪を焚べるように、開く口にせっせとアイスクリームグラスを流れ作業のように運び入れた。その結果ーー

 ーー絶望しかない…っ! 終わった、終わってしまったぁ……っ!! 私の幸せになれるはずだった、デザートタイムがぁーーーっ!!!ーー

きれいに空になったお皿に、言葉もない。
出せる言葉が見つけられない。

幸せそうなお姉様の隣で絶望の底にいる私。

 ーー泣きそう、私、号泣してしまいそうだわぁ~、メリッサを召喚しないとかしら…。 でも駄目だ、間に合いそうにない……。 涙腺決壊まで秒読み段階だもの、折角お姉様を元気づけられたのに、また気に病ませてしまうわね、私ってホント、駄目人間だわ………。ーー

じわじわと涙が滲み出てくるのがわかる。
もうどうやったって止まりそうもない。

ぼんやりと空のお皿を眺めていると、その皿はメイドによって回収されていった。
と、思ったら、再びデザートの乗ったお皿が目の前に差し置かれた。

差し置いたのはメイドの手ではなく、嫋やかな貴婦人の手。
左側に座すお母様が自分のデザートを私に下さったのだと、のろのろと理解する。

断らなければ、そう思い口を開こうとして、視線を彷徨わせ逡巡してしまう。
こんな時にもモヤつく思いが邪魔をしてきた。
モタモタしているうちに、お母様が潜めた声で私にだけ聞こえるように囁いた。

「今日はもうお腹いっぱいなのよ、お昼のときに食べすぎてしまったから。 だからライラちゃんが食べてくれると、残さずに済むのだけれど、お願いできるかしら?」

昼食は別々にとったから真偽はわからない、わからないけれど、今のお母様の言葉が全て100%嘘だと揺るぎない確信が持てた。
私が落ち込んでしまったから、嘘をついて自分の分を下さった。
こんなに優しい嘘をつかれたことなんて、ない。
一度も、経験したことがない。

先程までとは違う理由で涙腺が崩壊してしまいそうになる。
熱い想いが胸を一杯に満たして、溢れ返る既のところで今はギリギリ踏みとどまっている。

太腿の上でドレスのスカートをぎゅーーーっと握り込んで熱い涙が零れるのを堪えるのに、もう必死になってしまう。

お母様が口にした言葉は、問いかけの言葉だったと遅れて理解して、声を出そうにも胸が支えて言葉が出ない。
他の方法を動きの鈍い頭で必死に考えて、かなり遅れてからぎこちなく頷くことがでした。

「ありがとう、ライラちゃん。」

クスリと微笑って落とされた感謝の言葉に、くしゃりと表情を歪めて俯き、泣くのを堪える。
食堂に着いてからの私の態度は決して快いものではなかったはずなのに、それでも変わらず優しく接してくださるお母様の行動に、深い愛情を感じる。
心をモヤつかせる感情を処理できないままではお母様と向き合うことができない。
嬉しいのに、その嬉しさを心のままに返せない今の自分が厭わしい。

お母様が下さったアイスクリームグラスは少しも溶けていない、これも刻印魔法のおかげなのだろう。
刻印魔法は本当に色々な応用が効いて、利便性が半端ない、等々、感情を掻き乱す要因となる刺激を与えてくるような内容は避けて心を落ち着かせる。

胸を熱くする感情をやり過ごし、少し落ち着いたところで皿と一緒に差し置かれた未使用のデザートスプーンキュイエーラデセールを手に取り、こんもり盛られたアイスをこそげ取るようにしてのせ、口内へ運び入れる。

じわぁっと溶けて口内に広がる優しい甘み。
先程お母様から向けられた優しさに味があるとしたら、こんな味だろうか、と考えてしまう。

こんな非現実的なこと、自分が考えてしまう日が来るなんて思いもよらなかった。
前世のわたしでは夢想することすらできない環境だったのだから、今の自分を見たらきっと頭が可怪しくなったのだと冷静且つ客観的に分析したことだろう。

冷たいアイスをパクパクと食べ進める。
食べれば食べたぶんだけ口の中は冷えていくのに、熱い想いに満たされた胸の内は冷めやる気配が一向に感じられなかった。


 念願叶ってアイスを完食したとき、そういえばお父様の言葉を受けたまま、返すのを忘れてしまっていたことに思い至る。

 ーー第二王子殿下を何故私が知っているのか、その答えとして相応しい言葉がまっっっったく、見つけられないのですが…?!ーー

正直に事情など話せるわけもないし、かといって上手い言い訳が思いつかない。
このまま口を噤んでしまったら先日のパーティーの招待客たち全員、今後の安否が危ぶまれる。

箝口令が敷かれていたのだとしたら、それを破って第二王子殿下の情報を漏らした者にはどんな処罰が待っているのだろう?

 ーー打首とか処刑にはならなくても、禁固刑とかにはなりそうよね? 禁固といえば…、何かを忘れているような……? 何だったかしら??ーー

食べ終えたのは私が最後だった。
ナプキンセルヴィエットゥで口元を拭ってからくしゃっとしたままテーブルの上に置く。
それを合図にメイドがテーブルの上をキレイに片付け始める。
プレゼンテーションプレートも回収されて、入れ替わりに食後の飲み物が運ばれてきた。

私の前にはホットなミルクっぽい白濁色の液体が入ったマグカップが置かれた。
カップを口元に運び、ふーっふーっ、と息を吹きかけて冷ましながら口に入れて大丈夫な温度か慎重に確かめる。

丁度よい温度になっただろうと推察し、口をつけた瞬間お父様が唐突に思い出したように声を発した。

「あぁっとぉ?! しまった、忘れていたよぉ~!? 肝心要な事柄をうっかり忘れ去っていたよぉ~、それもこれも全部っ、セヴィの情動がそもそもの原因だねぇ~~っ!!」

きっとこれから起こるお父様にとって不都合なことは全てセルヴィウス卿のせいとされることだろう。
そんな未来が容易に想像可能だった。

「何を忘れていらっしゃったのでしょう?」

埒が明かないので取り敢えず先を促す言葉をかける。

「んあぁ、それはだねぇ~、例の子豚の件だよぉ~~! 覚えているかなぁ~、ほらぁ、あれだよぉライラが失禁させた例の少年!! なんて言ったかなぁ~、ハ……じゃないな、ヒ、ヒー…、へー……?? 忘れてしまったねぇ~、いやはやまったくぅ~~!! ピンクい髪のブクーーっと太った少年、思い出したくないだろうがぁ~、アグネーゼ男爵令嬢を害した悪ガキのことだよぉ~~!!!ーー」

「「 !? 」」

私とメイヴィスお姉様が自然と見つめ合い、コクリと頷き合ってから再びお父様の方へと向き直り言葉の続きを促す言葉を再度かける。

「アンジェロン子爵令息、でしたわよね? その方の件とは…何か問題でも?」

「問題はないともぉ~、ただねぇ、肝心な処罰内容を決めかねていてねぇ~~? 良ければ直接の被害者であるアグネーゼ男爵令嬢にも意見を聞こうかと思っていたのだよぉ~、折角我が家に滞在していたわけなのだからねぇ~~?!」

「「 !!? 」」

 ーーえ、処罰内容を、決める参考に意見を求めるの…? たったの6歳の少女にぃ~~っ?! っていっても、加害者も同じ6歳男児だけれどもっ!! お姉様ったら、卒倒しないかしらぁ?!!ーー

心配になり恐る恐るお姉様に視線を向けると、そこには青ざめきって震えることも、慌てふためいて取り乱すこともしない、静かな表情の中にも凛とした芯の通った強さを感じさせるお姉様がいた。
お父様の言葉を受け止め、もう既に答えを決めているかのようだった。

驚いて見つめ続けていると、私の視線に気がついたお姉様は私に向かって小さく微笑って、安心させるように目だけで語りかけてくださった。
それから視線をお父様へと戻して口を開かれた。
お姉様が彼の令息に求める償いとはーー

「私は処罰の決定を公爵様の一存に委ねたく存じます。 処罰を決めるなどと恐れ多いと辞退するのではございません、ただ単純に私の中で件の令息に対し抱く感情は今となっては限りなく無であるためです。」

言いよどむことなくきっぱりと言い切った。

 ーーつまりお姉様はあの令息に望む償いはない、恨みの感情も何も無い、と、仰っている…? でも何で?! かけらも恨みつらみが無いなんて、聖人君子の鑑でいらっしゃるの、お姉様ったら??!ーー

「恨みの感情は確かに抱きました、この首に嵌められた呪具がある間ずっと、声を出せない中、何度心のなかで怨嗟の言葉を吐き出していたことか…! ですがそれも、ライリエル様がこの首から呪具を破壊して取り去り、解き放ってくださったときにきれいさっぱり霧散してしまったのです!! ですので今の私の中には何も残っておりません。 あんな取るに足らない小物なアンジェロン子爵令息になんて、興味関心など今後一切持つ意味はありませんので。」

最後にニコリと笑って言葉を締め括った。
その言葉に嘘偽りはなく、メイヴィスお姉様の心からの言葉だと強く信じられた。
力強く迷いなく発せられたその言葉は私の心に強く深く響き渡って、この心を強く大きく震わせた。
お姉様を救えてよかった、あの時、諦めてしまわないでよかった。
今ここに、こうしてお姉様と隣り合って食卓を囲めている幸福な現実いまを強く強く、噛み締めた。

嬉しくなって、そのままくしゃりと顔を歪めて独りでに笑み崩れてしまった。
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