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●本編●

15.誕生日パーティー【宴も酣:騒動あり(転)】

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 事の発端は、この休憩室に着いた時、ある少年の誘いを断ったこと、だったそう。
その少年は数人の友人と共にやって来て、メイヴィス嬢を取り囲むようにして声を掛けてきた。

『お前、なかなか可愛い顔してるじゃないか。 来年の洗礼式後のパーティー、そこで俺様のパートナーに、してやらないこともない。 光栄に思えよ。』

『手頃なパートナーが見つかりましたね、ヒュー様!』

『ヒュー様のパートナーには少々、不釣り合いですが、色々・・と、従順に従いそうで手頃ですねぇ。』

“ヒュー様”と呼ばれた人物がこの集団の親玉らしい。
そして友人というよりも、取り巻きに近い悪ガキ共がその“ヒュー様”なる人物をヨイショする。
ヨイショの仕方が、小物感満載だ。

仲間内で決定事項のように、パートナー認定されているが、メイヴィス嬢は一切了承していない。
彼女もその時、目の前の集団を不快な感情を隠さず、眉間にシワを寄せて、断りの言葉を口にする。

『申し訳ありませんが、そのお申し出は謹んで辞退申し上げます。 洗礼式でのパートナーは既におります。 それに、貴方のお名前も存じ上げませんので。 お話はそれだけでしょうか? では、失礼致します。』

一応、相手の身分が不明なため、言葉遣いは可能な限り気を使ったが、言葉の内容は、容赦なかった。
無礼な絡みに、背を向けてから嘆息する。

そんな彼女を、背後の男、“ヒュー様”が、憤怒の表情で歯ぎしりせんばかりに歯を食いしばり、憎悪の視線を向けていた。

話はまだまだ序盤。
ここからは、メイヴィス嬢も、語るのに抵抗感が薄れたようで、滑らかに語るようになっていった。


 先程の遣り取りで、無駄に緊張して喉が乾いてしまった。
多勢に無勢、取り囲まれたのは、やはり怖かった。

飲み物を取りに、飲料が準備された一角へ向かう。
そんなメイヴィスへ、パタパタと足音をさせ、近づいてくる令嬢が2人。
彼女と同じ、男爵家の令嬢達だった。

『メイ、大丈夫だった?!』
『早く、ここから出て、ご両親のところへ行ったほうが良いわ!』

令嬢2人は、メイヴィスに耳打ちで、同時に捲し立てる。
声量は抑えているが、緊張感をたっぷり含んだ声音は、しっかり彼女の耳に届けられた。

『ルイーザ、シャロン、落ち着いて!? そんなに慌てて、どうしちゃったの?』

友人2人の鬼気迫る訴えに、状況が全く飲み込めないメイヴィスは、暢気に訪ねる。

『不味いのよ、あの男の子、凄く厄介なの!』
『伯爵家の令息らしいの、あのぶ……ピンクっぱつな男の子!!』

相変わらず、同時に捲し立ててくる。
ルイーザは抽象的に警告を。
そしてシャロンは確実に何かを言いかけて、言い直した。

ピンクっ髪、とは“ヒュー様”のことだろう。
目に痛いほどの、ドピンク。
先程も、ちょっと視界に入っただけで目がチカチカした程だ。


 それが、伯爵…?
そんな高位貴族の子息に、私は…啖呵を切ってしまったの?
サァーーーッと、身体から血の気が引く。

公爵家主催のパーティーなのだから、侯爵、伯爵、子爵、と男爵位より上位の家柄満載だろうとは思ったが、よりによって、あんな失礼極まりない男子が、伯爵家の令息なんて……。

確かに不味い、その上、かなり厄介だ。
少し話しただけでもわかる、自尊心と傲慢の塊のような為人。
絶対に、あれだけでは終わらない。
侮辱されたと、憤慨していることだろう。

自分勝手な逆恨みを滾らせているだろうことは、彼らの方を見なくても容易に予想できた。
これ以上絡まれる前に、両親、もしくは大人のいる場所に行かなくては…!

ゴクゴクゴクゴクッと果実のジュースを一息に飲み切る。
味なんてしないが、喉は潤った。
空になったコップをテーブルに戻し、心配そうにメイヴィスを見遣る友人の2人に目配せする。
その目配せの意味をしっかりくみ取り、2人が頷き返したことを見て、ただちに部屋の出入り口へ向かう。

部屋を横切って一心不乱に進む。
丁度、中心部に差し掛かったあたりで、背後から声をかけられてしまった。

聞きたくなかった、あの声で。

『どこへ行こうって言うんだぁ? そんなに急いで。
まだ来たばっかりだろう、ゆっくりしていけよぉ、遠慮するなって!』

他人の家で、我が物顔に振る舞える、厚顔無恥さに反吐が出る。
しかし、それを顔に出すことは、もう二度と出来ない。

『お気遣い痛み入ります、ですが、化粧室に向かいますので。』

形振り構ってなどいられない。
これならば、無理に引き止められもしないだろうと、選んだ言葉だった。
だというのに、このやからには通じなかった。

『化粧などしていないのだから、行く必要ないだろう。 おっと、失礼? していたのかなぁ、その顔でぇ? だから、騙されたんだなぁ。 一瞬でも、こぉ~~んな酷い顔を、可愛いだなんて。 よくも騙してくれたなぁ? この俺様を。 男爵家の令嬢風情が、生意気にぃっ!!』

『なっーー?!!』

言いがかりも甚だしい。
こじつけた屁理屈にも程があるし、何より単純に、ただただ不愉快だ。


 それでも、反論できない。
不用意な発言は命取りだ。
掴みかかられたりしないように距離を取る。
だが、それは遅すぎる警戒だった。

『きゃあっ?!』

不意に後ろから拘束される。
両脇の下から腕を差し込まれ、吊り上げられる。
完全に床から足が離れてしまい、逃げ出すことも敵わない。
先程まで見かけなかった、大人に吊り上げられているのだ。

しかし一体誰が、どうしてこんな暴挙に加担するのか?
困惑と恐怖をい交ぜにした少女の顔を見て、浮かぶ嘲笑を深くする少年。

『なんだぁ、怖いのかぁ? はっ、いい気味だ! 俺様の誘いを断るなんて、馬鹿な真似しなけりゃ、こんな目に合わずに済んだのになぁ~~?! ぶっはっはぁ、そうだなぁ、今からでも遅くないぞ?』

体を揺らして、厭らしい笑みを浮かべながら、粘っこい声で語り、今思いついたかのように、態とらしい芝居がかった言い方をする。

『「パートナーにして下さい、どうぞお願いします」って、床に頭擦り付けて言ってみろ。 そしたら、許してやろう』

一瞬で頭に血が上る。
この期に及んで、云うことはそんな事か!
自分の矜持を守るためだけに、こんな暴挙に出るなんて、絶対に、受け入れられない!!
死んだほうが、まし!!!

『何度も申し上げておりますが、私にその提案を受け入れる意思は御座いません! たとえこの身に何が起きようとも、絶対に!!』


 会場の空気が一瞬にして凍りつく。

やってしまった、しかし、悔いはない。
こんな下種に、下げる頭などないし、パートナーなんて冗談じゃない!

『……どうやら、救いようのない、大馬鹿だったようだなぁ! 良いだろう、お前の望み通り、その何かを起こしてやろう。 この、【隷属呪具錬成】の魔導具でなぁっ!!』

『『『 ?!! 』』』

『泣いて喜べ! 今お前を拘束してる、そいつにも使ってやってるんだ。 それとおんなじモノを、プレゼントしてやるからよぉっ!!』

趣味の悪い、ゴテゴテした指輪が嵌まる右中指を見せつけるようにして掲げる。
その指輪の真ん中に埋め込まれた、大きめの石が、赤い光を灯す。
その光は、最初は弱々しく、段々と燃え盛る炎のように強く発光し、不快な甲高い音を会場内に響かせた。

ギィーーン、ギギギギ、ギギャギャギャ、ギャーーーンッ!!!

頭が割れそうだ。
耳を劈くような不協和音が木霊する。
耳を塞ぎたくとも、拘束されていて、腕がまともに動かせない。
痺れてもきている。
鼓膜が悲鳴を上げるが、守ってやれない。

指輪の石が、一際不快な音をけたたましく奏でた後、少年の手のひらに、同じ色の歪な形の石が形造られていた。

その石を、ぐっと握りしめて、再び指を解いたときには美しい宝石のような見目に変わっていた。
その石の、角の尖りに強く指を押し付けて、血がほんの少し滲む浅い傷をつくる。
滲んだ血を、石の表面に刷り込むようになすりつけて、しばらくするとーー。

こちらもまた禍々しい赤に明滅し始めた。

ドック、ドック、ドック、ドック。

鼓動を刻むような、一定のリズムで音が響く。
その異様な音と光を発する石を、少女へと差し向ける。


 相手の意図を察して、必死になって身を逃がそうと藻搔くが、拘束する腕は緩まない。
友人2人も、必死にメイヴィスを拘束する男を攻撃するが、まったく堪えていない。
背が高く、拘束している男の表情はまったく見えなかった。

そうこうする内に、少年の魔の手が迫り。
必死に顔を背ける少女に、嗜虐心を顕にした醜い愉悦からの笑みを顔面に深く刻む。
無防備に晒された首元へと、殊更ゆっくり恐怖を煽るよう時間を掛けてから、石を押し付けた。

少女の柔肌に触れた瞬間、石が一際強く発光して、腕を伸ばすように生えた触手がぐるりと少女の首を取り囲み、結びついて、その様を変容させた。
擬態したかのように、金属製の装身具のような見かけに変わったのだ。

無事に、装着が完了したことを確認して、少年は少女を拘束していた男に目配せする。
今まで彫像のように直立不動で拘束し続けていた男は、いとも簡単に少女を解放した。

といっても、優しく少女を床へと下ろしたわけではない、文字通り、腕を解いただけ。
結果、少女は床の上に落とされた。

気の抜けていた足が、突然の重みに、上手く支えられず、足首を捻り、その後には両膝と臀部を床に強かに打ち付けて打撲を負った。
腕は痺れきり、感覚が無い状態だった。

そんな少女を見下ろして、少年は居丈高に吐き捨てた。

『立て!』

『……っ?!』

言葉が耳に届いた瞬間、自分の意志を介在させずに、立ち上がる身体。
本能的な恐怖が湧いた。

『な…んで…? 何、コレ…っ私に一体な』

問いただそうとした少女の口を閉じさせる。

『黙れ。』

たった一言、それだけで、彼女は逆らうことも出来ない。

『……っ、……!! ……?!』

声にならない声を上げ続ける少女。
その目には涙の膜が張られてきている。

『あーーーっはっはっはっはっはぁ!! ぶふっ、ぶひゃっひゃっひゃっひゃひゃぁあ!!! ひひひっひっひっひっひっひっひっひぃいいぃ~~っ!!!』

唾を撒き散らし、下品な笑い声を盛大に響かせ、笑い転げる。
いつまでも笑い転げたままでいそうな少年に、取り巻きの1人が、弱々しく声を掛ける。

『ヒュー様、そろそろ、切り上げて下さい…、はぁっ、僕も、限界です……っ、はぁっはぁっ!』

苦しげに胸を押さえ、絞り出すようにして話す。
その少年の指にも、同じような趣味の悪い指輪が嵌められ、そちらは青黒く光っている。

『んあぁっ?! 俺様に指図するなんて、何様だぁ?!! …ふんっ、まぁ良い、見逃してやる。 今の俺様は、気分がいいからなぁ!!』

一瞬不機嫌になり、取り巻きの少年を睨みつけたが、直ぐに少女に向き直り、口角を歪めた。

『よぉお~~し、最後の仕上げに、良ぃ~~い事を思い付いたぁ~! 次に、俺様意外に声を掛けられたら、息を止めろ。 後は~~、っと、そうだなぁ、一蓮托生にしてやろう! この部屋から俺様が居なくなった後、誰か1人でも部屋から出たら、同じように息を止めろ。 倒れるんじゃぁないぞぉ~~? 立ったままだ!! 立ったまま息を止めて、もだえ苦しめぇっ!! ぶふっ、中々良い条件じゃないかぁ~~? 面白くなりそうだぁ!! 残念でならないよ、その場面を直に見られなくってなぁっ!!!』

至極愉快そうに、少年は命令を口にした。
少女のみならず、この部屋に居合わせた者全員を縛る命令を。

恐怖に駆られ、巻き込まれたくないと逃げ出そうとした数人の少年が出入り口へ直走る。
しかし、その願いは叶わなかった。

同じような金属製の装飾品を首元に付けられた、侍従服を纏った男に、阻まれたせいだ。
それは先程まで、少女を拘束していた男と同一人物だった。

少年は、その男に何の言葉もかけていなかった。
少女への命令しか口にしていなかった、そのはずだった。

声に出さなくても、命令できる…?

そんな最悪の考えが、頭に浮かぶ。
それでは、無理ではないか、この少年がいる限り、否、居なくなっても。
この部屋から、逃れることはもうかなわない。

絶望が、この部屋の中を支配した。

『あぁ、そこの女は、随分のどが渇いてたようだなぁ、そら、くれてやる。 しかし、その顔も見飽きたなぁ、首輪が見えても面倒だ、顔を隠してろ、ずっとなぁ!』

バシャッ…。
カンッ、コッ、コロコロロ………。

少女のドレス目掛けて、コップの中身をぶち撒け、空になったコップを無造作に床へ投げ捨てる。
それから、心底厭わしそうに顔を背けつつ、暴言を吐き、背を向けて出入り口に向かって歩き出す。

言われた通り、少女の両手が彼女の意志に反して顔へと伸びる。
手に覆い隠される前に見えた少女の顔はくしゃりと歪み、頬は幾筋も流れた涙で濡れそぼっていた。

出入り口の手前で、くるりと振り返り、部屋の中をぐるりと見回してから、最後の捨て台詞を大音声で宣った。

『じゃあなぁ、精々、楽しんでくれよ。 余興としては、まぁ、余り目新しさは無いが…、ない頭を捻って、頑張って盛り上げてくれ。 ぶはっ、ぶははっ、ぶっひゃっひゃっひゃっひゃぁ~~~っ!!!』

不快な笑い声の残響を残して、ゆったりとした足取りで部屋を後にする集団の背を、幾対もの視線が刺すように睨めつける。
そんな視線を気にも留めず、出入り口の向こうに姿を消した。

去り際に、隷属させた従僕に対して『お前はどっか人目につかないところで、頭でも打って気絶してろ。』と言い置いていた。

従僕は、コクリと言葉無く頷き、同じように部屋を後にして、集団とは別方向へと姿を消した。


★★☆☆★★


 コレが、今回の騒動のあらましだ。
想像以上に、酷い。
と言うか、何でそんな問題児が招待されていたのか、そこから疑問が湧く。

お父様が、そんな危険人物を招き入れる訳が無い。
一見無害そうなレスター君にさえ、大人気ない牽制を惜しげもなく振る舞った、あのお父様が。

「ヒュー、なまえ…ながいなまえ、なんでしゅか?」

「私は、全然わからなくて…、子爵家でも、ほとんど家名を把握できておりません、申し訳、ありません。」

しゅん…、と項垂れるさまが、耳が垂れた仔犬にしか見えない。
慌てて、励ますために必死にフォローする。

「んーーん! メイヴィシュお姉ちゃん、わるくない! ゴメン、しないで良い!! あぃがとぅ、おはなし、してくぇて。 お姉ちゃん、イイこ、イイこっ!!!」

「……っ、ライリエル、様っ! ありがとう、ございます……。 うぅっ、ふぇっ、……えぇっ、……っ!! ぐすっ、ずびっ、ずびびっ! んんっ!! 泣きまぜん、もう、大丈夫です!!! ライリエル様が、助けて下さったから、もう大丈夫、ですっ!!!」

令嬢として心配になるほど潔く堂々と鼻をすするメイヴィス嬢に、なんだか不思議とトキメイてしまった。
その後に見せてくれた、泣き笑いにも、キュンとさせられる。

愛い奴っ!!!

もう好感度は爆上げ、本日の瞬間最高トキメキ率を随時更新中だった。


 うふふふふっ。
お互いが、お互いの顔面の良さにニッコニコと微笑み合っている異様な空気の中、そんな異常の発生源の2人に声を掛けるツワモノが2人。

「メイ、ちょっといいかしら?」
「あのピンクッ髪、伯爵家じゃないみたいなの!!」

赤毛のそばかす少女と、小麦色の髪のセンター分け少女の2人だ。
同時に話しかけてくるのは、何故なのか。

もしやこの2人、先程の話に出てきた、メイヴィス嬢の友人2人だろうか?
そういえば、魔導具の破壊が成功してから、メイヴィス嬢を介抱していたのもこの2人だった、ような?

「お、落ち着いて、2人とも! 1人ずつ、ゆっくり、話して?」

宥めるように、ゆっくり言葉を区切って友人に促し語りかける。

「超問題児だったのよ、あいつら! 騙してたのよ!! 詐欺師だわ、信じらんないっ!!!」
「今は落ちぶれて子爵家にかろうじて引っかかってる身分のくせに、ここでは伯爵家だって威張り散らしてたのよっ!!」

まったくメイヴィスの話は2人の少女の耳には届いてなかった。
しかし、大体同じ内容を訴えていた。
例の悪ガキ集団の、ボスザル的人物、その背景。

「ウソ、ついてたでしゅか? ヒューなんとかしゃんは?」

気になったことを聞いてみる。
幼児語を、理解してもらえるか、内心ドッキドキだった。

「…! そうなんです、大嘘つきだったんですぅっ!」
「ヒューシャホッグ・アンジェロン、だそうです。 あのぶ………、子爵家令息は!」

また何か、言いかけたなぁ、『ぶ………』は何を言いかけていたのか、凄く気になる。

それに、アンジェロン…子爵家……。
何か、引っかかる、家名が凄く、聞き覚えがある。
今日何回目かの引っ掛かり。
でもすぐにわからないのが、なんともじれったい。

疑問を晴らしたくて、考え込む私の背後に迫る小柄な人影。
私以外の令嬢3人は、その背後の人物を見て、顔を真っ赤に染め上げ、あわあわと慌てふためき出した。

相手の視線で、誰を目当てに近寄ってきたのか察した3人は、しかし、言語機能が上手く作動しなくなっていた。
ライリエルに声をかけようとしても、かけられなかった。

「あうぅっ、あいあうっ、あばぁ~~~っ!!」

かけたが、こんな具合だったので、当のライリエルは全く気づけなかった。
その間にも、背後の人物は構わず歩を進める。

「アンジェ…ロン、ししゃく、………きになりゅ……。」

「アンジェロン子爵家の、誰が気になるのです…?」

独り言ちて呟いた言葉を、しっかり聞き咎められた。
言葉の響きに込められた冷たさに、背筋にゾゾゾッと怖気が走る。

恐る恐る、振り返ると、そこには……。
果たして、予想通りの人物が居た。
仔犬の擬態を剥ぎ、狂犬を全面に押し出した、公爵家の若き貴公子、レスター・デ・オーヴェテルネルが不穏な空気を纏わせて佇んでいた。


☆☆☆★★★☆☆☆


「いぃぃぃっっっってぇぇええぇぇ~~~っっっ!!!」

「「 ヒュー様?! 」」
「どうされたんですか?!」
「一体全体、コレはどういう…!?」

突如、右腕をブルブルと震わせて、激しく痛みを訴えだした“ヒュー様”、改め、ヒューシャホッグ・アンジェロン元伯爵家、現子爵家の令息。

取り巻きの声も聴こえないほど、激しい痛みに襲われている。
指輪をはめている中指は、指輪を中心に青紫色に変色している。

ギリギリと、指輪が中指の余分な肉に深く喰い込む。
このまま食い千切られてしまうかと、心配になるほど、容赦なく締め上げられる。

 ーー何で、こんないってぇんだぁあっ?! 有り得ねぇえ!! こんな事、あるわけがねぇっ!! あの魔導具が壊されるなんて、ガキどもしか来ねぇ部屋で、一体誰が、壊せるっていうんだぁあっっ!!!ーー


 自分の身に起こっている現象の原因に、心当たりがある、だが、信じたくはない。
魔導具が解除ではなく、破壊された場合に術者には相応の反動が返ってくる。

そんな事をできる人物が居るとしたら、間違いなく、この公爵家の人間だ。

長男のアルヴェイン・デ・フォコンペレーラ、その名は社交界でも有名だ。
若干10歳ながら、王国魔術師団入り間違いなしと目される、将来有望の魔導師候補。

 ーー俺様の悪戯が、公爵家の人間に、バレた…。 不味い、不味過ぎるっ! 何とかして、逃げ切らねぇとっ!! 他の悪事もバレたら不味いっ!!!ーー

当たり前だが、この公爵家の末娘の誕生日パーティーに、正式に招待されては居ない。
世間の噂は正しく、アンジェロン子爵家の実情を捉えていた。
公爵家独自でも、各貴族家の実情を調べてもいるので、間違いなどあろうはずもない。

そんな評判の悪い子爵家に、招待状など出されるはずもなく。
だから、奪ったのだ。
同じ子爵家の、こちらに逆らえない気の弱い連中を脅しつけて、譲渡したくなるよう仕向けた。

そして認識阻害の魔法を仕込んだ魔導具で、入場の際に、受付の従僕の目を晦まし、まんまと紛れ込んだ。

 ーー仕方ない、このトロイ連中を囮にして、逃げるとするかぁ…。 今回は、収穫がなかったなぁ。 まぁ良い。 また違う場所で、遊んでやるさ。ーー

とかげの尻尾切りを敢行しようと目論んだ矢先、背後から予期せぬ人物から声がかかる。

「貴方が、ヒューシャホッグ・アンジェロン…子爵家のご子息、ですの?」

幼い声で流暢・・に話しかけてきた相手の顔を見て、ニタリ…、と粘っこい笑みを浮かべて、舌舐めずりする。
肩の上で緩く波打つ薄水色を刷いた銀髪に、小さな顔の輪郭の中に美しく配置された顔のパーツ達。
そして、煌めくラピスラズリの瞳が、何とも魅力的だ。

幼すぎるが、将来性は抜群のダイヤの原石だ。
極上の獲物が、自らこちらに無防備に近づいてきた。
この機を逃す、馬鹿ではない。

「えぇ、そうです。 が、ヒューシャホッグ・アンジェロンです。 貴方のお名前は? 小さなレディ。」

気色の悪い猫なで声を出し恭しく頭を下げ、少女の手を取り口づけようとした。
しかし、それは叶わなかった。

伸ばされた手を、容赦なく、払い飛ばされたからだ。
まるで、汚物でも見るような、侮蔑と嫌悪を宿した、燃えさかる怒気をその瑠璃色の瞳に滾らせた、儚げな美少女。
ライリエル・デ・フォコンペレーラによって。
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