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第二章 第三節 出会い(2)
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宴の当日。言い方の割に小規模な開催となった『火山討伐会の宴』には、5人の人間が集まった。それぞれ村長、付き添いの巫女2人、キトリ、そしてマイト。誰もが皆「どうしてこんなに人が少ないんだろう」と疑問に思っていた。もちろん原因は『村長が誘っていない』からである。というかそもそも、目的からして大規模である必要はない。
宴というからには、豪華な食事が並ぶと思っていたキトリは、実際の現実にがっかりしていた。対してマイトはそこまで期待していなかったからか、特に文句も垂れずに大人しくしている。今、この石製の丸い台に並ぶ食事は、もはや菓子の形相だったから。袋穀物の種子を甘辛く煮た食べ物で、別名『太るための菓子』とさえ呼ばれる代物。それがこれまた丸い器に、山のように。それでもキトリは、「私たちのために用意されたから」と、好きな味ではないが、手をつけている。
対して、マイトは一生懸命に咀嚼するキトリの、歯茎から発される乾いた音に夢中だ。菓子には手をつけず、耳の近くで貪る女性を観察している。
誰も。話好きな巫女でさえ、誰も何も言わないで、1時間が経過した。
時々、キトリが茶を啜るが、誰も何も言わないで、茶を注ぎ、菓子の残りを継ぎ足していく。まるでキトリを太らせるための宴だったように。考えが外れたのか、村長はうなだれては、夜空に頭を浸している。なぜ会話が発展しないか、なぜ誰も話さないのか、そもそも宴である必要はあったのか。心配は考えるに絶えない。だから村長は、状況を打破しようと試みた。
「皆様、と言っても来賓の方々……少しは、お話してみてはいかがでしょうか? 相手の良いところ探しも、さぞ楽しいと存じますが……」
打破しようと、試みただけであった。キトリの咀嚼音以外、何も聞こえない広場では、村長の通りの良い声も消え失せてしまう。風のように。反村長の巫女が何か、指図したわけでもなく、ただ本当に『あるべき姿』として、この広場は存在した。誰も意図したわけではない。誰もなろうとして、静かになったわけでもない。本当に、ただ誰もが静かにしていて、会話も何もない。静寂の闇の中に響く音は、キトリの咀嚼音だけ。
そして、一言も発されない宴は終わり、全員が『この会は何だったんだろう』と思いながら、帰路に入った。ただ、種は蒔かれた。村長の意図は現実となった。
マイトは、キトリを気にかけている。はっきりとした音を立てて、予感が反映されている。これは恋かもしれない。しかし、確証はない。キトリに自覚はなかったとしても、マイトは確かに、キトリに惚れた。惚れてしまった。話したい。話してみたい。近づいて、声を聞いて。心臓の音も聞いてみたい。ここまでの勢いの感情を持つ日は、マイトにとっては生まれて初めての経験だ。だから、話しかける決意をした。
「え、あの? 何か私に、用がありますか?」
「用と言うか……これは、用なのか……?」
「いや、用件があるなら言ってくださいよ。用件のない男の人って、怖いんです……」
「すまない……」
実のところ、キトリもマイトも人見知りなのである。そして、攻撃性が内に向く方がキトリで、外に向く方がマイト。付き合うなら、非常に相性の良い相手同士だ。しかし、双方とも人見知りが故に、人付き合いを失敗してきている。今でさえ。
マイトは考える。宇宙の反対側へ行くような、感覚で。考えた末に、ある話題を出そうと考えた。そう『お前に弓の扱いを教えた人物は、俺だ』と。そして、滑らかに自己紹介までたどり着いてやろう、と。理論があるならば、実践がある。
「……用件を思い出した、短い話だが。聞いてくれるか?」
「ええ……短いなら。どれだけ短いか、まだわからないですけど、聞きますよ」
承諾を得たから。あとは走るだけ、と、マイトは助走を始める。
「お前。弓を使っていただろ?」
「はい、私は弓を使っています」
「……誰かに教えられたか?」
「ええ、少し口の悪い、けれども奥深さに優しさをたたえた、男性が教えてくださいました」
いきなりの褒め言葉に、マイトは悶絶しかかる。しかし、自分を強く持って。気絶しそうなほどの快楽の渦に負けずに。もう一度口を開く。
「それ、実は俺だ。カルライン=マイト。悪い噂ならいっぱい聞いただろう? ……驚いたか?」
マイトが自分の名前を口にした瞬間、キトリは頭を抱えてしゃがみ込んで、
「えっ……嘘、嘘だ……あんな殺人鬼、殺人犯、精神異常者、人権軽視、神よりも人間を殺した男、一日で百人葬る男、人類悪、世界の悪の塊、布に覆われた災い、生ける厄、いずれ廃棄される概念、糞野郎、殺した人間をさらに殺す男、足音を聞いただけで殺してくる男、人間食べ、人間飲み、人殺し、世紀末の人間、この世で一番恨みを買っている男、墓を破壊する男、津波、火事、雷、噴火、落石、台風、地震、悪竜、偽物の神、月の裏側を笑う男、絞首刑を喜劇のように過ごす男、隔離したほうがいい人間第一位、自然現象にすら裁かれない男、神ですら救わない男、恐怖、神が残した染料の溜まり、この世の悪、肉と血で出来た殺戮兵器、大虐殺において期待を裏切らない男、人力戦車(燃料は人間)、人でなし、と言われているあのカルライン=マイトが、私に弓矢を教えて……!? 今夜襲われるに違いない! 私、帰る! どうせ言っても無駄だと思うんですけど、ついて来ないでください!」
あらゆる罵倒をありのままに吐かれた上に、帰られてしまった。後には心折れたマイトが残され、『ここまでひどい噂をした村人どもを、生かしてはおけぬ』と考えるに至った。
(編集後記;この『あらゆる罵倒』は、当時のラヴァラサ村の語彙力や風俗といった、文化的資本が垣間見えるものとなっている)
宴というからには、豪華な食事が並ぶと思っていたキトリは、実際の現実にがっかりしていた。対してマイトはそこまで期待していなかったからか、特に文句も垂れずに大人しくしている。今、この石製の丸い台に並ぶ食事は、もはや菓子の形相だったから。袋穀物の種子を甘辛く煮た食べ物で、別名『太るための菓子』とさえ呼ばれる代物。それがこれまた丸い器に、山のように。それでもキトリは、「私たちのために用意されたから」と、好きな味ではないが、手をつけている。
対して、マイトは一生懸命に咀嚼するキトリの、歯茎から発される乾いた音に夢中だ。菓子には手をつけず、耳の近くで貪る女性を観察している。
誰も。話好きな巫女でさえ、誰も何も言わないで、1時間が経過した。
時々、キトリが茶を啜るが、誰も何も言わないで、茶を注ぎ、菓子の残りを継ぎ足していく。まるでキトリを太らせるための宴だったように。考えが外れたのか、村長はうなだれては、夜空に頭を浸している。なぜ会話が発展しないか、なぜ誰も話さないのか、そもそも宴である必要はあったのか。心配は考えるに絶えない。だから村長は、状況を打破しようと試みた。
「皆様、と言っても来賓の方々……少しは、お話してみてはいかがでしょうか? 相手の良いところ探しも、さぞ楽しいと存じますが……」
打破しようと、試みただけであった。キトリの咀嚼音以外、何も聞こえない広場では、村長の通りの良い声も消え失せてしまう。風のように。反村長の巫女が何か、指図したわけでもなく、ただ本当に『あるべき姿』として、この広場は存在した。誰も意図したわけではない。誰もなろうとして、静かになったわけでもない。本当に、ただ誰もが静かにしていて、会話も何もない。静寂の闇の中に響く音は、キトリの咀嚼音だけ。
そして、一言も発されない宴は終わり、全員が『この会は何だったんだろう』と思いながら、帰路に入った。ただ、種は蒔かれた。村長の意図は現実となった。
マイトは、キトリを気にかけている。はっきりとした音を立てて、予感が反映されている。これは恋かもしれない。しかし、確証はない。キトリに自覚はなかったとしても、マイトは確かに、キトリに惚れた。惚れてしまった。話したい。話してみたい。近づいて、声を聞いて。心臓の音も聞いてみたい。ここまでの勢いの感情を持つ日は、マイトにとっては生まれて初めての経験だ。だから、話しかける決意をした。
「え、あの? 何か私に、用がありますか?」
「用と言うか……これは、用なのか……?」
「いや、用件があるなら言ってくださいよ。用件のない男の人って、怖いんです……」
「すまない……」
実のところ、キトリもマイトも人見知りなのである。そして、攻撃性が内に向く方がキトリで、外に向く方がマイト。付き合うなら、非常に相性の良い相手同士だ。しかし、双方とも人見知りが故に、人付き合いを失敗してきている。今でさえ。
マイトは考える。宇宙の反対側へ行くような、感覚で。考えた末に、ある話題を出そうと考えた。そう『お前に弓の扱いを教えた人物は、俺だ』と。そして、滑らかに自己紹介までたどり着いてやろう、と。理論があるならば、実践がある。
「……用件を思い出した、短い話だが。聞いてくれるか?」
「ええ……短いなら。どれだけ短いか、まだわからないですけど、聞きますよ」
承諾を得たから。あとは走るだけ、と、マイトは助走を始める。
「お前。弓を使っていただろ?」
「はい、私は弓を使っています」
「……誰かに教えられたか?」
「ええ、少し口の悪い、けれども奥深さに優しさをたたえた、男性が教えてくださいました」
いきなりの褒め言葉に、マイトは悶絶しかかる。しかし、自分を強く持って。気絶しそうなほどの快楽の渦に負けずに。もう一度口を開く。
「それ、実は俺だ。カルライン=マイト。悪い噂ならいっぱい聞いただろう? ……驚いたか?」
マイトが自分の名前を口にした瞬間、キトリは頭を抱えてしゃがみ込んで、
「えっ……嘘、嘘だ……あんな殺人鬼、殺人犯、精神異常者、人権軽視、神よりも人間を殺した男、一日で百人葬る男、人類悪、世界の悪の塊、布に覆われた災い、生ける厄、いずれ廃棄される概念、糞野郎、殺した人間をさらに殺す男、足音を聞いただけで殺してくる男、人間食べ、人間飲み、人殺し、世紀末の人間、この世で一番恨みを買っている男、墓を破壊する男、津波、火事、雷、噴火、落石、台風、地震、悪竜、偽物の神、月の裏側を笑う男、絞首刑を喜劇のように過ごす男、隔離したほうがいい人間第一位、自然現象にすら裁かれない男、神ですら救わない男、恐怖、神が残した染料の溜まり、この世の悪、肉と血で出来た殺戮兵器、大虐殺において期待を裏切らない男、人力戦車(燃料は人間)、人でなし、と言われているあのカルライン=マイトが、私に弓矢を教えて……!? 今夜襲われるに違いない! 私、帰る! どうせ言っても無駄だと思うんですけど、ついて来ないでください!」
あらゆる罵倒をありのままに吐かれた上に、帰られてしまった。後には心折れたマイトが残され、『ここまでひどい噂をした村人どもを、生かしてはおけぬ』と考えるに至った。
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