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第二章 第一節 キトリの練習風景(2)

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 突然、この世界で最も大きな化け物が口を開き、あくびをしたような音がした。何事か、と思ってキトリは周りの音を集める。たまたま練習場の近くを通りかかっていた人が腰を抜かして、騒ぎに乗じて普段聞かないような人間の数々の足音を聞いた。誰もが口を揃えて、音は違えども意味を同じくして、
「なにこれなにこれ!」
「びっくりした!」
「何が起こったの?」
と、驚愕を口にしていた。もちろん、キトリにもわからなかった。
 ついに自分の命中力不足から、死人を出してしまったか、と嘆くが、誰も悲しみを口にしていないから、もしかして……的の音を集め始める。粉々に砕け散っていて、破片も残っていない。その近くには、限界を迎えて折れた木と、破片になって散り散りになっただろう矢尻のかけら。偶然か、悪魔に好かれたか、ありえないが自分の実力だろうか……答えはすぐそばに立っている、話好きの巫女から聞いた。

「キトリちゃん!これ、キトリちゃんがやったんでしょ?明らかに当たってはいけないような場所を貫いて、それはもう必殺!
的になった繊維から、何もかも破壊されてるよ?
村長、あんなだけど、聞く耳はあるって証明になったね」

 やればできる。やればできるんだ。
 しかし、やればできるを通り越して、やろうとしても体は動かない。五体を地面に降ろしたまま、キトリは眠り始めてしまった。その場にいる全員が、キトリを起こさないように動いていた、と後世に伝えられている。もしくは、動かそうとしても、重すぎて動かなかったかもしれないが。事実は事実のまま、伝えておこう。

 次にキトリが音を聞いた時、寝室にいた。そばには心配そうな息を吐いている、話好きの巫女がいる。キトリが無事だと分かると、安心感を抱く巫女だが、ふと口元をしかめ、何かを悩んでいるように、唇が右往左往していた。言うべきか、言わないべきか。判断は巫女の元にある。自分を心配していた人が、逆に心配になったキトリは、口元に弧を描き、喉を震わせてみる。悩みに悩んで巫女は、口を出すと決めた。キトリは彼女の物々しい口から、声を聞いた。

「あのね、キトリちゃん……あまり、集中しすぎちゃいけないよ。さっきの倒れ方を察するに、そういう能力なんじゃないかな、って」
「能力?私に?」

 キトリは驚いて、巫女の次の言葉を待つ。

「能力ってやつはね、誰もが生まれつき持っている、当たり前の概念なの。
でも、中には自分の能力に気づかずに、あるいは使い所がわからないまま、死んでしまう人だっている。
キトリちゃんだって、私みたいな人に言われなきゃ、自分のすごさに気づかずに死んでいたかもしれないよ?」
「すごい?私が?馬鹿にしてませんか?」
「馬鹿になんかするわけないじゃない!みんな、誰もが個性の塊。
その個性を活かせる道を馬鹿にするなんて、悪魔にもできない所業でしょ。
一応私も開示しておくけど、今のキトリちゃんみたいに、他人の能力がわかる能力。これだけじゃ、すごさがわからないかもしれないね」

 それから、巫女は語り始めた。
 曰く、他者とのつながりも武器になる、人は一人では生きれない、助け合うためには自分を知る必要がある、自分を救える者にしか他人は救えない、と。どれも、神託を受けたような気持ちで、キトリは聞き、受け入れた。そして、肝心のキトリ自身の能力について、聞かなければならなかった。失念しそうになっていたからだ。

「で、私の能力は何ですか?」
「キトリちゃんはね……あんまり、具体的に語るわけにもいかないんだ。
何もかもを今ここで決めつけちゃうと、キトリちゃんが成長できなくなっちゃう。だから、今から話す内容だけ覚えて。
一本の線。目標。向かう。意志の星。身を焦がす。高温。
……つまりね、キトリちゃんは、やればできる。ただ、ちょっと体が頑張っちゃうのかな?自分の体の声を大事にしてね。
今日みたいに、地面で寝たらだめだよ」

 そう言って、巫女は持ってきた、蒸した袋穀物のどろどろとした料理━━その上に囲海藻が乗っている━━を、手持ち食器に咥えさせて、

「一番頑張ったキトリちゃんは、黙って看病されなきゃいけないよ?さあ、口を開けて。少し冷めてるし、味もそんなにないけど、まあ食べて」

 余分な情報を得た気がした。あまり気乗りはしないが、キトリは大きく口を開け、料理を受け入れる。小さい頃、父親にされた看病を思い出して、キトリは顔に熱が溜まった。決して愛されていなかったわけではない。それでも、いいや、だからこそ。恩を、何かしらの形で返したいと、キトリは寝台の中、静かに思う。
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