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第一章 第二節 カルライン=マイト(2)

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 手に取れる星の量にも限りがある。この両腕で抱ける命など知れている。
 強欲な触手が、愛にまで手を伸ばしたなら。すなわち、人類が堕落してしまう、と。
 思考する目にも似た、熱を放つ眼が、土地に根を張っている。
 這いずり回る。にじり寄ってくる。堕落の獣。月のない夜。定義のない世界。
 それが這い寄ってくる日が、いつかは知らずとも。

 ところで、外を出歩く足音は、男の姿をしていた。彼こそが、かのカルライン=マイトである。他の容姿や空想に関しては、さきほどのうわさの内容を繰り返していただければ幸いだが。次は彼の背後に回る。準備を。できていないならば、そのまま傍観の体制を。

 異群地の言語を話していた旅人の、衣装・子種・体液・皮、内臓まで剥いでいく。
 まずは油断していたところを背後から襲って、気を失わせる。それから作業場━━死に場に引きずり込んで、衣装を剥ぐ。衣装はそのまま屋根や家々を構築する素材となる。ここまでの過程で気を取り戻さなかったら、どのような手段を採用してでも。
 気を取り戻したところで、螺旋牛の腸を握って、股間の生殖用棒型臓器へと降ろす。生暖かい液体が、腸の中へ流れ込む。外から得られる子種を絞るのは、恵まれた土地から出たがらない人間のためだ。近親間生殖を防ぐためでもある。
 血液はもちろん、尿液、リンパ液、血漿まで搾り取る。
 皮は磔にして、そっとしておく。
 内臓のうち、肝臓を細切れにして、非常食にする。肝臓は甘味の貯め所である。飢える時も病める時も、常に肝臓から消費していく。それが人間だ。
 最後に残った人間の部位のうち、骨は村人のためにとっておき、名札は、攻め込んできたり、懐柔しようとしてくる異群地への警告のために。
 加工された人間の持ち物は、この村で病んだ人のために使われる。今となってはとてもじゃないが信じられない迷信であろうが、『病んだ部位と同じ所を口にすると、快復に向かう』といった内容のうわさ話が真実とされていた。殺された旅人にも家族はいただろうし、お守りの家族の肖像は、妻と娘がいた証明を果たした。しかし、関係がない。どのような身分であろうとも。浮浪者も。王族も。分け隔てなく、身体の残りかすまで搾り取って。

 誰もやりたがらない汚れ役を、マイトは買って出ている。彼はかつて、自分の母親を殺した。妹を死産して、泣き叫ぶ母親がうるさかったから。それが故に、この警告用死体の作成に携わるようになった。殺人に対して、友になれたかもしれない人間に対して、刃物を振るい・蜜壺に欲望を吐かせ・金属の匂いを撒き散らし・自分にもある部位を切り刻む行為は、もはや日常と化していた。何の感情も抱かない。かわいそうとも、ただ通り掛かっただけなのに、とも思わない。生きるためでもあるし、何より……マイトは、殺人行為が好きだった。

 さて、火山の頂上にいるとされる、かの少女を殺す件に関して。マイトに白羽の矢が立たないならば、世界が終わりを迎える合図だ。それほどまでに当然に、最早必然に、マイトは村長に呼ばれる日を迎えた。

「ああ、あの人が来たわ……ねえ長さま、彼はよした方がいいかも知れない……キトリちゃんだけで充分な気がしているし、何より……彼、怒らせると怖いから……」
「心配はいらない。彼の為に、この日のために。神の為と偽って、いろいろと集めておいたからな」
「その程度で収まるかしら!? 私の姉なんて、彼の好みの女性について聞いただけで、世話話の延長線ぐらいの感覚で聞いただけで、足をすりつぶされたのに! 今なんて……」
「心配いらない。神話によるならば、たくさんの人間を殺せる、という。彼にとっては良い報酬なんじゃないか?」
「いやいや……」

 マイトは、人間が嫌いだった。特にこのような、騒がしい人間は嫌いだった。今すぐにでも襲いかかってしまいたい。しかし衝動は抑えた。利用できる部分は残しておきたいからだ。わずかな利己的利益だけが、衝動を抑え込む。いびつさに、マイト自身も吐いてしまいそうになる。
 自分の足音を聞いただけで、人が倒れていく。ここまでいくと逆に爽快感すら覚える。自動的に無くなっていく人だかり。マイトはなめらかに村長の家に入り、

「……殺すぞ、うわさ話」

 と返す。うわさ話ではなく真実なのだが。
 あいさつではなく、最初に発した言葉が、脅しであった。それによって、村長は確信を得て、彼を……マイトを迎え入れた。

「おお、良かった。ちゃんと期日通り来てくれた。
大体の事情は知っているだろうか?」

 マイトには、ただ『たくさんの人を殺せる上に、三生困らぬ財産が手に入る』とだけ伝えられていた。長ったらしい話はどうでもよかった。説明だって無くていい。ただ、人を殺したい。その一心で、詳しい事情を跳ね除けて、嘘をつく。

「知っているさ、報酬は前払いか?」

 長は驚いた。事情など知っているはずがない。そうでなければ、キトリと出会い、話をしたか。しかし、キトリが話すだろうか。それに対して、マイトが欲求にもだえなかっただろうか。嘘だと気づいた。気づいたとしても、このまま事情を話すならば。付き添いの巫女に止められてしまうから、質問にだけ答える。

「ああ、前払いだ。引き受ければ来週の動き始めにでも、報酬が君の家に訪れる。最も、事故など起こさなければの話だが。安心してくれ、今回は確実に送られる」

 巫女は『あ、これはまずい』と思った。マイトに過去の話をする行為は、自殺行為と取られてもおかしくない。だから、彼の腰につけられている剣が抜かれる音を、警戒していた。しかし、マイトに動く気配はない。ならば、惨劇は起きないだろう。巫女は胸を撫で下ろして、もう一度警戒する。
 この村の運送は、だいたいどこかで事故が起きる。それに乗じてか、予定の日時に届かない案件は二日に一回はあるし、大幅に遅れに遅れて、一族の全員が次の代に移ってから届く案件すらある。過去、数日前に頼んだ鈍魚の酢漬けが一向に届かない件で、マイトが村にやってきた。大好物なのだという。それでいて、本来届くはずだった日時は、彼の誕生日であった。祝うための食物もなければ、祝ってくれる人もいない。それでマイトが怒って、村の老人を一人だけ選んで、山に登らせた事件があった。
 巫女は、かつての出来事に頭を使いながらも、肉体は依然として現在に置いていた。次の音を注意深く探る。意外にも、マイトは了承していた。

「了解した。村長、鍛錬の機会をくれないか?
今は、動く人間を斬らない日が多い。標的が動くならば、それに応じた鍛錬が必要だ。
刃も若干鈍っているから、砥石も採りに行く。それから……」

 殺人慣れした者特有の、羅列される必要事項を遮るように、

「うむ、うむ! もうよい! 作戦は迅速に、だ、期待しておるぞ!」

 村長はマイトを押し返すように、家の外まで押し出していった。

「で、長さま。何か、忘れてはいませんか?」
「今日のご飯はまだかのう?」
「いやいや、そうではなくて……訓練用の場所の! 券! ご飯なら動き終わりに食べたでしょうが!」
「あいつだから……顔は広いから、いけるんじゃないか?」
「悪い意味ですけどね!」

 ところで、二人もの候補者を出すにも理由があるのだが……前の周期から、火山灰の処理が難しくなり始めた。その理由は、前の前の周期の火山灰の処理が長引いたから。前の前の周期の火山灰の処理が長引いた原因は……それこそ、この文書が百万文字を超えて、すべての小説を合わせただけの量になるだけなので、単に『循環処理に回数を書かなかった』としておこう。
 これまでの火山灰が積み重なって、最早、この村の主産業を火山灰にし、あらゆる群地に売りつけていくほかない程、積み重なってしまった。火山灰の上では、いくら肥えた土地といえども、家はがたつく。人間もがたつく。体調すら音を立てて崩れる。このような土地でさえも、保っていられた文明とはいえ、崩壊の日は早足で駆けてきている。
 崩壊を防ぐ為に、まずは発生源を潰してしまおう、と賢い人間が呼び掛けた。それから、火山灰も積層する中、誰一人として成功した者はいなかった。誰一人として生きて帰ってこなかった。村一番の美大夫さえも。村一番の力持ちでさえも。あらゆる一番でさえ、達成できなかった。そこまで厄介ならば、別に住居を構えればよいだろう、と思われるだろうが、この時代において、安定した暮らしができる土地は、非常に神聖で、貴重だった。手放すなんて、考えもしなかっただろう。
 だからこそ、二人も選ばれたわけなのだが━━なぜそれが若い男女なのか、特に気にする様子もないマイトは、訓練をしようと思い立った。
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