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第二章 第二節 マイトの選んだ道(1)

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 さて、キトリの寝室の隣に、何故かマイトが泊まっている。何故かと言われるともちろん、例の殺人のためであるが。
 何がおかしいか、と問いを投げ、卵を投げる者もいるだろう。確かにその意見もうなずける。ここ、サーファン群地歴史研究会でも持ちきりの話題だからだ。実を言うと、この時期の宿泊所の利用記録が紛失しており、キトリの隣の寝室にマイトの寝室がある、程度の真実しかわからない。
 サーファン群地歴史研究会では、紛失した史料(※歴史的価値を持っている文書・絵画・彫刻など)の所持者・史料復元の資格を持つ者・とりあえず何か意見を言ってくれる者・何もしない者を募集している。
 報酬は特に用意されていないが、キトリとマイトの物語に終止符が打たれ、一般書籍として出版された暁には、初版の無料引き渡しと、印税(参加した人員で除算し、平等に配当される)があるため、ふるって参加していただけると幸いである。
 連絡方法は郵便番号663ー93387ー24、住所はプリエステ-ルイナモ群、シュタルピアッツァ県のレイリーディケ区、ハラン集合住宅の151号室。フィスタフィラお問い合わせ番地は5567ー256ー673。なお、当歴史研究会会長の名前を知らなくとも参加は可能である。歴史の一端を握るのは君達だ!
 (以上上記、想定されている人員が集まり次第、史料に差し替える)

 マイトは後ろめたさからか、隣のキトリとは全く話そうとしなかった。なりゆきであるとはいえ、仮にも異性の体だ。柔らかさすら味わってしまったとなれば、合わせる顔も、聞かせる声もない。そして彼女の名さえ、マイトは知らない。彼女がどのようにとらえるかによって、マイトの罪状が決定される。良くて無罪、悪ければ……悪くても死ぬくらいだ。しかし、マイトにとっては刑罰とか、今更どうでもよかった。むしろ、罰してほしいくらいだった。
 ところで、マイトは自分の人生など、どうとでもなれ、と感じていた。理由を問われれば、こう返さなければならない。『この世界にも、自身にも、すべてに存在価値はない』と、考えているからだ。もちろんそれが思い上がりであるという事実も、知っていた。誰も悲しむ者がいないから、誰も喜ぶ者がいないから……そのような環境による考えではない。マイトは自身の父母が生存していた時から、あるいは産まれてすぐに、この考えを持ち、この考えと仲良くなった。マイトにとってのはじめての友達は、存在の無意味さを説く、肉体のない思想家だった。マイトは非常によく覚えている……自身の母親が、マイトに生きる喜びを教えようと、様々な味の料理を作っていた。腐るようにひどく酸っぱく、ただれ死ぬようにひどく辛く、夢に溶けるようにひどく甘く、泥のようにひどく苦く……正直、生きた心地はしなかったし、余計に友達はうるさくなる一方。父親は普段、農耕をしており、家に帰ってくるならばもはや、人間が動いていい時間ではなかった。土を耕し疲れて、子供にひどく遊ばれたおもちゃのようになった父親が帰ってから、マイトは質問攻めを試みた。無論、聞くべき内容と言えば、自分の考えについてだ。

「世界はあっていい? なくても困らない?」
「お父さんにはわからないや。でも、もし世界がなくても困らないかもしれないね。
困るのはぼくたちだから、世界がなかったら、ぼくたちが生まれないから。」

一度は考えた、ありきたりの答え。マイトは少し苛ついて、次の質問を投げる。

「マイトはいてもいい? いなくても困らない?」
「何か変な考え吹き込まれてないか? おい、ミヤナ! マイトに変な料理食わせただろ!?」

 優しく答えていた父親は急変し、闇夜獣のような風貌で、マイトの母親……カルライン=ミヤナに靴を向けている。急に怒り出した父親をなだめようと、これまで作ってきた毒物(料理)を作り始める。それは逆効果となり、当たり前だが父親の怒りをさらに引き出す結果となった。

「本当に俺が作った野菜を使ったんだろうな!? 良い肉を、良い魚を使ったんだろうな!? お隣の廃棄物とか混ぜてないよな? 疑わしい……食材を集める一部始終から再現しろ! マイトに変な料理を食べさせるな!」
「別に良いじゃない! 過保護なんだから、あなたは! 甘やかしてばっかりじゃ立派な男にはならないでしょ? ……もしかしてあなた自身もそうなんじゃないの? 甘やかされて育ったから、良い経験になる料理を受け入れられないんだ!? ふーん、へぇー、そっかそっか」

 元はと言えば母親がもちろん悪いが、このときのマイトは何故か、『自分がこの世界に生まれたから、お父さんとお母さんがケンカしてしまったんだ』と考えた。ここで誰かが、哀れな認知の歪みに気づけていたならば、マイトも普通の男として、農耕をし、釣りをして、狩りをして生きていたはずなのに。誰も気づかなかったから。一番近くにいたはずの、母親でさえ対応を間違えたから。本当はそれだけが原因ではないかもしれないけれど、確実に積み重なったから、今がある。処刑人として、旅人のすべてを刈り取る存在として。マイトは家を出ようと決心するも、子供ゆえの諦めの悪さから、どうしても親元から離れられない。生きる価値などない、と考えていても、肉体は生存を求め続ける。むなしい循環に、身を委ねて育ってきた。
 そんな考えを持つ友達……いいや、考えに支配されて、どれだけの年月を生きてきただろうか。おそらく、人生のほとんどを持っていかれたと思う。あの思想家が話しかけてこなかった時間は、母親の腕の中で一日を終えるような、守られるべき存在であった頃しかない。きっとこれが、人生において求めるべき命題ではないだろうか、と考える時さえある。マイトは、全ての記憶を思い出さないために、記憶を持つ物体……人体を傷つけ続ける。

 ただ、マイトにとって、彼女……キトリとの出会いは、苦しい記憶と向き合う決心をさせるほど、重大で衝撃的な出来事だった。マイトが思うに、キトリは弓や武器を扱うよりも、河原で魚とたわむれている方がよっぽど似合っているはずなのに、不向きな戦いの道を選んで、動かない的に対して、落ち着けば当てられるような的に対してさえ、痛々しいほど真っ直ぐに、暴力的に矢を放っていたから。その結果、ただの一本も命中しなかったから。彼女には秘密がある。何か、大きな何かの器。マイトには、何故彼女を助けたのか、自分でも理由がわからないままだった。自分で選んだ行動なのに、まるで体に引きずられたように、戦いの知識も一緒に持ち込んでしまった。後悔と言っていいような感情、のように思えるが、マイトは意外とすっきりとした感情を持っていた。何か、心に欠けていた何かを取り戻したような、すっきりとした脳内だった。

 もしかすると、まだこの世界には、価値があるかもしれない。
 自分が知らなかっただけで、心を動かす何かは、どこにでもあるかもしれない。
 まだ自分は生きていていいかもしれない。ここにいていいかもしれない。
 まだ、世界には価値がある。

 そして、もしキトリが、彼女がマイト自身と同じく、村長に呼ばれて、殺人のための道具になるために、この訓練所に泊まっているならば。
 マイトは強く決断した。
 彼女に人を殺させたりしない。価値のある素敵な彼女が、キトリが、価値のない自身と、マイトと同じ地平線に立たせるわけにはいかない。美しい彼女の決意を守る。
 そして、火山を殺す者は、マイトだ。他の誰にも負けない。他の誰にも、彼女の美しい世界を穢させない。代わりにマイトが穢れれば、それで全てが丸く収まるなら。喜んで自身を血の海に浸して、生をあざ笑ってしまえるから。
 ただ、最近のマイトといえば、動かない人間相手に凌虐を行うのみで、実戦訓練をここ数年間していない。決意しておいてなんだが、今のマイトには誰も守れない。驚くほど冷静なマイトは、若干不適切な方法で、自身の刃を磨くと決めた。
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