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第一章 第三節 対照実験

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「にしても、長さま。どうして、二人の若者に頼もうと思ったんですか?
ふつう、こう言った物事は大人の内容ではありませんか?
彼と彼女には早すぎますよ、だって……」

 物憂げに長の元に来た巫が言い淀む。
 長が寝ているか、起きているかもわからない現在、下手に口数多く活動すれば、水分が枯渇する。話を聞かないならば、話す価値などないとでも、無言が証明するように。
 それとも、心配する必要などない、と、無言の長が証明しているか、どちらか。
 互いが互いの動向を探るうち、ふと、長が静寂を破る。

「お主は、『対照実験』という語を、知っておるか?」

 問いだった。
 いくらこの土地が僻地で、かつ奇妙なまじないが流行し、信じられていたとしても、最先端の場所では最先端の思考が為されている。丁度、対照実験という語が、最先端の思考回路だ。
 簡素に説明するならば、『ただ一つ、条件が違う個体を用いた実験』を指す言葉である。この集落に生きていたなら、三生ほど縁の無い概念だ。時代のうちにも置いていかれた赤子が、世界を知るには一生を使うように。知らずに生簀に追い込まれる鈍魚のように。そんな土地に生きている巫女だ。もしここで、下手に知っている振りをして、詳細を聞かれたなら、何も答えられないし、おそらく、ただ『知らない』と言うよりも恥ずかしい思いをするだろう、と判断した。

「いえ、知らないです」

 無知を指摘されたとしても、知らないんだから仕方がない。と割り切った。
 そして次の言葉は、無知なる巫女を叱るわけでは無く、簡潔に説明するのみであった。

 説明を聞いてから、巫女はある疑惑を抱いた。『長は、あの二人で何を行うか』と。まるで聞こえない音に睨まれたかのような、冷や汗をかいた。すべてを説明して欲しいぐらいだった。けれども、聞いた結果後悔したなら、自分の負けだと考えた。
 巫女はただ、長の言葉を待ち続けた。

「つまりは、かの二人を実験台にした……人聞きの悪い例えだな。彼らには性別の違いはあるが、他の条件……筋肉量や背丈、生殖腺の活発さなどは同じだ。男女の区別などないだろう、あの年ならば。
ならば、違う条件とは何か。
……答えは、『殺人を行えるか』だ」

 今回こそ、噴火を止める気だ。巫女は確信した。その確信が、キトリとマイトに降りかかっていく幻覚を、巫女は善しとしなかった。しかし、降りかかる真実が止まる時はない。
 さながら、雨のように。不吉な予感が、破滅の予感が、巫女を支配していた。
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