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土増園江
青い血の呪縛 2
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2011/04/06
新学年になって、クラスが変わった。
俺は体が弱いのか強いのかわからないが、しかし、一応はこうやって
普通学級に入れたのだ。一応、下の方に養護学級はあるけれど、
こちらでの勉強の難しさを見るに、少しあこがれを抱いてしまったのだ。
小学三年生。
お医者さんからは、この年まで生きれるのはすごいことだと、感心していた。
お母さんは、何もなく健やかに育ってほしい(のに)、と言っていた。
その言葉にどれだけの意味が込められているのか、察するのは容易だった。
小学校に上がってから、健康診断に対しては嫌悪しか抱かない。
内科検診では事情を知らない医師たちに毎回注意されたり、毎回不健康だと言われたり、
果てには虐待まで疑われてしまった。これは去年12月ごろのサッカーの授業でできたアザなんだけど……。
今年も行われるのか、と思うと、非常に不愉快な気分になるのだ。
始まって早々気分が悪い。あっ、検尿は普通に大丈夫だったから、それは別に。面倒だけれど。
あとぎょう虫検査も大丈夫だった。なんでシモばっかり平気なんだろう。
「呼ばれたら『はい』と言ってくださいねー、
1番、阿形幸助君 2番………
9番、土増園江君」
はい、と大声で返事する。近くの気の弱い女の子たちは、びっくりして縮こまってしまった。
ちょっと悪かったな、という気分になり、俺も縮こまっていった。
それからは特にとどこおりもなく、20番の綿並君や、17番の山部さんまで点呼が終わった。
綿並君のところで、すこしぞわっとするような感覚がしたのは
おそらく、とどこおりには入らないはずだ。
2011/04/08
今日で待ちに待った土日がやってくる。俺は純粋に嬉しかった。
特にそういうこと(1年前、屋上から飛び降りそうになるレベルのいじめを受けている先輩がいたらしい)ではないんだけれども。
体育の時間では盛りの付いた女の子たちが俺を心配してくるし、男子は、先生呼んであとは自分たちでやってたりとか。
俺がいたときよりも楽しそうにドッジボールしやがって、と思うこともあった。そこに恨むのはもうやめだ、やめ。
給食の後の授業。国語なのだけれども、給食の後はとにかく眠い。
寝不足気味な男子が、机に伏せていて、それを先生は怒ることもなく、そのままにしている。
誰か起こしてやれよ、とも思った。
寝ている奴は他にはいないのか、と思って周りを見ると、2、3人いるばかりで、それといって寝ているようなやつはいなかった。
後ろの方の、本当に真後ろの方で、教科書を真面目に読んでいる……と思ったら別の本を挟んで読んでいる男子がいた。
確か、そいつは「綿並 義人(わたならべ よしと)」って名前だったような。業後に話しかけてみようと思った。
退屈な授業が終わった。俺は気になる男子に声をかけに行く。
「こんにちは……土増です」
「どうも……綿並です」
最初はだいたいこんなものだった。
2011/06/28
あれから2ヵ月と20日が経って、俺と義人は仲が良くなった。
お互いの家の電話番号も知って、休日、それも日曜日に一緒に遊んだりなどした。
まあ遊びと言っても、紙飛行機飛ばして遊ぶ程度の。それも公園で。
義人と遊んだ中で、一番面白かったのは、占星術で、たくさん惑星があるやつ?をやったことだ。
義人の家のパソコンで、そのサイトを開いて、俺が生年月日を入力して、カチッとエンターを押したら、
丸の中にいろいろな記号が出て、頭がこんがらがって。義人は手持ちの本を開いて、
「太陽が蠍座にあるから、まあ面倒くさい感じ?でも園江君そんな感じしないよね
月の蟹座は見ていると当たっている感じだよね、園江君は調整っていうより行動かな?
あとは、あとは……」
ほとんど当たっていなくてイライラしてきたので、じゃあお前も入力してみろ、と。
「太陽のてんびん座、ぼくってそんなに優柔不断かな?それ以外は本当に園江君と同じだね!」
占いの結果よりも、義人が東京都生まれであることに驚いた。わざわざ田舎へ何の用で来たんだろうと思った。
「田舎の方が古い本一杯売ってるから好きでさあ」
という返答にも驚いたものだ。
席も変わって、俺と義人は席が近くなった。手を伸ばせば肩に手がかかるくらいには。
義人が近眼気味ということも手伝って、前の方に行ったというのもあって、
俺も少し視力が悪くなって、前の方に行ったから、タイミングが合わさってよかったように思った。
「また日曜日遊ぼうよ、オカルトに強い先輩教えてあげる!」
もうオカルトはいいんだ。お前は何を目指しているんだ、となって、断ろうとしたが、
「今度こそ当たるかもしれないよ」という言葉に押されて、つい了承してしまった。
お前の影響で若干はホロスコープ読めるようになってしまったしアスペクトの角度で色々違ってたり、
月がアスペクトを形成していない時をボイドタイムと呼ぶとか、余計な知識が芽生えてしまったんだよ!
新月の時に願い事をする習慣も教えられたし!水星の逆行とかあって、なんか効果が逆になったりとか!
そんなことより九九の式の覚え方を教えてほしい。7の段がいまだに覚えられていない。
奇数とか偶数とかよくわからないし、奇数同士をかけて偶数とか頭ごっちゃになるやつだし。
義人に色々教えてもらうと、すんなり頭に入ってくるのに、なんで先生の授業は頭に入らないんだろう。
俺は占いよりも九九の計算式が知りたいだけなんだ。次の算数のテストが危ういし……
「言っとくけど、占いが当たるかどうかじゃなくて、それが君に当てはまるかどうかってだけだよ?
本当の自分なんてそのうち見つかるんだからさ」
そういうのどうでもいいから九九の計算式を教えてほしいんだ。ぶっちゃけ7の段や8の段が一番嫌い。
2011/07/02
そして運命の日曜日がやってきた。
俺の家のインターホンが鳴る。手荷物を確認する。
計算ドリル、算数のノート、薄い電卓、筆箱、財布(1000円)、義人に印刷してもらったホロスコープのシート。
それらを近所のおばあさんが繕ってくれた手提げに入れ、持ち、玄関を開ける。
「やあ!」
義人だ。待ち構えでもしていたのか。
俺はもう占いに興味がないから、九九の方を教えてくれ、と頼む、が。
反応は宜しくなく、「ぼくも全然計算できないから安心して!」と言われた。
そうじゃない。俺はただ単に勉強したいだけなんだ・・・
そしてその様子だとテストが危ういんじゃなかろうか、と聞いてみるも、
「特に困りはしないけど?」と返され、呆れて言葉が出てこない。
無言のまま外出した。
しかし今日は曇りである。日は陰りを見せ、雲の隙間に隠れている。
雲の切れ目から覗く光と、雲を通り越して包み込むような柔らかい光からは想像できないほどの暑さで、下着が汗で沁み始めている。
義人に了承を得て、自動販売機に寄った。お小遣いの1000円を自動販売機に食わせると、スポーツドリンクの注文ができるようになった。おつりは850円。小銭は増えたが、もはやこれは1000円ではない。
単純な物としての数量を優先すべきか、それとも人間の付加した金銭としての価値を優先すべきか、決めることのできない中、財布におつりを入れた。
極端なことに、周りの空気とは違って、このペットボトル飲料……、いいやスポーツドリンクという内容物は、非常に冷えていた。夏は暑い。
「歩き飲みはマナーが悪くみられるよ?
ほら、お天道様もそう思ってる」
「雲隠れしてるだろ……」
「そういえば、先輩は女の子だよ、裸踊りさせれば晴れるんじゃないかな?
そしたら迂闊に歩き飲みできないね!」
「普通に犯罪じゃないか」
このような、他愛もありそうでなくて少しある、会話をしているうちに、
義人は一棟のマンションの方へ向かった。俺はその後を追いかけた。
『コーポハイツ綿津実見』。その中は涼しく、1階にインターホンがあり、お好みの部屋番号(3けた)を入力すると、そこの住人とやり取りができる画期的なシステムがある。新しめのマンションだろう、床がきれいだ。
義人は軽い指さばきで「6、0、3」と打つと、すぐに反応が返ってくる。
「綿並君来たの?例のやばそうな青血くんも?」
「そっちにまで広がってたんすか?噂」
「ホロスコープで大体のことはわかると思うけどさあ?
結果が全く当たりゃしないって、これはあたしの出番て感じね」
「榊原先輩お願いします!」
エレベーターが故障中だった。榊原先輩、と呼ばれた女性の声が妙に恐ろしく聞こえた。
出口はどこだ。約束を放棄して帰りたい。お父さんに算数を教えてもらいたい、けれども休日出勤で俺の声は届かない。どうせ帰ってくるのは遅くなる。
階段はどこだ。なぜエレベーターが故障している、これでは6階に上がるのがしんどくなってしまうだろ、早く直せよ管理人。故障しているのが空調設備だけだとしても、エレベーターそのものを封鎖する必要はないはずだ……あれ?
「榊原先輩の圧迫卜占からは逃れらんないよ?」
「真実味を帯びてきたぞ……」
行きたくないが体が勝手に歩いていく。歩いているという感覚はあるし、夏の暑さも、汗が熱を奪っていくのも、ありありと感じられるのに、体が意志するところを為さない。先輩の仕業ではない。俺の中の、真実を求めているところがそうさせたのだろう。奥底では暴かれることを望んでいるのかもしれない。
「踊り場とかでなら飲んでも怒られないよ」と声をかける義人を尻目に、俺の服を着た裸体は階段を上る。
ようやく6階に辿り着くと、体は意志するところを為すようになった。帰りたいという気持ちは隠れていった。
扉の鍵は開いており、中は薄暗い。エアコンが利いて涼しいのはいいのだが、少し寒いぐらいだ。
洗面所からはかすかなバラのにおいがし、居間に至る廊下ののれんは夜明けを思わせる色をしていた。大きなテーブルが位置し、暗さのせいで色は解らないが、黒色のテーブルクロスがかけられており、そこにいくつかのカードのセットが置いてある。傍らには白い石がいくつかと、アロマキャンドル。
アロマキャンドルはどこか柔らかく、母親を思わせる優しい香りがし、ここまで来た俺の緊張をほぐしてくれるような感じだった。炎の色もどことなく柔らかく見える。
「やあ、青血くん!あたしは榊原 委奈(さかきばら いな) 早速だけど、」
柔らかい光に照らされた榊原先輩は、時期に似合わない長袖をめくる。包帯がある。
包帯を一部剥がして、どこかから出したカッターナイフを腕に入れる。押し殺すような声と、歯を噛む音。
少しの間を置いた。俺は目をそらした。
「ほら、あたしも仲間だよ!」
そうして彼女は自分の、まさに顔を出した血液を見せつけた。しかし様子が違う。少し濁った黄色のような色をしていた。
これまで何度も、誰もが赤い血液で、それが普通で、俺は青い血液だから、それが異常だから、と言われてきて、俺自身それを常識に思っていたし、どうにかならないのかとお医者さんも探してくださっていたのだ。その常識が今、打ち砕かれた。
一通り見せつけられ、ようやく包帯が巻かれ直される。それが長袖に隠れると、俺たちはようやく椅子にありつけることになった。立ちっぱなしだとそのうち慣れてくるけど、座った時が一番気持ちいい。
先輩は俺の目を見て、見ながら、傍らのカードをシャッフルし始める。
全部で4枚を、78枚の中から出すと、先輩は「君がめくるんだよ」と言って、手を止めた。
最初に、一番左。『ワンドの10』。
「これは過去に起こったこと。何らかの負担が強いられている、もしくはいたのかな?今もその影響は続いているように思うよ?でもこれは園江くんが悪いからじゃない、そういう運命の上にあったし、ただ持っているだけだよ」
次、『カップの4』。
「これは今の園江くんだね、何かに満足してないのかな?後でそのバッグの中身を見せてよ、君のやりたいことは確かにその中に入っているけれどもね、タイミングが読めなくてなかなか始めれないのかな?」
と、先輩が言ったその後に、義人が「算数を教えてもらいに先生に質問しようよ」と口をはさんできた。
次、『隠者』。
「するべきことだね、自分の置かれている状況をきちんと把握して、そこから何か新しいものを生み出せるように、勉強・勉学に励むといいって感じだね、園江のことを分かってやれるのは園江くんだけなんだから」
最後、『太陽』。
「今の時点で予測できる未来だね、さっきの『隠者』のように行動していけば、きっとどこかで成功するかもしれないよ!運動か、芸術か、学問か、今はまだ予想がつかないけどね」
そういう診断をもらってから、なぜか住所を訊かれた。会いにでも行くつもりか、と思ったものの、これまで占ってもらった中で一番当たっていたように思ったので、教えることにした。
その一週間後、「俺」について占い、その結果とアドバイスの記された小さな大学ノート1冊が、俺の家に届いた。
2011/07/15 Mother's Part
2011年7月15日。
お母さんは心配です。占いに手を染めただなんて。
この前届いた、小さなメモ帳を見ました。盗み見たと言ってもいいのでしょう。
どうして赤の他人が、ここまで園江のことをわかっているのでしょうか。
どうして赤の他人が、ここまで入り込んでくるのでしょうか。
真実なんか知らなくていい。そのまま健やかに育っていってほしい。
一保護者として、切実に願います。どうか、元気でいてね、心も、身体も。
※明記されていない限り、作中で使っているタロットはライダータロットです※
新学年になって、クラスが変わった。
俺は体が弱いのか強いのかわからないが、しかし、一応はこうやって
普通学級に入れたのだ。一応、下の方に養護学級はあるけれど、
こちらでの勉強の難しさを見るに、少しあこがれを抱いてしまったのだ。
小学三年生。
お医者さんからは、この年まで生きれるのはすごいことだと、感心していた。
お母さんは、何もなく健やかに育ってほしい(のに)、と言っていた。
その言葉にどれだけの意味が込められているのか、察するのは容易だった。
小学校に上がってから、健康診断に対しては嫌悪しか抱かない。
内科検診では事情を知らない医師たちに毎回注意されたり、毎回不健康だと言われたり、
果てには虐待まで疑われてしまった。これは去年12月ごろのサッカーの授業でできたアザなんだけど……。
今年も行われるのか、と思うと、非常に不愉快な気分になるのだ。
始まって早々気分が悪い。あっ、検尿は普通に大丈夫だったから、それは別に。面倒だけれど。
あとぎょう虫検査も大丈夫だった。なんでシモばっかり平気なんだろう。
「呼ばれたら『はい』と言ってくださいねー、
1番、阿形幸助君 2番………
9番、土増園江君」
はい、と大声で返事する。近くの気の弱い女の子たちは、びっくりして縮こまってしまった。
ちょっと悪かったな、という気分になり、俺も縮こまっていった。
それからは特にとどこおりもなく、20番の綿並君や、17番の山部さんまで点呼が終わった。
綿並君のところで、すこしぞわっとするような感覚がしたのは
おそらく、とどこおりには入らないはずだ。
2011/04/08
今日で待ちに待った土日がやってくる。俺は純粋に嬉しかった。
特にそういうこと(1年前、屋上から飛び降りそうになるレベルのいじめを受けている先輩がいたらしい)ではないんだけれども。
体育の時間では盛りの付いた女の子たちが俺を心配してくるし、男子は、先生呼んであとは自分たちでやってたりとか。
俺がいたときよりも楽しそうにドッジボールしやがって、と思うこともあった。そこに恨むのはもうやめだ、やめ。
給食の後の授業。国語なのだけれども、給食の後はとにかく眠い。
寝不足気味な男子が、机に伏せていて、それを先生は怒ることもなく、そのままにしている。
誰か起こしてやれよ、とも思った。
寝ている奴は他にはいないのか、と思って周りを見ると、2、3人いるばかりで、それといって寝ているようなやつはいなかった。
後ろの方の、本当に真後ろの方で、教科書を真面目に読んでいる……と思ったら別の本を挟んで読んでいる男子がいた。
確か、そいつは「綿並 義人(わたならべ よしと)」って名前だったような。業後に話しかけてみようと思った。
退屈な授業が終わった。俺は気になる男子に声をかけに行く。
「こんにちは……土増です」
「どうも……綿並です」
最初はだいたいこんなものだった。
2011/06/28
あれから2ヵ月と20日が経って、俺と義人は仲が良くなった。
お互いの家の電話番号も知って、休日、それも日曜日に一緒に遊んだりなどした。
まあ遊びと言っても、紙飛行機飛ばして遊ぶ程度の。それも公園で。
義人と遊んだ中で、一番面白かったのは、占星術で、たくさん惑星があるやつ?をやったことだ。
義人の家のパソコンで、そのサイトを開いて、俺が生年月日を入力して、カチッとエンターを押したら、
丸の中にいろいろな記号が出て、頭がこんがらがって。義人は手持ちの本を開いて、
「太陽が蠍座にあるから、まあ面倒くさい感じ?でも園江君そんな感じしないよね
月の蟹座は見ていると当たっている感じだよね、園江君は調整っていうより行動かな?
あとは、あとは……」
ほとんど当たっていなくてイライラしてきたので、じゃあお前も入力してみろ、と。
「太陽のてんびん座、ぼくってそんなに優柔不断かな?それ以外は本当に園江君と同じだね!」
占いの結果よりも、義人が東京都生まれであることに驚いた。わざわざ田舎へ何の用で来たんだろうと思った。
「田舎の方が古い本一杯売ってるから好きでさあ」
という返答にも驚いたものだ。
席も変わって、俺と義人は席が近くなった。手を伸ばせば肩に手がかかるくらいには。
義人が近眼気味ということも手伝って、前の方に行ったというのもあって、
俺も少し視力が悪くなって、前の方に行ったから、タイミングが合わさってよかったように思った。
「また日曜日遊ぼうよ、オカルトに強い先輩教えてあげる!」
もうオカルトはいいんだ。お前は何を目指しているんだ、となって、断ろうとしたが、
「今度こそ当たるかもしれないよ」という言葉に押されて、つい了承してしまった。
お前の影響で若干はホロスコープ読めるようになってしまったしアスペクトの角度で色々違ってたり、
月がアスペクトを形成していない時をボイドタイムと呼ぶとか、余計な知識が芽生えてしまったんだよ!
新月の時に願い事をする習慣も教えられたし!水星の逆行とかあって、なんか効果が逆になったりとか!
そんなことより九九の式の覚え方を教えてほしい。7の段がいまだに覚えられていない。
奇数とか偶数とかよくわからないし、奇数同士をかけて偶数とか頭ごっちゃになるやつだし。
義人に色々教えてもらうと、すんなり頭に入ってくるのに、なんで先生の授業は頭に入らないんだろう。
俺は占いよりも九九の計算式が知りたいだけなんだ。次の算数のテストが危ういし……
「言っとくけど、占いが当たるかどうかじゃなくて、それが君に当てはまるかどうかってだけだよ?
本当の自分なんてそのうち見つかるんだからさ」
そういうのどうでもいいから九九の計算式を教えてほしいんだ。ぶっちゃけ7の段や8の段が一番嫌い。
2011/07/02
そして運命の日曜日がやってきた。
俺の家のインターホンが鳴る。手荷物を確認する。
計算ドリル、算数のノート、薄い電卓、筆箱、財布(1000円)、義人に印刷してもらったホロスコープのシート。
それらを近所のおばあさんが繕ってくれた手提げに入れ、持ち、玄関を開ける。
「やあ!」
義人だ。待ち構えでもしていたのか。
俺はもう占いに興味がないから、九九の方を教えてくれ、と頼む、が。
反応は宜しくなく、「ぼくも全然計算できないから安心して!」と言われた。
そうじゃない。俺はただ単に勉強したいだけなんだ・・・
そしてその様子だとテストが危ういんじゃなかろうか、と聞いてみるも、
「特に困りはしないけど?」と返され、呆れて言葉が出てこない。
無言のまま外出した。
しかし今日は曇りである。日は陰りを見せ、雲の隙間に隠れている。
雲の切れ目から覗く光と、雲を通り越して包み込むような柔らかい光からは想像できないほどの暑さで、下着が汗で沁み始めている。
義人に了承を得て、自動販売機に寄った。お小遣いの1000円を自動販売機に食わせると、スポーツドリンクの注文ができるようになった。おつりは850円。小銭は増えたが、もはやこれは1000円ではない。
単純な物としての数量を優先すべきか、それとも人間の付加した金銭としての価値を優先すべきか、決めることのできない中、財布におつりを入れた。
極端なことに、周りの空気とは違って、このペットボトル飲料……、いいやスポーツドリンクという内容物は、非常に冷えていた。夏は暑い。
「歩き飲みはマナーが悪くみられるよ?
ほら、お天道様もそう思ってる」
「雲隠れしてるだろ……」
「そういえば、先輩は女の子だよ、裸踊りさせれば晴れるんじゃないかな?
そしたら迂闊に歩き飲みできないね!」
「普通に犯罪じゃないか」
このような、他愛もありそうでなくて少しある、会話をしているうちに、
義人は一棟のマンションの方へ向かった。俺はその後を追いかけた。
『コーポハイツ綿津実見』。その中は涼しく、1階にインターホンがあり、お好みの部屋番号(3けた)を入力すると、そこの住人とやり取りができる画期的なシステムがある。新しめのマンションだろう、床がきれいだ。
義人は軽い指さばきで「6、0、3」と打つと、すぐに反応が返ってくる。
「綿並君来たの?例のやばそうな青血くんも?」
「そっちにまで広がってたんすか?噂」
「ホロスコープで大体のことはわかると思うけどさあ?
結果が全く当たりゃしないって、これはあたしの出番て感じね」
「榊原先輩お願いします!」
エレベーターが故障中だった。榊原先輩、と呼ばれた女性の声が妙に恐ろしく聞こえた。
出口はどこだ。約束を放棄して帰りたい。お父さんに算数を教えてもらいたい、けれども休日出勤で俺の声は届かない。どうせ帰ってくるのは遅くなる。
階段はどこだ。なぜエレベーターが故障している、これでは6階に上がるのがしんどくなってしまうだろ、早く直せよ管理人。故障しているのが空調設備だけだとしても、エレベーターそのものを封鎖する必要はないはずだ……あれ?
「榊原先輩の圧迫卜占からは逃れらんないよ?」
「真実味を帯びてきたぞ……」
行きたくないが体が勝手に歩いていく。歩いているという感覚はあるし、夏の暑さも、汗が熱を奪っていくのも、ありありと感じられるのに、体が意志するところを為さない。先輩の仕業ではない。俺の中の、真実を求めているところがそうさせたのだろう。奥底では暴かれることを望んでいるのかもしれない。
「踊り場とかでなら飲んでも怒られないよ」と声をかける義人を尻目に、俺の服を着た裸体は階段を上る。
ようやく6階に辿り着くと、体は意志するところを為すようになった。帰りたいという気持ちは隠れていった。
扉の鍵は開いており、中は薄暗い。エアコンが利いて涼しいのはいいのだが、少し寒いぐらいだ。
洗面所からはかすかなバラのにおいがし、居間に至る廊下ののれんは夜明けを思わせる色をしていた。大きなテーブルが位置し、暗さのせいで色は解らないが、黒色のテーブルクロスがかけられており、そこにいくつかのカードのセットが置いてある。傍らには白い石がいくつかと、アロマキャンドル。
アロマキャンドルはどこか柔らかく、母親を思わせる優しい香りがし、ここまで来た俺の緊張をほぐしてくれるような感じだった。炎の色もどことなく柔らかく見える。
「やあ、青血くん!あたしは榊原 委奈(さかきばら いな) 早速だけど、」
柔らかい光に照らされた榊原先輩は、時期に似合わない長袖をめくる。包帯がある。
包帯を一部剥がして、どこかから出したカッターナイフを腕に入れる。押し殺すような声と、歯を噛む音。
少しの間を置いた。俺は目をそらした。
「ほら、あたしも仲間だよ!」
そうして彼女は自分の、まさに顔を出した血液を見せつけた。しかし様子が違う。少し濁った黄色のような色をしていた。
これまで何度も、誰もが赤い血液で、それが普通で、俺は青い血液だから、それが異常だから、と言われてきて、俺自身それを常識に思っていたし、どうにかならないのかとお医者さんも探してくださっていたのだ。その常識が今、打ち砕かれた。
一通り見せつけられ、ようやく包帯が巻かれ直される。それが長袖に隠れると、俺たちはようやく椅子にありつけることになった。立ちっぱなしだとそのうち慣れてくるけど、座った時が一番気持ちいい。
先輩は俺の目を見て、見ながら、傍らのカードをシャッフルし始める。
全部で4枚を、78枚の中から出すと、先輩は「君がめくるんだよ」と言って、手を止めた。
最初に、一番左。『ワンドの10』。
「これは過去に起こったこと。何らかの負担が強いられている、もしくはいたのかな?今もその影響は続いているように思うよ?でもこれは園江くんが悪いからじゃない、そういう運命の上にあったし、ただ持っているだけだよ」
次、『カップの4』。
「これは今の園江くんだね、何かに満足してないのかな?後でそのバッグの中身を見せてよ、君のやりたいことは確かにその中に入っているけれどもね、タイミングが読めなくてなかなか始めれないのかな?」
と、先輩が言ったその後に、義人が「算数を教えてもらいに先生に質問しようよ」と口をはさんできた。
次、『隠者』。
「するべきことだね、自分の置かれている状況をきちんと把握して、そこから何か新しいものを生み出せるように、勉強・勉学に励むといいって感じだね、園江のことを分かってやれるのは園江くんだけなんだから」
最後、『太陽』。
「今の時点で予測できる未来だね、さっきの『隠者』のように行動していけば、きっとどこかで成功するかもしれないよ!運動か、芸術か、学問か、今はまだ予想がつかないけどね」
そういう診断をもらってから、なぜか住所を訊かれた。会いにでも行くつもりか、と思ったものの、これまで占ってもらった中で一番当たっていたように思ったので、教えることにした。
その一週間後、「俺」について占い、その結果とアドバイスの記された小さな大学ノート1冊が、俺の家に届いた。
2011/07/15 Mother's Part
2011年7月15日。
お母さんは心配です。占いに手を染めただなんて。
この前届いた、小さなメモ帳を見ました。盗み見たと言ってもいいのでしょう。
どうして赤の他人が、ここまで園江のことをわかっているのでしょうか。
どうして赤の他人が、ここまで入り込んでくるのでしょうか。
真実なんか知らなくていい。そのまま健やかに育っていってほしい。
一保護者として、切実に願います。どうか、元気でいてね、心も、身体も。
※明記されていない限り、作中で使っているタロットはライダータロットです※
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