上 下
1 / 5
第一話

灰色の瞳

しおりを挟む
__ある夏の日だった。
その日は、不安定な大気のせいで、急な雨に見舞われた。私は窮屈なあの家に帰りたくなくて、塾が終わると、コンビニで買ったビニール傘をさして、意味もなく街をふらふらとしていた。
「大丈夫ですか?」
繁華街の路地裏、項垂れるように壁に寄りかかる男性に、私は傘を差し出した。
「……」
男性は何も言わず沈黙する。
「あの……」
(あっ……)
よく見ると、男性の頬は、殴られたかのように赤く腫れていた。私は冷やさなければと思い、バッグからハンカチを取り出すと、雨の水で濡らして絞り、そっとその傷に当てた。
(痛そう……誰がこんなことを……)
そんなことを思っていると、俯いていた男性が、私を見上げた。
その瞬間、持っていた傘を落としてしまった。冷たい雨が、私を濡らしていく。
「……あっ……」
私の体は小刻みに震え出した。長い前髪から見えた男性の瞳は、まるで心がないかのように灰色がかっていた。恐ろしさを感じてしまうほど孤独な瞳に、私は言葉を失った。
「__」
男性が何かを言ったようだが、激しい雨にその声はかき消され、私に届くことはなかった。
__っと、次の瞬間。
腕を引っ張られ、強引にも、私の唇は奪われた。
鉄が錆びたような味がした。
「っ……んんっ……」
深く、繋ぎ止めるようなそのキスに、私は抵抗も出来ず、受け止めてしまう。
「はあっ……」
唇が離れると、男性は壁に手をついて立ち上がった。そして、まるで何事もなかったかのように、フラフラと左右に体を揺らしながら、私の元から去って行った。
ふり続ける雨の中、私はただその場に、呆然と立ち尽くした__。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

元令嬢は有能メイド ~今さら帰って来いと言われても困ります~

ハナミツキ
恋愛
自分などでよいのかと不安を抱えながら有力貴族であるレイドに仕えていたスターチス。 そんな不安はある日、悪い形で現実のものとなってしまう。 突然婚約破棄を告げられ、以前勤めていた使用人稼業の再開を余儀なくされたスターチスが出会ったのは、冷酷で有名なアルス警備隊長の使用人募集だった……

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

御曹司の執着愛

文野多咲
恋愛
甘い一夜を過ごした相手は、私の店も家も奪おうとしてきた不動産デベロッパーの御曹司だった。 ――このまま俺から逃げられると思うな。 御曹司の執着愛。  

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

社内で秘密の恋が始まる

美桜羅
恋愛
会社のルールなんて 考えられないくらいに 君が好きなんだ。

処理中です...