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第十九章 手折られた彼岸花
19-53 正直者と誰かの母
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呆けている俺に構わず、お母様は回想を始めた。なかなか容赦が無い。
「子供の頃、京都の本家に行った時に秘密の抜け穴を見つけてね。こっそり屋敷を出て散策してたのよ」
「は、はぁ」
流石は千真の母親、随分とお転婆娘である。屋敷では子供が消えて大騒ぎだったろうに。
「暫く彷徨っていたら大きな桜を見つけて、その近くの祠で真姫の手記を発見したの。そこには甘く切ない恋物語が……」
「恋物語」
お母様は恋愛モノを読んでうっとりしている少女のような顔をしている。
しかしながら、子孫にそんなもの見つけられて、真姫様もたまったもんじゃない。俺だったら死んでいても腹を搔っ捌いて何度か自害する。
「結婚相手を親に決められてしまう時代、真姫は許されない恋をした。大切な人と泡沫の夢のような一夜を過ごし、そして身篭ったの」
お相手は十中八九うちの神様だろう。あんなゆるふわであざとい子供にも、そういう時期はあった。実感は湧かないが、俺が存在すること自体がその証明だ。
「余談だけれど、緑眼の彼で満足したのもあって、夫の下手さに冷めたそうよ」
「そんな情報は知りたくなかったですねぇ……」
女性のシビアさを知ってしまい、正直動揺している。ただの甘く切ない恋物語で終わらせてくれた方が良かった。
「愛のない下手くそな男が最悪だっただけで、丁寧に愛を伝えれば大丈夫よ」
「そうなんですか……」
「そういうものよ!」
謎のフォローをした後、お母様は話を続ける。こんな話を人の母親としたくはなかった。
「真姫と緑眼の彼との間に生まれた子は、男女の双子だったの。兄は珀弥、妹は千真」
「……!」
真姫が珀弥と千真の事を我が子のように呼んでいたが、そういう事だったか。偶然だとしても出来過ぎだ。
「千真は次代の巫女として育ち、珀弥は——記録から消されている」
「……どうしてですか?」
俺が問うと、お母様は悲しそうに俯いた。
「昔の神凪家は男児には厳しくて……赤子のうちに殺されるの。運良く生き延びても、家から追い出されたそうね」
「そんなことが……」
「神に仕える者が殺生なんて、到底許されることではないわ」
お母様は苦々しく吐き捨てる。過去に行われた一族の残酷な風習を快く思っていないのだろう。現代人の感覚としては当然のことだ。
「私は真姫の息子の行く末が気になって、何年も調べたの。そうしたら、黎藤鈴歌さん——あなたのお母様に辿り着いたのよ」
「捜索能力と執念が一般人のソレじゃないッスね」
驚き過ぎてつい口に出てしまった。ちょっとした好奇心でここまでやるだろうか。
「まぁまぁ、そこら辺はほら、神凪家なので」
「ウッス」
力技で抑え込みやがった。この人思ったより、かなり自由な人だぞ。神凪家が万能な感じの立ち位置になるように仕立て上げようとしている。
「鈴歌さんの息子が珀弥君、私の娘が千真。ね? 運命感じちゃうでしょ?」
「それは、まぁ」
やはり俺はお母様にとってはポッと出の部外者なのでは。空気の読めない男で申し訳ない。
「でも、名前の一致は私が鈴歌さんに接触するきっかけに過ぎなかった。子供同士が仲良くなって、どうするかは当人の自由よ」
「……というと?」
「言い方は悪いけれど、千真が珀弥君と一真君のどちらを好きになっても気にしない。私が決める事ではないから」
放任主義というか何というか。少々乱暴な言い方ではあるが、俺に『後ろめたいと思うな』と言いたいのだろう。
当の珀弥にも同じことを言われたし、そろそろウジウジするのはやめた方がいい。
「俺は誰の代わりでもない俺として、此処にいる……」
「はい、よく出来ました。花マルをあげましょう」
お母様は満足げに頷くと、身を乗り出して俺の頭に手を伸ばした。
千真と変わらないほど小さな手が、幼子にそうするように優しく頭を撫でる。慣れない感覚に混乱した。
「子供扱いはやめてください」
「そう言いながら振り払わないのね~」
何も言い返せなかった。この感覚がひどく心地良かったからだ。
いつの日だったか、母さんが俺に子守唄を歌ってくれたことがある。
頭を撫でる手はとても優しくて、暖かかった。母さんがくれたふわふわした感覚は、病気の苦しささえも溶かしてくれたような気がした。
俺に構うより珀弥の相手をして欲しいと言ったからか、母さんが添い寝をすることはなくなったが。
今思えば、俺が拒絶したように聞こえたのだろう。悪い事をしたと思うが、それも後の祭りだ。もう謝る事も出来ない。
「大人びていても、まだまだ子供よ。あなたは甘え方がわからないみたいだから、こうやって甘やかします」
「……はい」
千真とよく似た顔で言われると妙な気分になるが、この厚意は拒めなかった。
自分の子でなくとも、分け隔てなく愛情を注ぐ。こんな人が母親役になってしまったら、二度と手放したくないと思うのだろう。
千真を騙ったあの女の所業は許さないが、必死さの理由だけは理解出来た。
「罪な人なのは、お母様です」
「ええ、そうね」
『千真の母』は泣きそうな顔で微笑んだ。
「子供の頃、京都の本家に行った時に秘密の抜け穴を見つけてね。こっそり屋敷を出て散策してたのよ」
「は、はぁ」
流石は千真の母親、随分とお転婆娘である。屋敷では子供が消えて大騒ぎだったろうに。
「暫く彷徨っていたら大きな桜を見つけて、その近くの祠で真姫の手記を発見したの。そこには甘く切ない恋物語が……」
「恋物語」
お母様は恋愛モノを読んでうっとりしている少女のような顔をしている。
しかしながら、子孫にそんなもの見つけられて、真姫様もたまったもんじゃない。俺だったら死んでいても腹を搔っ捌いて何度か自害する。
「結婚相手を親に決められてしまう時代、真姫は許されない恋をした。大切な人と泡沫の夢のような一夜を過ごし、そして身篭ったの」
お相手は十中八九うちの神様だろう。あんなゆるふわであざとい子供にも、そういう時期はあった。実感は湧かないが、俺が存在すること自体がその証明だ。
「余談だけれど、緑眼の彼で満足したのもあって、夫の下手さに冷めたそうよ」
「そんな情報は知りたくなかったですねぇ……」
女性のシビアさを知ってしまい、正直動揺している。ただの甘く切ない恋物語で終わらせてくれた方が良かった。
「愛のない下手くそな男が最悪だっただけで、丁寧に愛を伝えれば大丈夫よ」
「そうなんですか……」
「そういうものよ!」
謎のフォローをした後、お母様は話を続ける。こんな話を人の母親としたくはなかった。
「真姫と緑眼の彼との間に生まれた子は、男女の双子だったの。兄は珀弥、妹は千真」
「……!」
真姫が珀弥と千真の事を我が子のように呼んでいたが、そういう事だったか。偶然だとしても出来過ぎだ。
「千真は次代の巫女として育ち、珀弥は——記録から消されている」
「……どうしてですか?」
俺が問うと、お母様は悲しそうに俯いた。
「昔の神凪家は男児には厳しくて……赤子のうちに殺されるの。運良く生き延びても、家から追い出されたそうね」
「そんなことが……」
「神に仕える者が殺生なんて、到底許されることではないわ」
お母様は苦々しく吐き捨てる。過去に行われた一族の残酷な風習を快く思っていないのだろう。現代人の感覚としては当然のことだ。
「私は真姫の息子の行く末が気になって、何年も調べたの。そうしたら、黎藤鈴歌さん——あなたのお母様に辿り着いたのよ」
「捜索能力と執念が一般人のソレじゃないッスね」
驚き過ぎてつい口に出てしまった。ちょっとした好奇心でここまでやるだろうか。
「まぁまぁ、そこら辺はほら、神凪家なので」
「ウッス」
力技で抑え込みやがった。この人思ったより、かなり自由な人だぞ。神凪家が万能な感じの立ち位置になるように仕立て上げようとしている。
「鈴歌さんの息子が珀弥君、私の娘が千真。ね? 運命感じちゃうでしょ?」
「それは、まぁ」
やはり俺はお母様にとってはポッと出の部外者なのでは。空気の読めない男で申し訳ない。
「でも、名前の一致は私が鈴歌さんに接触するきっかけに過ぎなかった。子供同士が仲良くなって、どうするかは当人の自由よ」
「……というと?」
「言い方は悪いけれど、千真が珀弥君と一真君のどちらを好きになっても気にしない。私が決める事ではないから」
放任主義というか何というか。少々乱暴な言い方ではあるが、俺に『後ろめたいと思うな』と言いたいのだろう。
当の珀弥にも同じことを言われたし、そろそろウジウジするのはやめた方がいい。
「俺は誰の代わりでもない俺として、此処にいる……」
「はい、よく出来ました。花マルをあげましょう」
お母様は満足げに頷くと、身を乗り出して俺の頭に手を伸ばした。
千真と変わらないほど小さな手が、幼子にそうするように優しく頭を撫でる。慣れない感覚に混乱した。
「子供扱いはやめてください」
「そう言いながら振り払わないのね~」
何も言い返せなかった。この感覚がひどく心地良かったからだ。
いつの日だったか、母さんが俺に子守唄を歌ってくれたことがある。
頭を撫でる手はとても優しくて、暖かかった。母さんがくれたふわふわした感覚は、病気の苦しささえも溶かしてくれたような気がした。
俺に構うより珀弥の相手をして欲しいと言ったからか、母さんが添い寝をすることはなくなったが。
今思えば、俺が拒絶したように聞こえたのだろう。悪い事をしたと思うが、それも後の祭りだ。もう謝る事も出来ない。
「大人びていても、まだまだ子供よ。あなたは甘え方がわからないみたいだから、こうやって甘やかします」
「……はい」
千真とよく似た顔で言われると妙な気分になるが、この厚意は拒めなかった。
自分の子でなくとも、分け隔てなく愛情を注ぐ。こんな人が母親役になってしまったら、二度と手放したくないと思うのだろう。
千真を騙ったあの女の所業は許さないが、必死さの理由だけは理解出来た。
「罪な人なのは、お母様です」
「ええ、そうね」
『千真の母』は泣きそうな顔で微笑んだ。
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