白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-36 救済への一手

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 翼君を中心として、地面に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。

「解析完了~。さぁて、リフォームしちゃうよん」
 彼が刀を掲げると、刀身がオレンジ色の妖力を纏い眩く輝いた。

 それに呼応して、周囲の鳥居や社が妖力を帯び始める。
 無風だった空間には風が巻き起こり、天上の鏡は光を失った。

 神凪の巫女が創り出した聖域は、あっという間に大天狗によって風吹きすさぶ神域へと塗り替えられたのだ。

 そして、その神域は私の霊力へと性質を変化させる。

「千真ちゃん仕様にカスタマイズしてみました~。これで準備オッケー?」
「ありがとう、バッチリだよ」

 大規模な結界を奪取・再展開したというのに、彼は息も上がっていない。
 私の霊力が上手く供給出来たのだろう。この身体の疲労がそう教えてくれる。

 あとは、私の仕事。
 この状態でやったらどうなるだろう、なんて考えない。今は数少ないやれることをやるだけ。

 私が行使出来る唯一の力——神降ろしの力。

 両手を合わせ、祈るように目を瞑る。
 『八咫の鏡』は天照大神の御神体とされ、神凪の奥義も太陽神を神降ろしする為にある。

 ならば、喚ぶのは勿論——。

「私の身体を依り代として、おいでください——天照大神!」

 身体に電流が走る。
 手足がナイフで刺されたように痛い。頭が割れそうに痛い。お腹の中が捻り上げられるように痛い。心臓が破裂しそう。

 あらゆる痛みが私を襲い、意識を手放しそうになる。
 気絶すれば楽になるだろうが、此処は持ち堪えないと意味がない。

 残りの霊力を全て捧げます。どうかお願いします、一真を救うすべを授けてください。

 私はどうなっても良いから——。

 ——はい駄目ー! 駄目でーす!——
「へ?」

 私の脳内に響くのは、先日聞いた女性の声。真姫の声だ。
 ま、まさかの神降ろし妨害!?

 ——間に合って良かったぁ~! もう。今のあなたがそんな格の高い神様を降ろしたら、死ぬわよ——
 ——で、でも——

 わかっている。既に身体は限界だ。少しでも意識を手放せば、二度と目を覚まさないかもしれない。
 それでも、私はやらなきゃいけないんだ。

 身体が軋む。

 ——あの子を救う手段は一つではないわ。そうね……大神よりは効果は低いけど、その宝剣があるなら、あれも出来るかも——
 ——ええと、何を? ——
 話が見えてこないが……。
 頭の中の声は、ふう、と息をついた。

 ——とりあえず、あなたの身体を私に預けてくれる? お急ぎなんでしょ?——

 まさかの神降ろし逆スカウトである。
 真姫は他にも方法を知っているような口ぶりだ。彼女が打開策を握っているなら、それに頼るべきだろう。

 何より、今は迷ってる時間が無い。

 ——わかりました。お願いします、黎藤一真を助けてください!——
 ——良いわ。その願い、聞き届けました——

 目の前に巫女装束の小柄な女性が現れる。彼女は凛とした表情で私を見据えた。

 『準備は良い?』と目で問われ、私は頷く。
 それを合図に、彼女は私の胸に手を当てた。すると、そこから溶けるようにするりと身体の中へ入っていってしまった。

 ——どくん、と心臓が脈打つ。

 先程まで感じていた痛みが和らいでいく。
 どうしてだろう。神降ろしをしているのに、苦しくない。

 ——私は神凪の巫女だったのよ? 身体に負担無く神降ろしする方法だって熟知しているわ——
 ——さ、さすがです——

 身体に受け容れるのは神降ろしのプロだ。彼女のアシストのお陰で、どうにか持ち堪えられそう。
 ほんの少しだけ痛みは残っているけど、大丈夫。私はやれる。

「さあ、行くわよ千真。神凪の巫女の力、見せてあげる」
 私を介して高らかに宣言するのは、歴代最高の巫女、真姫だ。

「ヒューッ、かっくいー」
 翼君は囃し立てるように口笛を吹く。今度は上手かった。

「あなた……誰を降ろしたのよ……」
 あの子は呆然としながら私を見ている。目の前で起こった事が信じられないという顔だ。

「私は真。元、神凪の巫女よ」
 真姫は得意げに名乗りを上げた。自分の目では確かめられないけれど、今の私の顔は大変なドヤ顔だろう。

「あらっ」
 真姫は驚いたように声を上げた。

 自分の意思に反して足がふらつく。真姫が痛みを緩和してくれたとはいえ、元から大量の霊力を消費していたのだ。身体へのダメージは大きい。

「チマ、頑張って」
「ありがとう、なっちゃん」
 ふらつく私を支えてくれたのは、やはりなっちゃん。彼女のお陰で、私は立ち上がれる。

 彼女に触れている部分が暖かくて、心地良くて、力が湧いてくるような気がした。

「なっちゃん?」
「お裾分けよ。あの馬鹿が持っていっちゃったみたいだし、ちょっとは補填させて」

 なっちゃんの霊力、妖力。人間と妖怪の半々の性質を兼ね備えた力が私に流れ込む。
 感じていた倦怠感が、和らいでいった。

「本当にありがとう。私、頑張るよ」
 なっちゃんから分けてもらった力、大切に使わせて貰おう。

「ウ……ウ、ウ……ア……」
 一真が立ち上がろうとしている。結界の所有権が私に移った為、先程までの呪縛が解け始めてるのだろう。

 ——翼君、下がって——
 ——りょーかいっ——
 まずは一真の目の前にいる翼君を撤退させる。あとは私がやらなきゃ。

「千真、良いかしら?」
「はいっ!」
 周りから見ればでかい独り言だが、真姫と私の会話である。

「じゃあ、行くわよ」
 真姫に導かれ、私の手は宝剣を掲げた。
 剣が示す先は、天上の八咫の鏡。

「降りて来なさい」
 鏡は真姫の声に呼応し、私の前まで降下してきた。輝きを失った神鏡は、再び鏡面に光を灯す。

 そして、鏡面をくるりと一真の方に向けた。

「真実を此処に——解錠」
 なんと、真姫は宝剣を神鏡に突き立ててしまった。
 刀身はスルスルとすり抜けるように鏡を貫き、鍵を開けるかのように半回転する。

 鏡は更に眩い光を放ち、私から視界を奪った。

 ——さあ、頑張りましょう! ちょっと難しいけれど、あなたならきっと大丈夫。彼を救えるわ——

「なっ!」
 こんな時なのに間抜けな声を出してしまった。これから何をするのだろう?
 私は訳の分からぬまま、意識だけが光に飲み込まれた。

***

「……はっ!」

 光で目が眩んでいたが、段々と視界がクリアになってゆく。
 眼前に広がるのは、あの枯れた彼岸花畑だ。

 私の中から真姫の気配が消えている。

 神降ろしをやめたわけではない。今、この場にいる私は生身の人間ではなく、霊体のようなものなのだろう。足の感覚がふわふわしている。

 此処はいわゆる、精神世界というやつだろうか。でも、肝心の一真が見つからない。

 枯れた彼岸花が一面を覆い尽くし、地平線まで続いている。光源は青白い下弦の月だけだ。
 その中で私はただ一人、佇んでいる。

「一真……一真! どこ! いるなら返事して!」
 静寂の世界に呼びかける。
 しかし、耳に届くのは乾いた風の音のみ。

「一真!」
 ひたすらに名前を呼びながら歩き始めた。
 この世界のどこかに、きっと居るはず。そう信じて、私は彼岸花を掻き分けた。
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