白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-32 本物の鬼、造られた鬼

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* * * * * * * *

「何よ……あれ」
 想定外の出来事が起きた。

 あの女を守るように、白鬼の前に立ちはだかるもう一人の鬼——宝月が現れたのだ。

 あいつのことはさとりに聞いたことがある。黎藤一真を人ならざるモノにした、本物の鬼。
 角は無いが、ただ隠しているだけなのだそうだ。

 彼は暇つぶしと称し、気に入った人間にちょっかいを出しているらしい。
 その『暇つぶし』とやらが人を鬼に改造することなのだから、悪趣味にも程がある。

 改造された人間が生き残ったケースはごく稀で、大体の人間は適合出来ず、数時間も経たずにショック死するのだ。

 そんな風に人間を玩具にして遊ぶ鬼が、何故あの女に助太刀するのか。
 何か裏がある?

 ——覚、覚! どうなってるのよ!——
 ——何がですか~お嬢サマ?——
 脳内で覚に呼び掛けると、能天気に返事をしてきた。

 いつものことだけれど、こいつはいちいち人の神経を逆撫でする。

 ——しらばっくれないで。あの宝月のことよ! どうしてこんな時に——
 ——さぁ? 彼は気まぐれだからねぇ。君が覚醒させた化け物の味見でもしに来たんじゃないか?——

 ——味見?——
 ——はぁ。宝月がと?——
 何故私が呆れられなければいけないのか。
 彼の口ぶりから、重要な理由があるようだが……。

 ——暇つぶしって言ったじゃない——
 ——そう、暇つぶしさ。暇だから、自分と対等に戦える遊び相手を造ったのさ——

 暇つぶし、それだけでも頭がおかしいのに……対等に戦える遊び相手ですって?
 ああ、全く。狂っている。だから野蛮な妖怪は嫌いなのよ。

 ——……黎藤一真が宝月のお眼鏡にかなう遊び相手になったのか、確認しに来たってこと?——

 ——ご名答~! いやぁ、タイミング最悪! 短気は身を滅ぼすね!——
 覚は愉しげにケラケラと笑う。

 私の判断ミスだった? 間違っていない。あいつの理性は私に不利に働いた。だから……。

 ——君の一番のミスは、身の丈に合わない式神を手にしたことだよ。鬼なんて化け物、その実力でよく扱おうとしたね?——

 覚の声は一転して冷ややかになった。いつもの軽薄な調子はどこへやら。
 指先からじわじわと冷えるような、そんな感覚に襲われた。

 でも……これ以上、私を侮辱することは許さない。
 私は、あの化け物を御している。実力が足りないなんてことはない。

 ——黙りなさい……——

 しかし、彼の減らず口は止まない。
 ——本物の神凪千真なら、手懐けたかもしれないけどねぇ——

 何でよ。
 何で、私が本物の千真なのに。誰も認めてくれないの。

 千真だなんて言うの。ふざけないで。
 この場所は、誰にも渡さない。

 ——黙れ!——
 私は一方的に覚との接続を解除した。
 今度、目の前に現れた時はただじゃおかないから。

「……」
 話し相手がいなくなったところで、化け物共の戦いに目を向けた。

 宝月の正拳突きが一真の腹部を深く捉え、大きな衝撃波が此方まで届く。
 一真の口から多量の血が溢れたが、彼は構わず宝月の頭に掴みかかった。

 今ので内臓が幾つ潰されただろうか。それでも怯まないなんて、やっぱり化け物ね。

「……ほう」
 宝月の後頭部が地面に叩きつけられ、巨大なクレーターを生成した。

 しかし、彼は余裕の表情で楽しんでいた。あいつはあいつで大概ね。
 化け物同士の戦いには品がない、吐き気がする。

「何が『身の丈に合わない』よ……」
 私が神凪の巫女の正統なる継承者。
 あんな鬼だって、もっと使いこなしてみせるんだから。

 霊力の注入先を黎藤一真に集中する。

「頭を潰してしまえ!」
 茶々を入れて来たこの妖怪を殺せ。私の命令に呼応し、白鬼は咆哮を上げる。

 宝月は更に地面にめり込み、骨の軋む音が大きくなる。このまま潰せ。あなたは私の式よ、その実力を見せなさい。

「ふむ。主人の支援は悪くないが……」
 宝月は気の抜けた声で、まだそのような事を言う。

「早くそいつを黙らせなさい!」
「ははは、まだまだ青いねえ」

 ドン、と耳を貫く鈍い音。空を舞う白鬼と、脚を突き出している宝月。

 宝月は身を起こし、垂直に跳ぶ。狙いは隙だらけの白鬼。

「このっ!」
「ほう」
 上空五十メートル。
 宝月の突きが届く前に、白鬼の下に結界を展開する。

 結界は寸でのところで攻撃を弾いたが、一度で破壊されてしまった。なんて破壊力なのよ……!

 弾かれた宝月は頭から真っ逆さまに落下し始める。

「——!!」
 上空四十メートル。
 白鬼は体勢を立て直し、刀を逆手で持つ。そして、宝月目掛けて振り下ろした。

 だが、
「こんな棒切れ」
 宝月の鋭い蹴りが刀身にヒットし、刀が折れてしまった。

 刀身の半分は蹴り飛ばされて遥か彼方へ。急造の刀では鬼の怪力に耐えられなかったか。

 白鬼は折れた刀を宝月に投げ付けるが、ヒョイと躱されてしまう。体格は白鬼と変わらない程大柄なのに、かなり身軽だ。

 しかし、それは囮だった。

「——!」
 上空二十五メートル。
 隙の出来た宝月の首を鷲掴みにし、白鬼は吼える。このまま、もう一度地面に叩きつけるのだろう。

 行け、邪魔者を排除しろ。

 上空十五メートル。
 二人の白き鬼は揉み合いながら落下する。
 一人は凶暴性を露わにし、もう一人は退屈そうに。

 上空、三、二、一。
 間も無く、激しい落下音と共に視界を遮るほどの砂煙が舞う。

 砂煙はすぐには収まらず、ぼんやりと人影を映すだけだ。

 ——プツ、プツ。

 立っている人影は、一つ。あれは白鬼か?

「……!」

 ……いや、
「だからさ、青いんだよ」
 ミシミシ、と骨の軋む音。

 立っているのは、宝月。彼の足元で仰向けに倒れているのは、白鬼だ。
 白鬼の胸は赤く染まっており、白いものがはみ出ていた。あれは骨だろうか。

 宝月の二つの足は、それぞれ白鬼の二の腕と腹を器用に踏みつけている。
 先程から音を立てているのは、今にも折られそうな腕の骨だった。

 白鬼は血を吐き出しながらも抵抗しようともがくが、宝月はビクともしない。
 生粋の鬼の前では、造られた鬼なんて子供のように見える。

「——! ——!」
「うるせえ」
 硬いものが酷く破壊される音。白鬼の腕があらぬ方向へと折れ曲がった。

「おーおー、そこそこ頑丈に育ったなァ小僧。だが、うーん、全然駄目だな」
 鬼の無邪気な独り言。

 ぐちゃ、ぬちゃ、と生々しい音。
 宝月の足の爪が白鬼の腹を突き破り、中身をかき混ぜている音だ。

 白鬼は抵抗を試みているものの、当初の激しさは鳴りを潜めている。

「前の人間は楽しかったんだがなぁ。何が違うんだ? えーと、現代の言葉でモチベーションとかいうやつか? それが足りない」
 独り言は続く。玩具が思っていたのと出来が違うことに不満を抱いているようだ。

 ぐじゅ。ボキ。
 何かが潰され、白鬼の身体から血が飛び出る。

 彼は折られていない方の手を宝月に伸ばしかけたが、届かずに降りてしまった。

 死んではいない。身体が動かなくなってしまったようだ。脊髄までやられたのか。

「何が原因だ——って喋れないもんなぁ? わかんないよなぁ? お前から言葉を奪ったのはだーれだ?」
 宝月の視線が私に向けられた。
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