白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-18 ふたりぼっちの世界で

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「っつ!」
 鋭い金属音が連続して鳴り響く。

 苦悶の表情を浮かべた翼君が、目に見えない攻撃を一方的に受けながら後退している。

 一真の位置は察知しているのか、先行して動いているように見えるが、やはり後手に回るしかない。

 目に見えぬ斬撃は翼君の連続攻撃よりはスピードが劣るものの、明らかに一撃一撃が重い。
 技を感じさせない武骨な一撃は、ただ破壊する為に振るわれているように思えた。

 滅茶苦茶な攻撃。それでも姿が見えない為、翼君は回避し切れずに攻撃を受けるしかない。

「まだ反応出来るなんて大したものね。でも、いつまで保つかしら?」
 彼女は少々驚いた様子だが、余裕な姿勢は崩さない。それも想定内だったのだろうか。

 翼君と一真は鍔迫り合いの状態になっているのか、刀を押しながら同じ姿勢で硬直していた。

 翼君を援護しなきゃ。
 今の状態じゃ、潰されてしまうのも時間の問題だ。
 でも、どうしよう。まともに術も扱えない私に出来ることなんて——。

「くっそ!」

「翼!」
「翼君!」
 悩んでいるうちに、翼君は弾き飛ばされ、刀を手放してしまった。体勢を崩し、丸腰になってしまった今、彼を守るものがない。

 私が何とかしなきゃ。
 何ができる?

『千真さん』
 いつの日かの、優しい声が脳内に蘇る。

『これを使うときの注意があるんだ』
『へぇ、どんなこと?』

『雪女……いや、妖怪とか変なのに遭ったときは、必ず心を強く保つこと』

『心を強く保つ?』
『そう。自分は絶対屈しないってね。恐怖に呑まれちゃいけないよ? 奴らの思う壺だし、何より不安定な精神状態じゃ、これは扱えないから』

 ああ、これは。まだ『出会った』ばかりの頃、雪女に出くわしたときの為に、彼が教えてくれたことだ。

 気を強く持て、平静を保て。

『これって、何か難しい呪文とか言わなきゃいけないかな?』
『無いと言うと嘘になるかな』

『マジか!』
 手元に御札は無いけれど、やるしかない。
 小難しいことは必要無いんだ。

 だって、
『大切なのは、望むことを口に出すこと』
「大切なのは、望むことを口に出すこと」

 ——その意志を言霊に乗せて——

「護れ!!」
 私の号令と同時に、翼君の目の前で火花が飛び散り、何かを弾いた。
 一瞬だけ強い妖力が雷のように迸るが、すぐさま姿を隠してしまった。

 やった、成功だ。

 ——サンキュー、命拾いしたぜ——
 翼君は落とした刀を素早く回収しつつ、私に向かってウインクした。

 ——翼君、怪我は無い?——
 ——外傷は無いさ——
 ——それって——
 外傷は無い、という言葉に引っかかった。翼君はまだ一撃も食らっていない。

 けれど、一真の破壊力のある攻撃を直接受け止め続けている。そんなことをしていたら——。

「……あ、れ……?」
 ずるり、と脚から崩れ落ちる。突如襲いかかる疲労感も虚脱感。
 腕が痺れてコマちゃんを落としそうになってしまう。

「チマ! しっかりして!」
 地面に倒れる前に、なっちゃんが私のことを受け止めてくれた。

 雪女に防御の術を使った時も、同じことがあった。またやってしまった。
 翼君は守れた。けれど、その代わりに余計な荷物になってしまったのだ。

 それもそうだ。
 特に修行もしていなかったし、今回だけ無事である道理は無い。

 また、意識が遠のいて——。

「よぉ」
「あ……」
 そんな、嘘。

「さっきのは結構効いたぞ」
 闇の中に一人だけくっきりと浮かび上がる、長身のシルエット。
 赤く光る鋭い相貌。額から生える異形の角。

 彼は口元に不気味な笑みを湛え、座り込んでいる私を見下ろした。

 妙なことに気付いた。
 私を受け止めてくれたなっちゃんが居ない。腕の中にいるはずのコマちゃんも居ない。

 至近距離に居た二人が居ないなら、翼君も、あの子も居ない。

 この世界に、私と一真の二人だけが切り取られたみたいで。

「ぁ……ぁ」
 声が上手く出ない。頭も上手く回らなくて、瞼も半分降りてきている。
 こんな時に、私は——。

「無様だな」
 一真はしゃがみ込み、私の顎をクイと持ち上げた。

 朱色の瞳に私だけが写り込んでいる。
 目がとろんとしており、口を半開きにしている。これはだらしない。何とか口だけは閉じた。

 鬼としての彼の顔を、こんな至近距離で見るのは初めてだ。

 普段の一真とは別人だと思っていたが、よく見ればちゃんと面影があるじゃないか。何で今まで気づかなかったんだろう。

「ま……」
 微睡みながらも、口を動かす。

「何だ」
 口をパクパクさせると、一真は目を細めた。

 今なら、二人ぼっちの世界なら、言えると思ったのだ。
 皆の前では敢えて言わなかったこと。明かすなら、私の口からではなく彼の言葉で明かして欲しかったから。

 今だけは、彼の本当の名を——。

「ず……ま……」
 一真は眉間にしわを寄せる。
 常に無表情というわけでなく、ちゃんと表情が変わるんだ。

「か……ず——」
 もう少し。せめて二人だけの時には呼びたい。窄めた口をもう一度広げ始めた時のこと。

「やめろ」
 次の一文字を発することが出来なかった。
 なぜなら——。

「んんっ!?」
 私の口が塞がれてしまったからだ。
 意味がわからなくて、頭の中が真っ白になった。
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