白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-9 不思議な女の子

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* * * * * * * *

 僕の弟はムスッとしながら何も言わない。
 いつも無口だけど、今はそれが輪にかけて酷い。

「さ、そこに宝物が隠れてるみたいなんだ。開けてくれる?」
「だめーっ」
 布団の中からヒソヒソ声で反対の声。かずまは困り果てて眉間に皺を寄せている。

「ちさな。もうバレてるんだから出てきて?」
「……ほら、出な」
 僕の呼びかけに、かずまは溜息をついて布団を持ち上げた。
 なんと、中では小柄な可愛い女の子が弟に抱きついているではないか!

「あーっ! うらぎりものーっ!」
 ちさなは頬をぷっくりと膨らませるが、かずまは我関せずと表情を変えない。
 ようやく負けを認めたのか、ちさなは布団の中から這い出てきた。

「ふたりともイジワルーっ! おに! あくまっ! ちひろっ!」
「えーっ、僕は鬼だもん」
 ちさなはポカポカと僕を叩いてくるが、全然痛くない。可愛い。

「……はぁ」
 かずまはやれやれとまた溜息をついて、布団に潜った。

 いけない。ここにはあまり入っちゃいけないんだ。

「ちさな、別のところで遊ぼうよ」
「えーっ! かずまはー?」
「かずまは疲れたらいけないから……ね?」

 僕の弟は生まれつき身体が弱い。

 よく病院に行くし、沢山お薬も飲まなきゃいけない。
 普通の子のように外を走り回れないし、お日様の陽も浴びちゃいけないのだ。

 お母さんには、かずまに負担を掛けないようにと言い聞かされている。
 だから、ちさなには悪いけど、別の場所に行かないと。

「むーっ」
 ちさなは納得いかない様子だが、僕の手を取った。
 移動してくれるということかな? 何だかんだで素直で良い子だ。

「かずま、また後でね」
「またねーっ!」
 かずまは微かに頷いた。
 いつも反応が薄いけれど、気怠げなのは疲れている証拠かもしれない。

 ちさなに入っちゃいけない部屋があるってきちんと言っておけば……。

 部屋から出ると、ちさなは不思議そうに僕を見上げた。

「かずまは、おびょうきなの?」
「そう、お病気だね」
「そっかー。じゃあ、おびょうきがなおったら、いっしょにあそべる?」
「それは……」

 生まれたときから、『おびょうき』が治ったことなんて、ない。

 ずっと、あの状態。最近はもっと酷くなってる。かずまは何も言わないけれど、日に日に弱っている気がするんだ。

 身体が弱いくせに、我慢強くて頑固。それが弟の悪いところだ。

「……はくら?」
「ううん、何でもない。あと、僕は『はく』だよ」
「はくらー!」
「あはは……」

 ちさなはとても可愛くて、何でも許せちゃう。人の心にするりと入って、すぐ仲良くなれるんだ。

 人見知りなかずまがちさなを拒絶しなかったのも、この不思議な力と可愛さ故だと思う。

 移動していると、前から足音が聞こえてきた。あれはちさなのお母さんだ。

「千真、帰るわよー」
「えーっ! もっとあそびたい!」
 ちさなはイヤイヤと首を振る。
 もう帰っちゃうんだ……。僕だってもっとちさなと遊びたい。

「我儘を言うんじゃありません。珀弥君、千真の面倒を見てくれてありがとうね」
 ちさなのお母さんは、可愛らしく笑う。この笑顔はちさなそっくりだ。

「いえいえ、楽しかったです。また遊びに来てください」
 我儘を言っちゃいけない。僕はお兄ちゃんだもの。
 にっこりと笑って、寂しさを紛らわせた。

「あら、しっかりしてるわね」
「ふふふ、うちの自慢の息子ですから。是非、またいらして下さいね」
 僕のお母さんもこちらへ来て会話に混ざる。

 人には礼儀正しくと教わってきた。笑いながらきちんと挨拶すれば、大人はみんな喜ぶんだ。

「ええ、お言葉に甘えさせて頂きますわ。さぁ、千真。珀弥君にさようならって」
「うー……」
 ちさなのお母さんが促すが、ちさなは下を向いてイヤイヤと首を振る。
 仕方ない。とっておきを見せてあげよう。

「ちさな、これ見てて?」
 僕は懐から細長い紙を取り出し、ちさなに見せる。
 タネも仕掛けもありません。何の変哲もない紙切れです。

「んー?」
「これをね、こうして」
 紙に手を当て、念じながら言霊を添える。

 ——花になれ——
 思いを乗せた言霊は魂を持ち、具現化する。

「こうするとっ」
 ポンっ、と軽く破裂すると、紙は赤いチューリップの造花に変化していた。ぱっと見は本物と変わらない。

 やった、成功した。タネも仕掛けも手品。お母さんに教えてもらった『魔法』だ。

 ちさなは目を丸くして、お母さんたちは『まぁ』と驚く。

「わぁ! すごいすごい!」
 ちさなは大喜びで飛び跳ねた。なんて小動物みたいなんだ。可愛い。

「はい、ちさなにプレゼント」
 チューリップをちさなに手渡すと、さらに喜んでくるくる回る。可愛い。

「もっと見せて!」
「これはね、一日に一回しか出来ないんだ。だから、また今度ね」
「そっかー! わかった!」
 あっさりと引いてくれた。物分かりの良い子だ。そして可愛い。

「ばいばい! またあそぼ!」
 ちさなは満面の笑みを浮かべて、僕の手を取った。

「うん。またね」
 僕も名残惜しさを振り切って、笑い返した。
 掴み所の無い不思議な子だけれど、一緒にいると心がポカポカする。

 僕はあの子が好きなのかもしれない。

 ちさなたちを見送った後、頭を優しく撫でられた。何だろうとお母さんを見上げると、目を細めて優しい顔をしていた。

「珀弥、千真ちゃんのこと気に入った?」
「うん! 大好き!」
「そう、良かったわ」
 即答すると、お母さんは嬉しそうに笑った。

***

 僕は自分の部屋に戻らず、かずまの部屋に向かった。弟の体調が気になったからだ。

「かずまー」
 戸を三回叩き、名前を呼びかける。

「……ん」
 中から微かに声が聞こえた。起きているみたいだ。
 戸を開けると、かずまは相変わらず布団の中に潜り込んでいた。

「かずま、調子はどう?」
「……ぼちぼち」

「それは良かった」
 かずまは『良い』とか『悪い』とかは滅多に言わず、いつも曖昧な答えを返してくる。『ぼちぼち』は比較的良い方の答えだ。

「ちさなが来てびっくりしなかった?」
「……まぁな」

「隠れさせてーって来たの?」
「……ああ」

 基本的に、僕とかずまの会話はこんな感じ。僕が殆ど一方的に喋って、かずまは一言イエスノーぼちぼちと答えるんだ。

 でも、かずまが考えていることは何となく伝わってくるから、言葉が少なくても大丈夫。

「布団の中に隠れてるなんてビックリしたよ。かずまが入れるなんて思わなかった」

 かずまは自分の領域に入られるのを嫌がる。
 触れられるのも嫌いだし、人と話すのも好きじゃない。大体は無言で睨んで拒絶する。

 だからこそ、初対面のちさなを受け入れたことに驚いたんだ。

「……あいつが勝手に」
「ちさなは凄いなぁ」
 どうやら、かずまはちさなのペースに乗せられてタジタジになっていたご様子。

「かずまは疲れなかった? 大丈夫?」
「……疲れた」
 そりゃあそうだ。顔色も良くないし。って、それはいつものことか。

「そうだよね。ごめん、ゆっくり休んでて」
「……いい。話、聞かせて」
 話を切り上げて出て行こうとしたが、珍しくかずまが僕を呼び止めた。

 かずまが自分から積極的に話すのは、本当に珍しいのだ。

「無理は?」
「してない」
「じゃあ、ちょっとだけ」
 と僕は座り直す。

 いつもは外の世界のこと、身の回りで起こった出来事を話すけれど、今日はちさなのことについて。

 初対面でいきなり頬っぺたを引っ張られたこと。
 追いかけっこをしたけれど、ちさなの足がかなり遅くて大変だったこと。
 不思議な性格をしていること。
 ジャンケンはやたらと強いこと。
 かくれんぼのこと。

 あれやこれやと身振り手振り。
 かずまは時折相槌を打ち、僕の話に耳を傾けていた。

「……珀弥はあいつが好きなんだな」
 僕が話し終わると、かずまは一言だけ感想を言う。
 長々と話しても、いつも簡潔にまとめてしまうのがうちの弟だ。

「わかる?」
「お前はわかりやすい」
「なにそれー!」
 かずまは表情ひとつ変えないけれど、何だか楽しそう。いつもより饒舌なのがその証拠だ。

 僕たちは性格は違うし、利き手も逆で、顔以外は似てないって言われる。
 だけれど、口裏合わせもしてないのに同じことを同時に考えるし、ジャンケンはあいこが続くし、実は好みも似ている。

 きっと、かずまもちさなの事は悪くは思っていないのかもしれない。
 こんなことを本人に言ったら怒るかもしれないから、口には出さないけど。

「またちさなが遊びに来たら、ちょっとの間だけここに連れてきて良い?」
「勝手にしろ」
 要するに良いってことだ。

「やったー!」
 かずまが外の人に対して心を閉ざさないのは珍しい。
 ちさなと会って、少しでも明るくなってくれたら嬉しいな。
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