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第十八章 勿忘草
18-2 見覚えのある少年
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* * * * * * * *
「ふあぁ……」
「おや、起きたのかい?」
黒い天狗が小屋を出て行ったすぐ後、白い子供が目を覚ました。と言っても、まだ半分しか目が開いていない。
彼は眠そうに目を擦りながら、よろよろと立ち上がった。
「まだ疲れてるんじゃないかい? もうちっと寝てなさい」
「んーんー」
寝るように勧めても、子供は駄々をこねるように首を振った。困ったもんだ。
子供は耳をぴくぴくと動かし、何かを探すように周囲の臭いを嗅いでいた。
その探し物はすぐ見つかったようで、目的の方向——主人が横たわっている場所に目を向けた。
「んー……」
床の上をぺたぺたと歩き、自分の主に近付こうとする。その足取りはまだおぼつかない。
「こらこら、まだ駄目だよ」
この子は主人によく飛び付くらしい。
あんな深い傷を負った状態で飛び付かれてしまえば、追い打ちをかけることになるのは想像に難くない。
だが、その予想はすぐに外れることとなった。
「——大丈夫」
今までのたどたどしい話し方からは想像出来ないほど、しっかりとした声。
子供はこちらを振り向くと、穏やかに笑った。
「こりゃあ、たまげた」
青かった筈の瞳が、緑色に変わっていた。
その顔付きも少し大人びたものになり、見慣れた誰かに似ている。
「お前さん、どうして……」
「ふふ、おじいちゃん。きっと人違いだよ」
白い子供は含みのある笑みを浮かべ、人間のお嬢ちゃんの傍に腰を降ろした。
「ほう、そうかい。知り合いに随分似てる気がしてなぁ」
「……うん。ぼくたち、とっても似てるから——」
彼はお嬢ちゃんの手を取る。
「ちさなを連れてくるから、待っててね」
そう言うと、ゆっくり目を閉じた。
その瞬間、首がガクンと垂れ下がり、体勢を崩しかける。儂は慌てて子供を抱きとめ、静かに床に寝かせた。
「本当に、よく似ているよ」
たまげたなぁ、と繰り返す。
まだ幼く、女子にも見間違えそうな顔立ち。その寝顔にも、やはり見覚えがあった。
****
そう、ちょっとした昔話だよ。
数年前、幼い鬼が山の頭領の息子に弟子入りした。
その子は身体を動かすことが絶望的に不得手で、走り方が解らないほどだったという。
馬鹿息子は知ったこっちゃないと、加減をせずに幼い鬼をボコボコに打ちのめしてしまった。
そして、ぼろ雑巾のようになった子を此処に寄越したのだ。それも、一回や二回ではない。毎回だ。
『まーたやっちまったわ。悪いけどまた面倒見てくれない?』
『ちったぁ手加減してやんなさい。まだ戦い方を知らないんだろう』
『野郎に優しくする義理無いわ』
『手厳しいな』
首根っこを掴まれ、引きずられて来た鬼の子。彼は気絶しており、ピクリとも動かない。
怪我をしているんだから、そんな雑な運び方をするんじゃないと言っても、馬鹿息子は大丈夫大丈夫とヘラヘラ笑っていた。
『しっかし、弱いクセになかなか倒れねぇんだよなぁ。苦労したわ』
『お前さん、まさか倒れるまで痛め付けたとか……』
『人聞きの悪い。こいつの限界を知ろうとしただけだよ』
『おいおい。そんなことしてたら、いつか噛みつかれるぞ』
不完全とはいえ、この子も鬼だ。いずれは鋭い牙を持ち出すやもしれん。
馬鹿息子は歯を見せて、ニィと笑った。
『上等だ。噛みつけるようになったら大したモンだよ』
でも返り討ちにしてやらぁ、と自信満々に付け加える。
天狗特有の傲慢な立ち振る舞いだが、それは確かな実力に裏付けされたものだった。
『まー、絶望的に戦いの才能が無いし、心配するこたぁねぇよ』
『致命的だねぇ』
鬼の子は険しい顔で眠っているが、女子のような顔立ちをしており、戦えなくても仕方ないと思えてしまう。
目の前の男の妹は、か弱いどころか大人すら泣かせるが、そこは例外ということにしておこう。
『まぁ、こいつが完全な鬼だったら……なかなか倒れねぇどころか、何度殺しても死なねぇと思うぞ』
『へぇ、それはえらいこった』
『もし敵に回したら厄介だろうな』
厄介だと言いつつ、その表情には余裕がある。
こいつは敵にならないという信頼か、敵になったらすぐ殺せるという自信か。
……後者だろう。妖怪に厚い仲間意識など存在しない。
例え、人間社会に馴染みかけてるこの男でさえ、例外ではなかろう。
『んじゃ、後はヨロシク』
『仕方ないねぇ』
馬鹿息子は立ち去り、儂は重い腰を上げ、鬼の子の手当てに取り掛かる。
全く、この幼い鬼の寝顔を何度見たことか。
『言われっぱなしは癪だろう?』
『……あの野郎の翼、いつかへし折ってやる』
彼は目を瞑りながら、恨み言を呟いた。顔に似合わず、荒い言葉遣いだ。
この負けん気があれば、そのうち擦り傷程度はつけられるようになるだろう。
『相変わらず傷の治りは早いねぇ。どれ、この薬を飲みなさい。とても苦いよ』
『……やだ』
『そこはお子ちゃまだねぇ』
なぁに、何度殺しても死なないなら、心配することはない。そのうち、お前さんの翼をへし折りに来るだろうよ、烏坊。
その時は精々殺されないように頑張りな。
「ふあぁ……」
「おや、起きたのかい?」
黒い天狗が小屋を出て行ったすぐ後、白い子供が目を覚ました。と言っても、まだ半分しか目が開いていない。
彼は眠そうに目を擦りながら、よろよろと立ち上がった。
「まだ疲れてるんじゃないかい? もうちっと寝てなさい」
「んーんー」
寝るように勧めても、子供は駄々をこねるように首を振った。困ったもんだ。
子供は耳をぴくぴくと動かし、何かを探すように周囲の臭いを嗅いでいた。
その探し物はすぐ見つかったようで、目的の方向——主人が横たわっている場所に目を向けた。
「んー……」
床の上をぺたぺたと歩き、自分の主に近付こうとする。その足取りはまだおぼつかない。
「こらこら、まだ駄目だよ」
この子は主人によく飛び付くらしい。
あんな深い傷を負った状態で飛び付かれてしまえば、追い打ちをかけることになるのは想像に難くない。
だが、その予想はすぐに外れることとなった。
「——大丈夫」
今までのたどたどしい話し方からは想像出来ないほど、しっかりとした声。
子供はこちらを振り向くと、穏やかに笑った。
「こりゃあ、たまげた」
青かった筈の瞳が、緑色に変わっていた。
その顔付きも少し大人びたものになり、見慣れた誰かに似ている。
「お前さん、どうして……」
「ふふ、おじいちゃん。きっと人違いだよ」
白い子供は含みのある笑みを浮かべ、人間のお嬢ちゃんの傍に腰を降ろした。
「ほう、そうかい。知り合いに随分似てる気がしてなぁ」
「……うん。ぼくたち、とっても似てるから——」
彼はお嬢ちゃんの手を取る。
「ちさなを連れてくるから、待っててね」
そう言うと、ゆっくり目を閉じた。
その瞬間、首がガクンと垂れ下がり、体勢を崩しかける。儂は慌てて子供を抱きとめ、静かに床に寝かせた。
「本当に、よく似ているよ」
たまげたなぁ、と繰り返す。
まだ幼く、女子にも見間違えそうな顔立ち。その寝顔にも、やはり見覚えがあった。
****
そう、ちょっとした昔話だよ。
数年前、幼い鬼が山の頭領の息子に弟子入りした。
その子は身体を動かすことが絶望的に不得手で、走り方が解らないほどだったという。
馬鹿息子は知ったこっちゃないと、加減をせずに幼い鬼をボコボコに打ちのめしてしまった。
そして、ぼろ雑巾のようになった子を此処に寄越したのだ。それも、一回や二回ではない。毎回だ。
『まーたやっちまったわ。悪いけどまた面倒見てくれない?』
『ちったぁ手加減してやんなさい。まだ戦い方を知らないんだろう』
『野郎に優しくする義理無いわ』
『手厳しいな』
首根っこを掴まれ、引きずられて来た鬼の子。彼は気絶しており、ピクリとも動かない。
怪我をしているんだから、そんな雑な運び方をするんじゃないと言っても、馬鹿息子は大丈夫大丈夫とヘラヘラ笑っていた。
『しっかし、弱いクセになかなか倒れねぇんだよなぁ。苦労したわ』
『お前さん、まさか倒れるまで痛め付けたとか……』
『人聞きの悪い。こいつの限界を知ろうとしただけだよ』
『おいおい。そんなことしてたら、いつか噛みつかれるぞ』
不完全とはいえ、この子も鬼だ。いずれは鋭い牙を持ち出すやもしれん。
馬鹿息子は歯を見せて、ニィと笑った。
『上等だ。噛みつけるようになったら大したモンだよ』
でも返り討ちにしてやらぁ、と自信満々に付け加える。
天狗特有の傲慢な立ち振る舞いだが、それは確かな実力に裏付けされたものだった。
『まー、絶望的に戦いの才能が無いし、心配するこたぁねぇよ』
『致命的だねぇ』
鬼の子は険しい顔で眠っているが、女子のような顔立ちをしており、戦えなくても仕方ないと思えてしまう。
目の前の男の妹は、か弱いどころか大人すら泣かせるが、そこは例外ということにしておこう。
『まぁ、こいつが完全な鬼だったら……なかなか倒れねぇどころか、何度殺しても死なねぇと思うぞ』
『へぇ、それはえらいこった』
『もし敵に回したら厄介だろうな』
厄介だと言いつつ、その表情には余裕がある。
こいつは敵にならないという信頼か、敵になったらすぐ殺せるという自信か。
……後者だろう。妖怪に厚い仲間意識など存在しない。
例え、人間社会に馴染みかけてるこの男でさえ、例外ではなかろう。
『んじゃ、後はヨロシク』
『仕方ないねぇ』
馬鹿息子は立ち去り、儂は重い腰を上げ、鬼の子の手当てに取り掛かる。
全く、この幼い鬼の寝顔を何度見たことか。
『言われっぱなしは癪だろう?』
『……あの野郎の翼、いつかへし折ってやる』
彼は目を瞑りながら、恨み言を呟いた。顔に似合わず、荒い言葉遣いだ。
この負けん気があれば、そのうち擦り傷程度はつけられるようになるだろう。
『相変わらず傷の治りは早いねぇ。どれ、この薬を飲みなさい。とても苦いよ』
『……やだ』
『そこはお子ちゃまだねぇ』
なぁに、何度殺しても死なないなら、心配することはない。そのうち、お前さんの翼をへし折りに来るだろうよ、烏坊。
その時は精々殺されないように頑張りな。
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