白鬼

藤田 秋

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第十六章 夏の河と風

16-4 『馬鹿息子』

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* * * * * * * *

「いきなりキレるとかカルシウム不足か?」
 いや、もしかしたら女の子の日なのかもしれない。
 本人に言ったら股間蹴り上げられそうだから言わないけど。

 まー、物思いにふけってるときのナツに話し掛けるとキレるからな。
 そっとしておいた方が良いんだろうが、ついついチョッカイだしちゃう。

 顔赤くしちゃって、可愛いところあるからな。

 さて、無事に送り届けたことだし、帰るか。
 オレは周りに人間がいないことを確認すると、元の姿に変化し、翼を広げた。
 徒歩より飛行の方が早い。

「よっこらせっ」
 翼を羽ばたかせて飛び上がり、空から山へと向かう。人間の世界から、妖怪の世界へ。

 ……行くにはちょいと時間が掛かりそうだな。背後に殺気を感じる。一つ二つでは無い。あー、めんどくせ。

 オレは愛用の錫杖を構えた。

「はいはい、お次はあんたらですか?」
 こっちは臨戦態勢だと挨拶をしてやっても、
 あっちはウンともスンとも言いやがらねぇ。はぁー、礼儀ってモンがなってねぇよ?

「あぁ、そうそう」
 オレは懐から、ある物を取り出す。それをわざとチラつかせた。

「忘れ物だ」
 と、見えざる敵に投げつける。
 クナイは空気を切り裂きながら進んでいたが、ある一点で弾き返され、今度はオレに牙を剥いた。

「っとお! あっぶね!」
 迫り来るクナイに風をぶつけ、速度を落としたところをキャッチする。

 反撃してきたということは、自分がそこにいるという意思表示っつーことでいいのかねぇ?

 途端に、周りの景色が薄暗くなる。
 光源は蒼白い月の光だけ。月の光は山々のシルエットを浮かびあがらせた。

 だが、ここは現実とは似て非なる世界。
 奴らはの世界に、引きずり込まれたってことだ。それが意味するのは……。

「へぇ、本気でオレを殺す気なんだ?」
 答えは、無い。
 ただ、オレに向けられる殺気がその答えだった。

 影は音もなく動く。
 オレの周りを取り囲み、そして一斉に武器を構えた。

 まずは三百六十度度全ての方向からクナイが放たれる。避ける隙間は無い。

「最初から飛ばすねェ」
 だが、ここで喰らうようなオレじゃない。
 身の回りに風を起こし、飛んできたクナイに倍の速度を乗せて全て弾き返した。

「ぐっ!」
「ぎゃああ!」
「がはっ!」
 弾丸よりも速いクナイは持ち主のもとへと全力で戻って行ったようで、あちこちから呻き声が聞こえてきた。

 全員仕留めたとまではいかないが、大多数は削れたんじゃねーのかな。
 人数の割には大したことねぇな。欠伸が出る。

「話が違うぞ! 手負いのはずじゃないのか!?」
「うるさい、ここは退くぞ!」
 みっともなくギャーギャー喚く声。なるほどね、手負いの時を狙ったと。

「ゆっくりしていけよ」
 逃げ出そうとした輩の周りに結界を展開し、逃げ道を塞いだ。

「くっ!」
「おいおい、いきなり喧嘩売ってきといて、さっさと帰る奴なんていねぇよなー?」
 オレは奴らに近づき、クナイを手で弄んだ。

「これ、うちのお姫様のとこにんだけどさ、見覚えがあるんだよねぇ。お前ら何か知らねえ?」

 奴らは口を閉ざし、何も答えない。
 口は布で覆ってるからもしかしたら開いてるかも……ってそんな間抜けはいねぇか。

 布で隠れていない目は、視線が泳いでいる。

「おい、若頭が聞いてんだ。何か答えろよ」
 オレは未熟な部下の喉元にクナイの切っ先を食い込ませた。

「気付かないとでも思った? 思うかぁ。オレは『馬鹿息子』だもんな?」
 このクナイに刻まれた印は、大天狗の配下の証。
 オレの部下が持っているものだ。つまり、今は反旗を翻されているということだ。

「若……」
「ん? 良いよ良いよ、この社会は下剋上だし」
 許しを乞う様な視線を送ってくるなんて情けねぇな。

 上に立ちたきゃ力づくで。そんな物騒な社会だ。こんなの、よくあること。
 部下はオレの言葉を聞いて、安心したように肩の力を抜いた。

 ホント、こいつオレのこと馬鹿息子だと思ってるんだな。

「けどよ、失敗したときの覚悟はしとけよな」
「え?」
 その間抜けな面してる馬鹿の首に、クナイを突き刺した。

 固いものが当たるが、無理やりねじ込む。
 部下はゴポゴポと血の泡を吹きながら必死に何かを言っているようだが、空気の抜けるような音しか聞こえない。

「言い訳ですかぁ? 聞っこえなーい!」
 そして、クナイを横薙ぎに振り抜いた。
 切り裂いた首元から生暖かい血が吹き出し、オレの顔に降りかかる。それと同時に、部下は事切れた。

「やってらんねえわ。ま、恨むなら己の弱さを恨めよな」
 オレはまだ生き残っている奴らに視線を送る。

 面倒くさいなぁ、こういう処理。
 手に持った錫杖を振りかぶり、残りの雑魚共に狙いを定めた。

***

「あれ、おにい帰ってたの? てか生臭っさ!」
「くーちゃんそれ酷いぜー?」

「その呼び方鳥肌立つんだけど本気でやめてくれないですか」
「お兄ちゃん本日一番のダメージ」

 屋敷に帰ると、妹の呉羽が辛辣な言葉と共に出迎えてくれた。
 精神的に削られるのはいつものことなので気にしたら負けだ、余計に辛い。

 ズーンと沈んでいると、呉羽が怪訝な顔でオレを見てきた。

「何かあったの?」
「お、心配してくれんの?」

「うぜぇもういい」
「ごめん調子に乗った」
 何でこう、天狗の女はオレに冷たいんだろう。

「……そういうの、もうやめたら?」
「あん?」
 急に真面目な表情になった呉羽はオレの胸倉を掴み、グイッと顔を近づけてきた。
 それはイケナイぜ兄妹なのに! っつったら殴られそうだからグッと堪えた。

「そうやってさ、いつまで馬鹿のフリするの? もう呉羽しか居なくなっちゃったよ」

 ——乱雑に転がる兄弟たちの屍。抗えない無力感の中、呆然と立ち尽くす自分。

「……くーは痛いとこ突くなぁ」
「ヘラヘラして逃げないでよ。そんなんじゃナメられて、おにいが的になっちゃうじゃん!」
 気付けば、呉羽の声は震えていた。
 そっか。オレは口の端を釣り上げ、呉羽の頭に手を置いた。

「やっぱ心配してくれるんだ? 嬉しいな」
「何言ってんの! 呉羽は……」
「はいはい、わかってるって」
 呉羽の追及をかわし、部屋に戻ることにした。こいつも可愛いところあんだよな。
 ……これで良いんだよ。

 何度も言うが、妖怪社会は実力が全てだ。上に立っても弱けりゃ喰われる。
 下剋上が普通。だからこそ、オレらみてぇな『上に立つ者』はよく狙われるんだわ。

 今でこそオレが長子扱いだが、上にも下にも兄弟は大勢居たんだぜ?
 でもさ、真面目で強そうな奴から狙われてさ……最終的にはオレと呉羽しか残らなかった。

 馬鹿のフリして目を逸らしたオレと、純粋に強い呉羽だけが。

 んで、大将の後継ぎの頭数が減ってきたところで、ようやくオレも狙われてきたってワケだ。

 今朝もうっかり罠にハマっちまってさ、ちょっと危なかったし。挙げ句の果てにはナツも狙われる始末。

 呉羽への狙いが逸らせたのは良いが、その代わりにナツを狙うなんて狡いことするもんだ。
 ちぃと簡単に死ねなくなったわ。元から死ぬ気も無いけどネ。

「はー、どーしよっかねー……」
 自室の畳に仰向けになり、天井を仰いだ。頭がボーッとして、今は何も考えたくない。

『妻と、娘、を……頼んだ……』
 それは、途切れ途切れに紡がれた最期の言葉。

 ああ、任せろ。伯父さん。
 オレは目蓋を降ろした。大切な物が手の届く範囲まで減ってしまったなら、あとは守るだけだ。
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