白鬼

藤田 秋

文字の大きさ
上 下
167 / 285
第十五章 夜に咲く華と

15-3 出店があるときだけやたらと混む

しおりを挟む
 なっちゃんに連れて来られた部屋は、私が神社に来たばかりの頃に巫女装束を合わせた所だった。

 あの時と変わっておらず、片付いていて小綺麗な部屋だ。
 大きなタンスに、化粧台がある。

「さぁ、座って」
「うん、わかった」
 なっちゃんは化粧台の前に置いてある小さな円柱の椅子を出し、座るように私を促す。
 私は椅子に座ると、三面鏡に向き直った。

「チマは素材を生かしたナチュラルなメイクが良いわよね!」
「それならノーメイクでも良いんじゃないでしょうか?」

「ナチュラルメイクってのはね、メイクしてないように見せかけるためにガッツリメイクするのよ。軽装に見せかけた重武装よ」
「ほ、ほえぇ」
 知らなかった。女の子は裏で何重にも顔に塗装しているのだ。可愛くなるためには手間がかかる。

「とにかく! お姉さんに任せなさい」
 なっちゃんは笑いながらポーチを開け、化粧の準備を始める。今から劇的にビフォーアフターさせられるのだろうか。

「なっちゃん、張り切ってるね」
「だって、可愛いチマと一緒に花火が見れるんだもの。張り切っちゃうでしょ?」
「お、おっす」

 鏡に写る彼女は頬を染め、恍惚の表情をしながら身体をくねらせた。
 何というか、翼君が私を餌にしたという意味がわかった気がする。

「翼君も忘れないであげてね?」
「あんなの知らないわ」
 なっちゃんは笑顔だが、声は氷点下の冷たさだ。ドンマイ翼君。

「本人が聞いたら泣いちゃうよ?」
「別に、そこまで繊細な奴じゃないから大丈夫よ。いつもヘラヘラして、ふざけてるだけだから」
 なっちゃんは慣れた手つきで私の髪をピンで留めていく。

「そうかな? 翼君も気にすることは気にするみたいだけど……」
 なっちゃんと花火大会を行く約束を破ってしまったことを、今でも気にしているし。

 今回はあの約束を果たそうと、彼女を誘ったのだろう。ヘラヘラしてると見せかけて、責任感はあるのかも。

「気にしてるフリをしてるだけよ。あいつは嘘つきだからね」

 液体の入ったボトルを傾け、中身をコットンに染み込ませる。
 彼女は切なげに目を伏せ、私の顔にコットンを滑らせた。ヒヤッとする。ところでコレおいくらなんでしょう。

「あいつから話を聞いたんでしょ? 花火大会のこと」
「ぎくっ」
「うん、ぎくって口に出すくらい動揺しなくて良いわよ」
 なっちゃんは薄く笑う。あっさりとバレてしまった。元より、隠しているつもりはなかったけれども。

「翼君もきっと反省してるし、いつか許してあげて欲しいなって思ってる」
 私は姿勢を正し、鏡越しになっちゃんのブラウンの目を見つめる。
 彼女はキョトンとした後、柔らかく笑った。

「本当はね、怒ってるわけじゃないの。ただ——」
 と言葉を切り、首を振る。

「何でもないわ。さ、目を閉じて?」
 話をはぐらかすように、なっちゃんは化粧をする手を動かした。

 彼女は何を言いかけたのだろうか。でも、これ以上突っ込んだ話をしないほうが良いだろう。

 私は大人しくなっちゃんにメイクされることにした。

***

「おお、おおお!」
 鏡には華やかで垢抜けた女の子が映っていた。
 華やかと言っても、派手過ぎず、ケバケバしくはない。

 目蓋はラメ入りの淡いピンクで明るく彩られ、縁は薄いブラウンでなぞられて自然な仕上がりとなっている。
 唇は赤みを抑えたピンク色に染まり、瑞々しく光沢を帯びている。

 すごい、人間ってここまで化けるんだ……!

「やーん! チマったら可愛い!!」
「おぶっ!」
 私の頭がなっちゃんのお胸に埋まるのは、もう様式美になっているのかもしれない。

「男共に見せたくは無いわね。これは凶器よ……」
「えっ」

「このまま連れ去ってガラスケースに入れて私室に展示して……」
「えっ」

「冗談よ」
「ごめん、どれが冗談?」
 なっちゃんの本気の眼差しが怖い、夏。

 居間に戻ると、翼君から相変わらずのチャラい反応が来た。一方、珀弥君は少し目を逸らして、顔を赤くしていた。

「珀弥く——」
「ちーちゃーん!」
 珀弥君にどうしたのかと尋ねようとしたとき、コマちゃんが私の腰に抱きついてきた。
 狐珱君の散歩にくっ付いて外に出ていたのだが、戻ってきたのか。

「お帰りコマちゃん。楽しかった?」
「うん!」
 コマちゃんは元気良く返事をすると、私を上から下までまじまじと見つめてきた。

「ん? どうしたの?」
「ちーちゃん、かわいー!」
 彼はぐりぐりと私の胸に顔を擦り寄せた。

「もー、ありがと」
 甘えてくるコマちゃんに笑顔を返し、少し癖のある白い髪を撫でてあげた。小さな子供は可愛らしい。

「あたしも小さい犬だったら……」
「おーい、ナツ。目が怖ェぞー」

「黙れ羽毛」
「もはや翼でもねーな」

***

「いってらっしゃい。楽しんできてくださいませ」
「はーい!」
 天ちゃんに見送られ、私たちは花火大会に向かうことにした。
 もうじき夕陽が沈む頃。空は茜色から紺色のグラデーションになっていた。

「わんっ! わんっ!」
「ふふ、コマちゃん楽しそうだね?」
 犬の姿に変身しているコマちゃんは、私の腕の中で嬉しそうに声を上げる。

 花火大会に行きたいと言い出したのは彼だ。とても楽しみなのだろう。私も楽しみだ。

 鳥居をくぐり抜け、商店街の方向に行くと、屋台がぽつぽつと見え始めた。
 もっと進むと屋台の数も増え、それと比例して人も増えている。

 金魚すくいや射的、綿飴やりんご飴、冷やしパインに冷やしキュウリもある。キュウリは別に良いや。

「わぁ、お祭りみたい!」
「わんっ!」

「あぁん、はしゃいでるチマ可愛い」
「うっす」
 隣で恍惚の表情を浮かべるなっちゃんに引いていると、翼君が口を開いた。

「まー、実際お祭りだよな。この人出」
 翼君は辺りを見回しながらニヤリと笑う。彼は賑やかな人だし、お祭りの雰囲気もよく似合うな。

 一方、翼君と私に挟まれて歩いている珀弥君は、いつもより口数が少なく表情も固かった。
 人混みが嫌いって言ってたし、無理させちゃったよね……。

「珀弥君、ごめんね」
「ゑっ、何が?」
 彼は目を見開いて聞き返す。

「ほら、人混み嫌いなのについて来て貰っちゃって……」
「なんだ、そのこと?」
 珀弥君はクスクスと笑いながら首を振った。

「僕は千真さんが楽しんでくれれば良いから、構わないよ。それに、こんな人混みの中に行かせるなら、ちゃんと保護者が付いていかないと」

「何かちっちゃい子扱いしてない?」
「気のせいだよ」
「えー」
 どうも、珀弥君は過保護な気がする。そして私を子供扱いしている。ぐぬぬ。

 そのとき、コマちゃんがとある屋台にむかって一吠えした。

「どうしたの、コマちゃん?」
「わんっ!」
 コマちゃんが見ている屋台には、チョコバナナが並べてあった。あれが食べたいのだろうか?

「犬にチョコは毒だから駄目だよ」
「わう」
 駄目だと言うと、コマちゃんは耳を折ってしょんぼりとしてしまった。ごめんね。

「犬にも安心なモンが売ってる屋台ってあんのか?」
 翼君が眉を寄せたとき、珀弥君がある屋台を指さした。

「ほねっこ屋だって」
「あった!!」
 ほねっこ屋には犬用の骨が売っており、お祭りでどれほど需要があるのかと疑うほど謎な屋台である。
 だけど今、私たちに需要がありそう。

「コマちゃん、ほねっこいる?」
「わふっ」
 彼は首を振った。やはり、ほねっこ屋に需要は無さそうだ。

「あっ!」
 歩いていると、綺麗に光る物が並べられている屋台を見つけた。近付いてみると、ガラス細工のようだ。

 鶴や亀、龍や麒麟、犬や猫、動物の他には花をモチーフにしたものなど、レパートリーが豊富である。

「すごい、綺麗」
「本当。見事ね」
 私がガラス細工を見ていると、なっちゃんも目を細めてにっこりと笑った。

「お嬢ちゃんたち、よく見ていきな。おっちゃんが丹精込めて作ったものばかりだからね」
 ガラス細工屋のおじさんは人の良さそうな笑みを見せる。

「皆おじさんが作ったんですか!?」
「そうだ。何か欲しいものはあるかい? お嬢ちゃんは可愛いからまけてやるよ」

「ほんと!?」
「あぁ、もちろん。そっちの色っぽい嬢ちゃんも何かあったら言っておくれ。もちろんまけてやるよ」
「ふふ、ありがとうございます」

 おじさんに促され、私となっちゃんはガラス細工を選び始めた。どれも繊細で、幻想的な輝きを放っている。

「かわい子ちゃんってこういう時に得だよな」
「口に出すなよ」
 男子陣は軽口を叩いて私たちの後ろからガラス細工を覗いていた。

 こういう屋台のおじさんは若い女の子には甘かったりするから、翼君の言っていることは間違ってはいないかも。

「何だ、兄ちゃんたちも見るかい?」
「いいや、遠慮しとくわ。オレはこういうのガラじゃねーし」

「見りゃわかるぞ」
「おじさんまでオレを苛めんのか!?」
 この屋台のおじさん、初対面なのに翼君の扱い方を理解してるとは、なかなかできる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お江戸あやかしグチ処~うちは甘味処です!~

かりえばし
キャラ文芸
物語の舞台は江戸時代っぽい甘味処。 時期は享保~天明っぽい頃。 街には多くの甘味処があり、人々はそこで休息を取りながら美味しい甘味を楽しんでいた。 主人公の凛は、甘味処を切り盛りする行き遅れ女性(20歳) 凛の甘味の腕前には定評があり、様々な客から愛されている。 しかし凛は人間不信で人間嫌い。 普段は自分の世界に閉じこもり、人々との交流も避けている。 甘味処に来る客とは必要最低限の会話しかせず、愛想笑いの一つも浮かべない。 それでもなお、凛の甘味処がつぶれないのは奇妙な押しかけ店員・三之助と愚痴をこぼしに来る人間臭いあやかしたちのおかげだった。 【表紙イラスト 文之助様】

あやかし第三治療院はじめました。 

にのまえ
キャラ文芸
狼環(オオカミ タマキ)はあやかしの病魔を絵でみつける、病魔絵師を目指す高校生。 故郷を出て隣県で、相方の見習い、あやかし治療師で、同じ歳の大神シンヤと共に あやかし第三治療院はじめました!! 少しクセのある、あやかしを治療します。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

灰色の犬は愚痴だらけ

皐月 翠珠
キャラ文芸
美味しいご飯が食べたい。 ベッドはふかふか、おひさまの匂いがいい。 だけど現実はそう甘くはない。 これはとある犬の徒然なる愚痴を綴った物語。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

四葩の華獄 形代の蝶はあいに惑う

響 蒼華
キャラ文芸
――そのシアワセの刻限、一年也。 由緒正しき名家・紫園家。 紫園家は、栄えると同時に、呪われた血筋だと囁かれていた。 そんな紫園家に、ある日、かさねという名の少女が足を踏み入れる。 『蝶憑き』と不気味がる村人からは忌み嫌われ、父親は酒代と引き換えにかさねを当主の妾として売った。 覚悟を決めたかさねを待っていたのは、夢のような幸せな暮らし。 妾でありながら、屋敷の中で何よりも大事にされ優先される『胡蝶様』と呼ばれ暮らす事になるかさね。 溺れる程の幸せ。 しかし、かさねはそれが与えられた一年間の「猶予」であることを知っていた。 かさねにだけは不思議な慈しみを見せる冷徹な当主・鷹臣と、かさねを『形代』と呼び愛しむ正妻・燁子。 そして、『花嫁』を待っているという不思議な人ならざる青年・斎。 愛し愛され、望み望まれ。四葩に囲まれた屋敷にて、繰り広げられる或る愛憎劇――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

処理中です...