白鬼

藤田 秋

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第十四章 奥底に秘めるのは

14-3 信じたい人

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「顔が、ちょっと……近いです」
「わ、悪ィ」
 たけし君は肩を竦め、私から一歩離れる。

 人気のない教室、異性と二人っきり、そして真剣に私を見つめる彼。
 これって、もしかして恋愛モノでよく見かけるシチュエーションではないでしょうか。

 この作品、今まで『恋愛なにそれおいしいの?』状態だったのに、まさかいきなりそんな、まだ心の準備が——。

「神凪、俺はお前のことが好きだった。それは今でも変わらない」
 たけし君は頬を赤くしながらも、しっかりとした口調で私にそう告げた。

 ふぉおおおお! 言われた! 本当に言われちゃったよ! そういうムード分からないから地の文の時点で大分ブチ壊してる!
 私ったら恋愛モノのヒロインには絶対向かないね!

「あ、あうあうあうあう」
 何と言えば良いか判らず、あうあうと口から謎の言語が飛び出るだけ。

「神凪、頼むからボケでかわさないでくれねーか……」
「ごめん」
 混乱している場合じゃない。たけし君は真剣に告白してくれたんだ。私も誠意を見せないと駄目だ。

 たけし君を見上げ、ギュッと拳を握った。
 万が一、このようなシチュエーションに陥った場合の答えは、既に決めてある。

「私もたけし君が好きだよ——」
 彼の顔が明るくなるが、私の台詞にはまだ続きがある。

 これを聞いたら、たけし君は落胆するかもしれない。けれど、曖昧に答えを流すのが一番失礼だと思うから。

「でも、それは友達っていう意味でなんだ。だから、たけし君の『好き』には答えられないよ……ごめん」
 もう、昔感じた『ときめき』というものは感じない。
 彼のことは好きだ。私の恩人として、大切な友達として。

「もう、チャンスは無いのか?」
 たけし君は悲しそうに顔を歪めながら、私の両肩を掴んだ。

「それは——」
 すぐには答えられなかった。昔は彼への恋心を抱いていたが、それが戻ってくるのか、判らなかった。私は……。

『千真さん』

「っ!」
 優しく私を呼ぶ声が頭の中で再生された。
 何故、またを思い出したのだろう。

「……まさか、あいつだなんて、言わねえよな……」
 たけし君は肩を握る手に力を込めた。締め付けられた肩にはキリキリと痛みが走る。

「やだ、たけし君、痛いよ……」
「あいつはだけは絶対やめておけ。お前が不幸になるだけだ!」
 私が痛みを訴えても、たけし君は取り憑かれたように目を見開き、恐ろしい顔で睨みつけてくる。
 どうして、こんな乱暴をするの……!

「お前はあいつに騙されてるんだよ、何でそれに気付かねえんだ!!」
 たけし君は必死に訴えかけるように叫び、私の肩を更に握る。

「いっ……その、あいつって誰のこと?」
 私は痛みに耐えながら、彼の言う『あいつ』について尋ねてみた。『あいつ』の何が此処まで彼を駆り立てるのだろうか。

「誰って、決まってんだろ……黎藤珀弥だよ!!」
 ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。何故、珀弥君の名前が出るの?

「珀弥、君?」
「そうだ。あいつは危険なんだよ」
 ……?
 確かに翼君に対しては凶暴かもだけど、いつものほほんとしてて平和的な人なのに。

「違うよ、珀弥君は優しい人だよ……」
「それが騙されてるっつってんだ!!」
 たけし君は私を怒鳴りつけ、壁際に追い詰めてくる。

「あぁいう奴ほど、笑顔の裏で何を考えてるかわからねぇんだよ」
 どうして。

「おまえも油断してると、いつか襲われるぞ!」
 どうして……。

「だってあいつは——」
「どうしてそんな事言うの!?」
 一方的に珀弥君を貶すたけし君に我慢できなくて、思わず私も大声を出してしまった。

「神な——」
「たけし君は珀弥君の何を判ってるの!?」
 と、私は叫んだ。もう耐えられなかった。これを皮切りに、一気にまくしたてる。

「珀弥君はいつも優しくしてくれて、傍に居てくれて、私を守ってくれるの! 私の恩人を……大切な人を悪く言わないでよ!!」
 私はたけし君の胸を力いっぱい押し返し、呆然とする彼の横をすり抜ける。

「か、神凪……」
「たけし君がそんな人だとは思って無かった!」
 徐々に声が震え、視界がぼやけていく。

 どうしようもなく悔しくて、悲しくなった。私は二人とも大切で、仲良くなってくれたら嬉しいなって思っていたのに……。

「……さよなら」
 私はそれだけ言い残し、この場を逃げるように走り去った。

 後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、聞こえないふりをする。今は彼の声を聞きたくなかった。

* * * * * * * *

「神凪っ!」
 俺が呼び止めても、あいつは振り返らずに行ってしまった。目に涙を溜めて、辛そうな顔を俺に見せて……。

「くそっ」
 近くにあった椅子を蹴り飛ばした。椅子は宙を舞い、数メートル先にあった机に激突し、大きな音を立てる。

 俺は神凪にあんな顔をさせる為に来たのか?
 違うだろ。もう二度と傷付けないと決めたのに、俺は馬鹿だ。

「黎藤珀弥……」
 神凪が妙に執着心を見せる男。そして奴もまた、神凪に執着している。

 一目見ただけで、ただの人間ではないと気付いた。あいつは人間の皮を被った化け物だ。それも、かなり悪質な。

 神凪は黎藤に魅入られているに違いない。早く何とかしねぇと、神凪が壊されてしまう可能性だってある。

「俺があいつを……」

* * * * * * * *

「ちーちゃん、おかえりー!」
「ただいまー……」
 鳥居を潜り抜けると、私を待ち構えていたであろうコマちゃんが、元気良く飛びついてきた。

 フサフサの白い尻尾を振り、私の顔を舐めてくる様は犬っぽいなぁと思う。いや犬だけど。
 彼の無邪気な笑みを見ると、自然と心が癒される。

「んー、どしたの?」
 コマちゃんは鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近付けてきて、私の様子を窺ってきた。
 もしかしたら、元気がないことに気付かれちゃったのかも。

「ううん、何でもないよ。お夕飯までは余裕あるね、遊ぼっか?」
「うん! あそぼー!」
 腕時計を見ると、夕飯の支度をする時間にはまだ早い。気分転換も兼ねて、コマちゃんと遊ぶことにした。

 居間に入ると、着流しでくつろいでいる珀弥君の姿が目に入った。
 狩衣じゃないということは、完全にお仕事をする気が無いようだ。いつものことである。

「しーくんも、あそぼ!」
 コマちゃんは珀弥君の背中に飛び付き、頭をぐりぐりとなすりつけた。やっぱり犬っぽい。

「うわっ、びっくりした」
 珀弥君は驚いた様子ですコマちゃんに振り返った。
 珍しいな、いつもは近付いたらすぐ気付いてくれるのに。ぼーっとしてたのかな?

「しーくん、ちーちゃん、いっしょー!」
 コマちゃんは珀弥君と私の手を握り、嬉しそうにニコニコしている。

「うん、そうだね。遊ぼうか?」
「わーい!」
「いだだだだだ、捻ってる捻ってる」
 珀弥君が優しい笑顔で了承すると、コマちゃんは手を上げて喜んだ。

 その際、珀弥君の腕を捻ったようで、彼は笑顔を保ちながら抗議した。

「ふふっ」
 それが微笑ましくて、つい笑ってしまう。

『あいつは危険なんだよ』

「……っ」
 ふと、たけし君から聞いた言葉が脳裏を過ぎる。
 嘘だよ。こんな、小さい子に翻弄されてる人が危険なわけない。犬に好かれるんだもの、悪い人なんかじゃないよね。

「ちーちゃん、おとーさん。しーくん、おかーさん。こまちゃん、しゃちょー!」
「その構成はおかしいよコマちゃん」
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