白鬼

藤田 秋

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第零章 千年目の彼岸桜 中編

0-11 巫女と従者の距離

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「珀蓮さん、少し手を貸して頂けませんか?」
「承知致しました」

「うぅ……」
 女中に連れて行かれる珀蓮を、影から恨めしそうに見つめている少女がいた。神凪の巫女、真である。
 真は頬を染める女中に歯噛みした。

「ほう、妬いておるのか?」
「ひえっ! 違うもん!」
 音もなく突然現れた狐珱に驚きながらも、頬を膨らませる。

「なんじゃ、儂の勘違いであったか。あの女、珀蓮に気があると見たが、お主には関係ないのじゃな?」
「し、知らないもん!」
 ニヤニヤと笑う狐珱の言葉を否定するが、それは誰から見ても嘘だとわかった。

 十七になった真は、いわゆる『お年頃』である。

 幼少の頃から傍にいた珀蓮も同じく成長し、今やれっきとした大人の男性となってしまった。
 彼の仕草や言葉遣いは優美で、顔立ちも整っているため、密かに女性から人気を集めている。

 真もまた、密かに想いを寄せていた。
 女子にしか見えなかった珀蓮が順調に美男子に成長してしまった為、彼女もまた意識せずにはいられなかったのだ。

「珀蓮ったら、最近私を避けているの。それが気になっただけよ!」

 それは嘘ではなかった。
 珀蓮は呼ばれれば傍に来るが、用が無ければ距離を置いたところに控えているか、どこかへ行ってしまうのだ。

 そんな彼の行動が気掛かりでならない。

「そりゃあ、奴も男じゃからの。年頃の女子おなごの傍にべったりとくっ付いているわけにはいかぬじゃろ?」
「そうだけど……」
 昔は追い払っても傍に居たのに、今では遠く離れていってしまっている。珀蓮の行動は間違ってはいない。
 だが、真は寂しさを覚えた。

「奴は真を嫌っている訳ではない。じゃが、ちぃと事情が変わってしまっただけじゃ」
 散々煽ってきた狐珱の口調は、不気味なくらい静かであった。

「事情? 何か知ってるの? 狐え——」
 真が聞き返した時には、狐珱は既に居なくなっていた。

「な、何よあいつぅぅ……!」
 彼女は勝手な狐珱に憤りを覚えたが、同時に彼の言葉が心に引っかかった。

***

「珀蓮、ちょっと良い?」
「さ、真様……」
 ある日、真は自室に控えている珀蓮の許へ会いに行った。

 わざわざ真が珀蓮の部屋に行くことは殆ど無い。その為、珀蓮は面を食らったような表情を浮かべた。

「お呼び頂ければ、私が伺いましたのに」
 彼は申し訳なさそうに目を伏せた。長い睫毛から影が落ちる。

「だって、外では用が済んだらすぐ居なくなっちゃうじゃない。此処なら逃げ場が無いでしょ?」
 真は正座をする珀蓮の前に腰を下ろす。

「は、はぁ……」
 逃げ場という言葉にピクリと反応するが、苦笑いで誤魔化した。真は、やはり何かあると確信する。

「ねぇ、最近私を避けてない?」
「まさか、そのようなことは……」
 率直に聞いたところで、正直に話すわけがない。わかっていたことだが、昔の馬鹿正直な彼を思い出すと、より一層寂しくなった。

「思うところがあれば、はっきり言って良いのよ? 私に不満があれば、ちゃんと聞くから」
「不満はございません。この私が真様に不満を抱くなど、あってはなりませんから」

 珀蓮は、さも当然のように首を振る。その朗らかな笑顔は、一切の迷いを感じさせなかった。
 真はそれが気に入らないのか、目を吊り上げる。

「それだよそれ! 珀蓮は自分に言い聞かせているだけじゃない。私は我が儘だし、不満が無いわけないもん……」
 威勢の良かった言葉は、段々と尻すぼみになってゆく。自分の言葉で自己嫌悪しているのである。

 シュンとする真に、珀蓮は変わらず笑いかけた。

「私は、ありのままの真様が一番好きです。それなのに、不満が出ることなんてありましょうか?」
「は、珀蓮……」
 真の顔が火照る。頬から耳まで赤くなり、慌てて手で覆った。胸が高鳴って、珀蓮を直視出来ない。

 しかし、一つだけ気づいてしまった。

「ということは、あなたも私を我が儘な女だと思ってるのね!?」
「まさか。真様はご自分に素直なだけですよ」
「それを我が儘と言うのよ! もう知らないっ」
 真は勢い良く立ち上がり、荒々しく部屋から出て行ってしまった。

「あの女も理不尽じゃのう」
 突然現れたのは、珀蓮の式神・狐珱。神出鬼没で、主人の珀蓮でさえ居場所が掴めない。
 彼は先程の話を聞いていたのか、呆れたように息をついた。

「可愛らしいではありませんか。それに、他の方には、あのような姿をお見せにならないのですよ」

 珀蓮は口元を手で覆い、クスリと笑う。彼は理不尽な怒りをぶつけられて不満を持つどころか、喜びを感じていたのだ。
 狐珱は若干引き気味に主人を見る。

「お主、物好きじゃのう」
「物好きではありません。真様が好きなのですよ」

「それを物好きだと言うのじゃ」
 狐珱は呆れて溜め息をつく。

「好きだと言っておきながら、真から離れるのは矛盾しておらんか?」

「狐珱は意地悪ですね。わかっているくせに」
「そうじゃ、儂は妖狐じゃからの」

 出会って数年、彼らの会話の中には未だに棘が混じっている。

* * * * * * * *

 真はぷりぷりと怒りながら、廊下を早足で歩いていた。

「珀蓮の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
 怒りの対象は珀蓮。当初の目的もすっかり忘れ、理不尽な怒りを自分の従者に向けていた。

「真、はしたないですよ」
 とある部屋を通り過ぎた所で、穏やかな声が真を呼び止めた。

「は、母上様っ!?」
 誰も見ていないと油断していた真は、身体を硬直させて声の方向を見た。

 障子を横に滑らせ、出て来たのは真の母・かおるである。彼女は三十代半ばであるが、真とは姉妹に見えるほど若々しい。

「何か気に入らないことがありましたか?」
「あの、えーっと……」

 母に遭遇し、一気に冷静になってしまった真は、自分の愚かな怒りが恥ずかしくなってしまった。
 薫は口ごもる娘に上品に微笑みかけた。

「ふふ、部屋にいらっしゃい。女同士でお喋りしましょう?」
「は、はい!」
 真は言われるがまま、母の部屋へと導かれた。

***

「それで、何があったのかしら?」
 薫は少し砕けた口調で真に問いかける。

 自室という閉鎖された私的空間なら、他人に見られることはない。その為、薫は素の姿でいるのだ。

「お恥ずかしながら、私が勝手に怒っていただけなんです。そんな、母上様のお耳に入れるような話では……」
「あら、そうなの? 気になるわ」
 薫は逃げ場を与えないような笑みを浮かべる。観念したのか、真はぼそぼそと話し始めた。

「えぇと……珀蓮が最近私を避けているので、訳を聞きに行きました。その時、何やかんやあって、私が勝手に怒ったというわけです」
 真は珀蓮の事を思い出し、またシュンとする。

「あら凄い。聞きたかったところが見事に説明されていないわ」
 可笑しそうに表情を緩める薫。真は『やっちまった!』と驚いていた。

「でも、もっと聞きたいことができたわ」
 薫は少女のように生き生きとした様子で、娘との距離を詰めた。

「な、何ですか?」
 真は目を輝かせる母を警戒し、身構える。

「あなたは珀蓮のこと、好きなんでしょ?」
 この爆撃に、真は顔を紅潮させた。口をパクパクさせ、焦点が定まらない。

「な、な、な、何を仰いますか! 違いまひゅ!」
「言えてないわよ?」
 取り乱す初々しい娘が可愛らしくて、頭を二、三度撫でる。

「真も恋する乙女なのね」
「わわわ、私はっ、そんなんじゃないです!」

「でも、珀蓮は競争率高いわよ~?」
「母上様のいじわる!」
 真は容赦なくからかってくる母にぷりぷりと腹を立てた。本気で怒っているわけではなく、あくまでもではあるが。

「そうね、いじわるね……」
 悪戯っぽく笑っていた薫は、急に寂しげな表情を見せた。

「あなたの恋は実らないのに」
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