白鬼

藤田 秋

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第十二章 二人の千真

12-5 つぎはぎ

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「何でそれを……!」
 こいつ、最初から全部見抜いていたの? それを知った上で私を騙していた?
 何者なの? それに、ここまで一人の人間を再現するなんて、何の妖怪?

「へぇ、驚いた。本当にそうなのか」
 返ってきたのは、意外だと云わんばかりの言葉。

「なっ……」
「カマを掛けただけだよ。別に驚くことはないでしょ?」
 彼は薄ら笑いを浮かべる。嵌められた。
 こいつ、私が動揺したことをいいことに、揺さ振りを仕掛けてきたんだ。

「その情報屋、もしかして男?」
「それは——」
 いけない。私としたことが、彼のペースに乗せられかけていた。
 穢らわしい化け物の分際で、この私をこけにするなんて許さない。ちょっとだけ、お灸を据えてあげようかしら。

「あなた……生意気なのよ」
 私はポケットから札を取り出し、目の前に立つ男に投げつけた。

「危ないよ」
 しかし彼も札を掲げ、音も立てずに私の術を相殺した。

 私の札は一瞬で丸焦げになると、灰になって風に運ばれてしまった。こいつ、術も使えるのか。
 どこまでも『黎藤珀弥』に似せてくる癪な奴……!

「場所を考えてよ」
 彼は不機嫌そうに眉をひそめた。ここは住宅街。人通りの少ない裏の路地と言えど、騒ぎを起こすのは不都合なのだろう。
 確かに、こちらとしても不利益ね。

「そうね……になろうか?」
 私は八枚の札を天に投げた。八枚の札は宙でばらけ、八方向へと飛んで行く。

 彼は動じた様子も無く、私をじっと見つめていた。この状況下で冷静でいられるのは誉めてあげる。
 でも、その余裕はいつまで続くかしら?

 住宅地の塀で囲まれた路地は消え、その代わりに八方向に鳥居が設置される。
 コンクリートは石畳になり、あちこちに小さなやしろが出現した。空には注連縄しめなわが張り巡らされ、私たちの遥か上には一つの鏡が太陽のように浮かんだ。
 これが、他の侵入を許さない結界。

「ようこそ、私の世界へ」 
 彼は結界の中に引きずり込まれたというのに、眉一つ動かさない。

「ねぇ、本物の珀弥を出してくれない? 私は彼に用があるの」
 私が欲しいのは鬼の力。得体の知れない化け物なんか、興味は無い。

「……残念だな。あんたが会いたい『珀弥』はこの俺だ」
 表情を変えずに言う自称『珀弥』。口調も表情も仕草も、データ上の『珀弥』と全て違う。

「減らず口を……!」
 私は人差し指と中指を顔の前で立て、空で印を切る。

 そして、即座に『珀弥』から距離を取った。次の瞬間、彼の足元から大量の水が吹き出す。
 水流は龍を模し、その渦は天に伸びながら彼を巻き込んだ。

「清い水で穢れを落としたらどうかしら? 化けの皮も剥がれるかもね」
 私は小さな防御結界を張り、水しぶきを遮断する。高みの見物だ。清流でもがき苦しむが良い。

「っ!?」
 しかし、水の龍の動きが鈍り、段々形を崩していく。渦を巻く龍は咆哮を上げ、すぐに天井の鏡の中へ消え始めた。

「まだよ! 何で——」
 私の声も虚しく、ものの数秒で龍は完全に消えてしまった。

「こんな豪快な禊はしたことは無いな」
 先程と同じ位置に、あいつは立っていた。
 全身水浸しで、術を受けた形跡がある。だが、体格も変わっていないし、真っ黒い髪の毛もそのまま。

「どうして……」
 奴が妖怪なら、そのままの姿であるわけが無い。何かしら変化はあるはずだ。
 ヒト型の妖怪でも、毛髪や骨格の変化があってもおかしくはない。なのに……!

 これが示すことは、つまり彼は人間だということ。まさか、本当に彼は人間?

「言っただろ。今は黎藤珀弥だ」
 彼は水の滴る前髪を掻き上げた。現れたのは、翡翠のような緑色の瞳。

「……!」
 しかし、その目の形は優しげなたれ目ではなく、鬼のような冷たい切れ長の目であった。まるで別人じゃない。

「どこまでも不気味な奴」
 珀弥であって、珀弥ではない。確かであり、不確かである。この違和感は一体何?

 ——天井の鏡には、二つの光の玉が映し出されていた。

「まぁ良いわ……あなたが『珀弥』なら、鬼の力を見せてよ」
 ここで問題なのは、彼が鬼の力を持っているかどうか。珀弥でも鬼でもない偽者なら、始末すれば良いだけの話。

 誤った情報を渡してきたには、後できつくお仕置きしなきゃね。

「断る」
 彼はきっぱりと答えた。しかし、拒否できるということは、力の所在を証明していることと同義。

「なら、引き出してみせるまで」
「強引な女だ」
 私は札を珀弥に向かって投げた。札は飛んでいく途中で八枚まで複製され、彼を八方向から囲む。

「破!」
 私の号令と共に札は勢い良く破ぜ、衝撃波が炸裂した。強い爆風が私の髪を踊らせる。
 生身の人間が喰らったならば、ひとたまりもない威力だ。

 しかし、立ち込める砂煙の中に、人が佇んでいるのを確認できた。やっぱり、一筋縄ではいかないか。でも——。

「防御だけじゃ、私には勝てないよ?」
 砂煙が消え、現れる無傷の珀弥。恐らく、防御結界を使ったのでしょうね。

「なら、反撃させてみろ」
「ほんと……生意気」

 ——鏡の中の光の玉が、また一つ増えた。

「良いわ。まだ遊んであげる」
 あなたが手も足も出なくなるまでね。



「鬼の力を手に入れて、どうするつもりだ?」
「あら? 式神になってくれるの?」
「まさか」
 彼は迫りくる蛇の大群を、腕の一振りで蹴散らした。ずっと防戦一方で、攻撃を仕掛けてくる意志が見られない。

 術士としての能力が高いことは認めてあげる。でも、ちょっとはやる気を出してもらわないと。

 ——鏡の中に、四つ目の光が灯った。

「出て来なさい!」
 私は四枚の札を、それぞれ四つの社に投げつけた。
 札が貼りついた社は鎧兜を纏った武士の姿へと変化する。身体の大きさは三メートルを超える巨兵。

 さすがの珀弥も、私の式神を見て驚いたようだ。今の時代、式神を使役できる人間なんて滅多にいない。召喚出来たとしても、精々一体が限度だ。

「凄いでしょ? 神凪の巫女の力は」
「お見事」
 やっと、私を認めてくれた。
 でも、私の力はまだこんなものじゃない。あなたが私を神凪千真だと認めなくても、力で証明してみせる。

「行け! 我がしもべたち!」
 四体の武将は腰に差した刀を抜き、珀弥に向かって攻め込んで行った。一瞬だけだが、彼がニヤリと笑ったような気がした。

「——数はな」
 珀弥に振り下ろした筈の刀の一つが、弾かれて私のすぐ横を通った。そして、黒い鎧の武将が崩れ落ちる。
 それを皮きりに、他の武将も膝を着いた。

「……!」
 珀弥は平然とその場に立っているだけ。また、届かなかった。
 まだよ。これで終わったと思ったら、大間違いだから。

「はぁ……役立たずね。『傷を負わせるまでは倒れるな!』」
 私は武将たちに言霊を乗せる。すると、動きを止めた鎧兜たちはゆっくりと動き始めた。

 珀弥はそれを見て、面倒くさそうな表情を浮かべる。残念だったわね。式神たちはあなたを斬り付けるまで、何度でも立ち上がるわ。

 彼は四将が立ち上がる前に札を投げつけた。そして飛び上がり、式神たちの中心から離れる。

 ——鏡の中に、また光の玉が増えた。これで五つ目。

「『動くな』」
 彼が言霊を発すると、私の式の回りに電流が生じ、動きがピタリと止まってしまった。
 倒せないなら動きを止めると?

「それならば……『拘束解除』」
 式神にとって、主人の命令は絶対。
 バチバチと電流が迸るような音の後、式神たちはそれを振り切るように再度動き始めた。

 珀弥は真剣な面持ちで、札を構える。漸くやる気になったみたいね?

 赤い鎧が横凪ぎに刀を振るう。巨体ではあるが、スピードは相当速い。しかし、珀弥は少し身体を傾けただけで刀を避け、札を宙に放った。

 札からは蒼白い光が放たれ、赤の頭部を貫いた。赤の武将の兜は頭共々粉々になり、石で造られた体が露出する。
 赤い鎧は仰向けに倒れ、手から刀が転がった。

「起きなさい!」
 無駄よ珀弥。あなたが攻撃を回避する限り、式は首が無くなっても立ち上がるわ。

「起きないよ」
「なっ!」
 珀弥は一瞬のうちに赤鎧の刀を奪い取り、攻撃を仕掛けてきた青い武将の足を切り裂いた。足を失った青鎧はバランスを崩し、社の上に倒れこむ。

 赤鎧はまだ、立ち上がらない。

「……そういうことね」
 見えてしまった。珀弥は頬から血を流している。それも少量だ。
 先程の攻撃は完全に避けた訳ではない。わざと、浅く斬り付けられたのだ。赤鎧は、条件を満たして倒れてしまったというわけか。小癪な。

「下僕たち、『動かなくなるまで痛め付けろ!』」
 彼を甘く見ていた。

 普通は四将の攻撃を一撃でも受けてしまえば、ひとたまりもない。
 それに、躱せる人間なんていない。四将の『傷一つ』とは、致命傷を意味するものだったのに。
 小さな言葉の隙を突くなんて、狡賢いやつ。

 ——鏡は六つ目の光を宿した。
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