白鬼

藤田 秋

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第十二章 二人の千真

12-3 もう一人の千真

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* * * * * * * *

「ばか、ばか……!」
 私は泣きながら廊下を駆けていた。
 途中で転びそうにはなるが、何とか持ち堪えて、また駆ける。私の足音に振り返る人たちの横を通り過ぎ、階段を駆け降りた。

 勢いで殴ってしまった。私は最低だ。珀弥君は私の為を思って言っていたのに。それに、まだ謝ってないこともあった。
 それなのに、何してんだろ。

「おふ!」
 二階まで差し掛かったところで、誰かに激突してしまった。ぶつかった反動で倒れると思ったが、背中を支えられて事無きを得る。

「す、すみません!」
「いいえ、こちらこそ」
 顔を上げると、笑顔の珀弥君がいらっしゃった。殴った頬は少し赤らんでいるが、腫れてはいないようだ。
 わーお、あっさり捕まっちまった。

「……あ、う、何でここに?」
 私の方が早く教室を出たのに、何で回り込まれているのだろう。

「あの後、別の階段から降りて下駄箱に行ったらまだ靴があったから、今度はこっちの階段を昇ってみたらビンゴでした」
 珀弥君はズボンのポケットからハンカチを取出し、私の涙を拭いてくれた。

「ありがとう……って足速すぎるでしょ!?」
 別ルートで私より先に下駄箱まで行って、また階段を捜索する間があるなんて。
 しかも、多分ダッシュした筈なのに、息も上がってないなんてどんだけタフなんですか!?

「そりゃ、急いでたからね」
「そうだとしても速ェよ」
 こんなに俊敏なのに休日は引きこもりである。

「そんなのはどうでもいいですから、冷静にお話をしましょう」
「そうだね」
 私たちは取り敢えず下駄箱に向かうことにした。さっきよりは気分が軽い。



 靴を履き替え、昇降口を出た。
 珀弥君と並んで歩く。彼の顔を見上げると、赤くなってしまった頬が気になった。

「珀弥君、さっきは叩いてごめんね。痛くない?」
「平気だよ」
 彼は首を振り、困ったように笑う。

「珀弥君の心を踏み躙るようなことしちゃって、ごめんなさい」
 彼が知られたくないようなことを探ろうとした。これを一番最初に謝るべきだったのに。

「いいよ、別に」
 珀弥君は穏やかにそう言った。
 まただ。また、許してくれた。簡単に。どうして怒ってくれないんだろう。

「珀弥君はもっと怒ってもいいです」
「その程度のこと、怒る必要もないでしょ。それに……僕は千真さんを傷付けてしまった」
 彼は語尾のトーンを落とした。明らかに落ち込んでいるような、そんな声だ。表情も曇っている。

「え、そんな、傷付けたなんて」
「さっき泣いてたでしょ」
「うっ」
 私は珀弥君の真剣な眼差しが耐えられなくて、視線を逸らした。

「千真さん。何が駄目だったのか、教えてくれないかな?」
 彼は本気でわからないようだ。理解できなくて、悩んでいる。
 そうだよね、だから私がちゃんと言わなきゃいけない。

「それは……」
 夢と同じ、あの言葉——。

「珀弥ーっ! 会いたかった!」
「はい!?」
 突然、女の子の嬌声が私の台詞を遮った。
 その声の主は珀弥君の首に飛び付き、彼はあたふたする。

 彼女の着ている制服は、うちの学校の物ではない。
 長い黒髪の上部を赤いリボンでまとめ、お嬢様結びをしている。背は私より高くて、顔は少し大人っぽい美人さんだ。
 何か、誰かに似てる?

「あのー、すみません、どちら様で?」
「え? 私?」
 珀弥君が物凄く困っていて可哀想なので声を掛けてみる。

 女の子は珀弥君に抱き付きながら、私を見た。彼女は勝ち気にフっと笑う。
 なんだか、その態度にムっとしてしまった。

「千真——神凪千真です」
 なんと、彼女は私と同姓同名であった。

「神凪……」
「千真ぁ!?」
 珀弥君は険しい顔で呟き、私は口を大きく開けて驚いた。
 私の名前は結構珍しいと思う。それなのに、同姓同名の女の子が目の前にいるだなんて。

「初めまして! 私もぐふっ!?」
 私も神凪千真だと名乗ろうとしたとき、素早く口が塞がれた。珀弥君の手だ。

「離れてもらっていいですか? あと、移動しましょう。目立っていますから」
「むも?」
 視線だけを周りに向けてみると、下校している近くの生徒がこちらを見ている。それに校門付近だからか、邪魔にもなっているようだ。

「そうだね。どこか行こうか?」
 千真さんは艶のある笑みを浮かべ、珀弥君から腕を解いた。

「むむぐ!」
「あぁ、ごめん」
 いつまで口を塞がれるのだろうと少し抗議をしてみると、珀弥君は思い出したようにパッと手を離す。何で口を塞いできたんだろ。

 そして、珀弥君を真ん中にして、三人で帰路を歩むことになった。

***

「珀弥! ここ、小さい頃に来たよね? 懐かしいなぁ……」
「そうでしたっけ」
 珀弥君の腕に自分の腕を絡ませ、楽しそうに周りの景色を眺める千真さん。対して珀弥君は素っ気ない返事をする。
 この間、私は空気と化していた。この雰囲気、何だか入りづらい。

 というか、この千真さんは珀弥君の幼なじみか何かなのか?
 先ほどから、ここで遊んだとか、ここで何を見ただとか、懐かしむように話しているのだ。

「……そうなんですか」
「もー、冷たいよ!」
 珀弥君は真っ直ぐ前を向いて歩き、適当に相槌を打つだけ。彼の周りにはピリピリとした空気が流れている。

「……ねぇ、私が千真だって信じられないの?」
「別に否定はしませんよ。あなたは『神凪千真』という名前の人なんでしょう?」
「そういう意味じゃないよ!」
 千真さんは珀弥君の冷たい笑みにたじろぎ、声に涙を含ませた。

「約束、憶えてるんだよ? 珀弥が私をお嫁さんに貰ってくれるって!」
 ……おおっふー。大胆ですねぇ。仲の良い小さい男の子と女の子って、将来の約束しちゃうよね。軽いノリで。
 そうか、珀弥君もそういう……。そうかそうか、うふふ。

「知りませんね。誰と勘違いしてるんですか?」
 だが珀弥君は鼻で笑った。乙女の淡い想いを、鼻で笑ったのだ。

「珀弥君! その態度は酷いよ!」
 空気に徹していた私も、つい口を挟んでしまった。いくらなんでも、冷た過ぎる。

「うぅ……ところで、あなたはだぁれ?」
「おんっ」
 名乗るタイミングを逃した所為で、誰だお前状態だ。気まずい。友達の友達と二人で話しているとき以上に気まずい。

「私は——」
菅野かんのさん。確か、家はこっちだったよね?」
 珀弥君は優しい口調で、私の台詞に被せてきた。また遮られただと!?
 今、菅野さんって言った? 私は神凪さんなんですけど……!

「こっちからも帰れないことは無いけど……」
 ここは地蔵堂のある曲がり角。いつもは更に先の曲がり角を使って行くのだが……。

「じゃあ、気をつけてね」
 珀弥君はにっこりと笑いながら、私の肩に手を置いた。

「お、おうよ」
 私は彼の笑顔の圧力に負け、野太い声で返事をした。
 この帰れオーラすごい。よく考えてみれば、感動の再会をしたのだから、部外者の私は邪魔者だ。お察しして二人っきりにしてあげなきゃ。

「お先に失礼しまーす」
 私はそろりそろりとカニ歩きで曲がり角に入っていった。
 その時、ふと千真さんと目が合った。

「またね……
 彼女は珀弥君にくっ付きながら、クスクスと笑った。

 そんな彼女の笑みが、私には不気味に思えた。どうしてだろう。嫌な予感がして仕方がない。
 もう、私だって神凪さんなのに!



 ——千真様——
 曲がり門に入り、完全に二人の姿が見えなくなると、脳内に天ちゃんの声が反響した。

 ——天ちゃん?——
 ——珀弥から伝言があります。よくお聞きください——
 嫌な予感が、する。
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